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 そういう事で、とレオンが近付く。ヘンリエッタは反射的に一歩後ずさった。おや、と一瞬目を見張ったレオンであるが、直後にっこりと笑みを浮かべる。
 その笑みが、やたらと恐ろしく感じるのはヘンリエッタの気のせいか。

「あの……リートフェルト卿、ひとまず落ち着きましょう」

 どうどう、と獣を静める様にヘンリエッタは両手を身体の前に翳す。今にも飛びかかってきそうな肉食獣。そう錯覚してしまいそうな空気がレオンから流れてきており、ヘンリエッタはジリジリと後退していく。

「大丈夫、流石に余所様の屋敷だからね、今すぐこの場でどうこうしようという気はないから安心してくれ」
「……どうこう、とは?」
「手っ取り早く既成事実」
「とんだ下衆の発言ですね!?」

 だからしないって、と笑うレオンはヘンリエッタの反応を純粋に楽しんでいるようだ。からかわれた、とヘンリエッタの顔はさらに険しくなる。

「とにかくわたしはテイスデル様と今後の話をしないといけないんです」
「そのホーヘンバント伯とはすでに話を付けている。君との結婚の話は引き下げてくれるそうだ」
「そんな!」
「ヘンリエッタ、君はもしかして本当にホーヘンバント伯の事が好きだったりするのかい?」
「まさか」

 しまった、と思った時には手遅れである。あああああ、とヘンリエッタは膝から崩れた。ポスンと上手い具合にソファに腰が落ちる。それに向き合う様にレオンもソファに腰を下ろした。

「うんうん良かったよ。これで万が一君が本当に彼を心から愛していたとしたら、俺のやった事は許されるものではないからね」

 大仰に頷かれるのが癪に障って仕方がない。ヘンリエッタは口を横一文字に固く結んでジッとテーブルの縁を眺める。せめてレオンと視線を合わせたくはないという意思表示だ。それでも口まで閉ざすわけにもいかないので、ヘンリエッタは顔を逸らしたままレオンに尋ねた。

「……わたしの事情は把握していると仰っていましたよね?」
「ああ、知っている」
「どうやって……」
「うん、まあ、それなりの権力は持っているから」
「職権乱用……!!」

 王家にとっても重鎮の侯爵家の出、そして本人は王太子の側近という立場。たかが子爵家の事情など簡単に調べが付くだろう。

「大丈夫大丈夫、普段からそんな事をしているわけじゃないから乱用ではない」
「いや……いやいやいや」
「それに最初に君について色々と調べたのはアレク様だからね」
「……は……え?」
「ようやく心の底から恋い焦がれる女性ができたと言ったら、翌日には君についての色んな情報が俺の手元に届いたよ」
「アレク様……?」
「その時にホーヘンバント伯と結婚の話が進んでいると分かったんだが、彼については本当にろくでもない噂しか聞かないから……そんな相手とどうして君が、とそこからは俺も一緒に」


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