【海峡の全寮制男子高校】城下町ボーイズライフ【1年生】

川端続子

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【4】夜の踊り子

御門寮の幽霊騒動

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 サッカーの試合は一試合につき前半が四十五分、休憩十五分をはさんで後半が四十五分で、試合だけで一時間半、休憩とロスタイムを含めれば二時間近くになる。興味のない人につき合わせるのは悪いので、勝手に消灯というシステムはこういうときにありがたい。
 コーヒーを飲みつつ、じっとテレビを見ていると試合が始まり、幾久は夢中でサッカーの試合を見ていた。


 前半が終わりハーフタイムになったところで、幾久はトイレに行くことにした。トイレまでは長い廊下を通って行くのだが、日本家屋なので廊下から庭は丸見えだ。用を済ませてふと庭の方を見ると、オレンジ色の光が見えた。
「なんだ?」
 この御門寮の庭は馬鹿みたいに広いので、庭にも当然明かりがつけてあったが、それは白い街灯でオレンジ色ではなかったはずだが。
「……」
 目をもういちど凝らす。
 庭にある、大きな池の向かい岸にある茶室あたりから光は見えた気がしたが。
「!」
(気のせいじゃない!)
 ゆらり、とオレンジ色のぼやけた光が動き、幾久はぞっとして背を向ける。
『出るんだよ、ここ』
 寮に入ったその日に高杉から聞いた言葉が甦る。
「……はは、まさか」
 そう言いながらも幾久は一度も庭を見ることなく、廊下を小走りで居間へ戻ったのだった。


 明るい居間に帰るとほっとして、幾久は力が抜けて座り込んでしまった。
(気のせいだよな、アレ)
 明るい場所に戻ると安心して、幾久は冷静にさっきの現象を考える。
 火の玉とか、幽霊とか、そんなものを幾久は一度も見た事がない。というか信じていない。
 見た事がないものを信じようもなかったし、高杉の『出るんだよ』発言も冗談だと思っていた。
(や、絶対に冗談だろ)
 確かに先輩たちはそれぞれお守りみたいなものを持っていたが、そもそも報国院が神社の中にある学校なので自然そういったものにみんな興味を持っていた。
 だからわざわざ『幽霊が出るから』ってお守りを持っているようには見えない。
 しかし、さっきは絶対にオレンジの光が見えた。それは気のせいじゃないはずだ。
(二回も見えたし)
 それによく考えると、こう、オカルト的と言うよりは夜に飛行機から見る都会の光の流れに似ていた気がする。
 つまりは、人工的な光ということだ。
 もし幽霊だと言って実はなにかのライトの光でした、なんてオチがついたら先輩達、特に山縣にはものすごく馬鹿にされるだろう。
(うわ、絶対に嫌だ)
 ただでさえ、なにかと『鳩』と馬鹿にされるのに、もしこんな事を言えば『だから鳩なんだよ』と言われるのは間違いない。
 もしあのオレンジの光をもう一度見たら、絶対に原因を探ってやる。
 そう思った幾久だった。


 翌朝、幾久は朝食を食べながら吉田に尋ねた。いつも朝食は山縣以外のメンバーが一緒だ。
「あの、栄人先輩」
「ん?」
「オレがこの寮に来た日に、この寮って出るって言ってましたよね?」
「出る?何が?」
 吉田は幾久の質問にきょとんとして首をかしげている。
「だから、コレ」
 コレ、と手首をだらんと下げると、吉田はああ、という顔をした。
「なに?なんかへんなのでも見た?」
「っていうか、人魂的な?」
 人魂、という幾久の言葉に、高杉と久坂が顔を上げた。
「ひとだま、ねえ」
 少し笑って吉田が言うと、幾久は尋ねた。
「昨日、サッカーのハーフタイムにトイレ行ったんす。そしたら茶室あたりでこう、オレンジの光がゆらーって動いたの見たんすよ」
「……へぇ」
 そう言ったのは久坂だ。
「気のせいじゃろ」
 あっさり言うのは高杉だ。
「そうっすよね」
 やはり想像どおり、先輩たちは全く幾久の言葉を信じていない。
(ってことは、幽霊や人魂なんかいないってことか)
 先輩達はこう見えて、本当の事は絶対に幾久に隠すことはない。入寮した日に『出る』とかいったのも単なる脅しかからかいだったということになる。
「多分さあ、街灯かなんかが反射したんだよきっと」
 この寮は旅館のように大きくて広く、あちこちに明かりが灯してある。その可能性も充分あるが。
(でも、あの光えらく動いていたような)
 考え込む幾久に、めずらしく久坂が言う。
「試験前に余計な事考えないほうがいいよいっくん。ささいなことかも知れないけど、今は試験に集中しないとさ」
「そうそうそう。ハルと瑞祥に勉強教わってるんだからさ、絶対に最低でも鷹にはあがらないと」
 こわいぞー先輩は、と茶化しながら吉田が言う。
(そうなんだよな)
 先輩達も勉強しているとはいえ、一番レベルの高い鳳クラスにいる先輩達に幾久が助けて貰っているのは事実だから、余計な事に気を回すわけにはいかない。
(でも、気にはなるんだよなー)
 絶対に幽霊や人魂じゃないのなら、あの奇妙な光は一体何なのか。判らないのも悔しいなと幾久は思う。
「それよりホラ、ぼちぼち出たほうがいいよ」
 吉田が言うと、確かにそろそろ寮を出る時間になっていた。
「あ、本当だ」
「幾久。今日栄人は後から出るから、ワシらと先に行くぞ」
「はい」
 いつもなら高杉と久坂、吉田と一緒に出るのだが、今日は吉田が用事があるのか、もしくは今から山縣を起こすのかもしれない。
 山縣は夜中にゲームをしているので、朝はいつもギリギリだ。しかし今日は遅すぎる。
「ガタ先輩、今日はすごい遅いっすね」
「まあ、ほんと今日はまずいから、おれが責任持ってたたき起こすよ」
 とても三年の先輩に向かって言う言葉じゃないけれど、高杉も久坂も「頼む」と言って先に寮を出たのだった。

「……ってことがあってさ」

 昼休みになり、学校の食堂で昼食を取りながら幾久は説明した。
 昼食はいつも同じクラスの伊藤、桂弥太郎が一緒だった。
「ハル先輩が気にすんなっつーなら平気だって」
 相変わらず高杉を心酔している伊藤はよく判らない理屈で納得している。
「でもさあ、気になるしちょっとわくわくするよね、そういうの」
 楽しそうに弥太郎が言う。
「ヤッタって霊感あるほう?」
「おれ?そんなんないほうー」
「だよね」
 明るい弥太郎と幽霊なんて全く縁がなさそうだ。
「あ、じゃあさじゃあさ、雪ちゃん先輩ならなんか知ってるとか?」
「あー、」
 弥太郎の寮の先輩の桂雪充はこの前まで御門寮にいたから確かになにか知っているかもしれない。
 高杉、久坂、吉田の三人はあんなにタイプが違うのに、ものすごくがっちりした共有意識みたいなものがあって、一人が「駄目」と言えば三人とも駄目なことが殆どだ。つまり、一人が『気にするな』と言えば三人とも幾久になにか言うつもりはないということになる。
「実際、たいしたことないかもしれないんだけど、もしそうなら『あれ街灯だって』とかはっきり言いそうなんだ、吉田先輩」
 幾久が言うと、弥太郎が頷く。
「あー。たしかに」
「でも『気にするな』ってなんか『関わるな』っぽいんだよ、あの三人が言うと」
「わかる」
 伊藤も頷く。
「じゃあさ、余計に雪ちゃん先輩に聞いたらいいじゃん!雪ちゃん先輩に聞いたら、高杉先輩達も絶対に怒れないじゃん!」
 確かに、と幾久は頷く。なんだかんだ、二年の先輩たちは桂雪充先輩には一目おいている。
「じゃ、早速探してみよ!」
 テンション高く、弥太郎は食堂内をきょろきょろと探した。寮生ばかりの報国院は当然皆昼食はこの食堂で取るか、購買部でパンなどを購入する。
「あ、雪ちゃん先輩いた!呼んでくる!」
 弥太郎の行動は早く、食事を終えていたらしい雪充を見つけると、幾久達のいるところへ来てくれた。
「あ、すんませんっす」
 幾久がぺこりと頭を下げると雪充が「いいよ」と笑う。相変わらず穏やかが服を着ているような人だ。
「ヤッタが言ってたけど、御門寮で聞きたいことって?」
「えと、あの昨日の夜中に実はヒトダマみたいな光を見て。オレンジ色の」
 雪充の表情が一瞬固まったのを幾久はきちんと見ていた。
「でもなんか、すごいフツーの街灯とか、ネオン的な光にしか見えなくって。栄太先輩は街灯の光を見たんだろうって言うんですけど」
「……あー、まあ、……うん、そう、だと思うよ」
 苦笑しながら雪充が言う。
「そうなんすか?」
「栄太がそう言ったんだろ?だったらそうだよ。それにそんな夜遅くまでおきてちゃ駄目だよ。勉強もやりすぎたら効果ないからね」
「ウス、あざっす」
 じゃあね、と雪充はその場を去った。
「なんだ、やっぱ街灯なのかぁ」
 幽霊でもヒトダマでもないのかーと弥太郎は残念そうに言う。しかし幾久は難しい顔をしている。
「いっくん?」
「なんでもない」
 折角雪充を呼んでまでくれたので弥太郎に言うわけにはいかない。
(先輩達、なにか隠してる)
 そう気づいた幾久だったが、誰も教えてくれる気がないのなら、このままにしておくしかない。
 当然、幾久としてはそんなつもりはなかったが。
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