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三章
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しおりを挟む「そう……なの?」
「はい、そのお相手がまさか……ダ、ダイアナ様のご友人だとはわたしも知りませんでしたが」
いくら面倒だからといっても、自分の婚約者に不貞の疑惑があったのだからそこはきちんと確認しておくべきだった。それでも一応尋ねてみた事はあるのだ。たったの二回ではあったけれど。そしてその時どちらともロニーは「そんなのは根拠の無い噂だよ」と笑って流していた。
あの時にもっと深く訊いていれば。でも証拠も何も無い状態で、アニタ自身も必死だったわけではない。真実を突き詰めるよりも、これが原因で変に中が拗れても面倒だなと追求を諦めたのだ。
あああああ、と深く長い息が漏れる。後悔したところですでに手遅れ、それどころか最悪の事態である。どうしたものか、と考えるも思考は空回るばかりで何一つ浮かんではこない。
「ねえアニタ、ヒューベルト様に相談してはどうかしら?」
「ヒェッ!? えっ、あ、ええっと、……えっ!?」
アニタは目に見えて狼狽える。なんなら座ったままソファからピョンと飛び上がってしまったかもしれない。そんなアニタの反応にシンシアとマレーナは目を丸くして驚く。
「お嬢様?」
「アニタどうしたの?」
「いえ! ちょっと思わぬお方の名前が出てきたから驚いただけで」
「思わぬ、ではないでしょう? 貴女の婚約者……ロニー・マグレガー卿が話している事はあの時の話に違いないわ」
「あの時って?」
アニタはドレスを着替える羽目になった話を詳しくはしていない。ただちょっと汚れてしまったのを、とても親切な方が着替えを貸してくれたのだとしか。ああそういえばあのドレスまだ返してなかったな、とアニタの思考は逸れていく。そのほんの隙間にシンシアが爆弾を投下する。
「ダイアナの嫌がらせのせいで本当は私が被るはずだったワインをアニタが被ってしまったの。そうして汚れてしまったドレスを、ヒューベルト様が助けてくださったのよ」
「えええええ! お嬢様ったらそんなことに!?」
マレーナは途端に色めき立つ。ヒューベルト・ファン・エヴァンデルの名は庶民にも知れ渡っており、その美貌と清廉潔白な性格共に人気はとても高い。
そんな噂の貴公子様とうちのお嬢様が! とマレーナは瞳をキラキラとさせて見つめてくる。違うそうじゃない、そんなマレーナが常日頃楽しく読んでいる恋愛小説みたいな中身じゃないから! 異物呼びの命綱扱いだから!! そう叫ぶ事ができたらどれだけ良かったか。アニタは両手で顔を覆い、しおしおと身体を前に崩す。
「え、それでそれで、お嬢様とヒューベルト様はどうされたんですか!?」
最早ロニーへの怒りはどこへやら。マレーナは突如沸いたうちのお嬢様の運命の出会い、かもしれない話に夢中になっている。
「アニタのドレスを着替えさせて、そして少しの間お話をしていたのよね?」
「……はい……その通りです……」
「わ……わぁ……!」
「違うから! なにもないからねマレーナ!! ちょっとだけ世間話っていうかそんな話をしただけだから! あ、そうよそれにちゃんと扉は開いていて、外に侍女の方と護衛の方もいたもの! わたしと侯爵様の間には疑われる様なことはなにひとつ! これっぽっちも! ないわ!!」
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