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【18】治外法権~あこがれの先輩
Childhood's End
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華之丞に挨拶を終えた幾久が御堀のもとへ戻ってきた。
「あの子は?」
「顔あらいにいったよ」
幾久の言葉だけで、御堀は何があったのかを察した。
「にくい男だねー幾は」
「なに言ってんだ。本気の勝負で負けたらそりゃ悔しいだろ」
「まあね」
そうなんだよね、と御堀は笑う。
どちらかといえば、御堀だって最近まで華之丞のような考え方をしていた。むしろ彼は自分に近かったと思う。
だけどきっと変われるはずだ。
悔しいと泣けるくらいなら。
「二人とも、いい経験だったらいいね」
「そうだな」
実際、どちらとも悪くなかった。
ただ、幾久と御堀のコンビが、全て藤原に合わせるために動いたのが、結果的にうまくいっただけだ。
ぼろ負けするのはこっちだったのかもしれない。
華之丞のチームのキーパーだった男性が手を伸ばした。
「君、元ルセロだったんだって?」
幾久は頷く。
「あ、はい、そーっす」
「だからかあ、びっくりしたよ、上手くって」
「いや、誉がすげーオレを生かしてくれるんで」
はは、と御堀が笑った。
「幾ってほんと本気で届くギリギリ狙ってくるんで怖いんですよ」
「本気なら届くんだからいいじゃん」
幾久が言うとキーパーも時山も目を丸くして、全員が笑った。
「お、ヒーローが帰ってきたぞ」
今日の主役はすっかり体力が削られてしまってへろへろになっていた。
それでも全身から嬉しさは滲んでいる。
「おかえり藤原。よくやったな!」
藤原は幾久の顔を見ると、涙を滲ませた。
「先輩の、先輩達のおかげですぅ……」
そういって鼻をすする。
「なんだよ勝ったのにべそかくなよ」
幾久が笑うと、藤原は首を横に振って言った。
「先輩らのおかげで、俺、こんなサッカー、できたんす。幾先輩、鷹とか言って、すみませんでした」
最初に華之丞と一緒に居たとき、藤原は幾久を馬鹿にしたのだが。
「そんなんどうでもいいよ。いい試合に参加できたし」
そんなことすっかり忘れてしまっていた幾久は笑う。
最初は面倒くさそうな奴、と思ったが、試合でも素直で一生懸命で必死で、面倒な部分はあるにせよ、それは相殺されてしまった。
「サッカーすげえ楽しかったから、いいよ」
それに、鷹と煽られても来期はもう鳳に確定している。幾久が怒る理由はない。
藤原はべそをかきながら幾久に言った。
「俺……俺、ずーっと昔から負けっぱなしで、ぜんぜん弱っちくて、下手くそで、でもサッカーすげー好きで、ハナにも負けたくねーってずっと頑張ってきて、でも全然できなくて。でも、先輩たちのおかげで、今日、初めて、初めてハナに勝てたんす!」
「君の実力だって。オレら、サポートしただけだし」
な、と幾久が御堀に言うと、御堀は微妙に思うものがありながらも「そうだね」と微笑んでおいた。
(あんなに鋭いボール、サポートって言うのかな)
最初の頃は気をつかってボールを回していたけど、最後のあたりはもう「やれ」みたいな命令そのもののボールをまわしていたような気が。
(ま、勝てたからいいか。藤原君も満足そうだし)
藤原は言った。
「俺、先輩達のこと、尊敬します!絶対、報国院に入ります!」
「じゃあ、後輩かあ。春、楽しみだね」
「待ってるよ」
幾久と御堀の言葉に藤原は涙をぬぐった。
「そんで、そんで俺、絶対に先輩と同じ寮に行きます!!!!」
幾久と御堀は思った。
藤原は良い子だ。間違いない。
素直だし正直だし、きっと幾久や御堀になついてよく言うことを聞くだろう。だが。
「先輩達、どこの寮なんですか!」
幾久と御堀は顔を見合わせ、同時に言った。
「恭王寮だよ」
おい。そこに居た、二人がどの寮に所属しているのかを知っている全員がそう思った。
「恭王寮ですね!!!!おぼえました!!!!ぜったいに!!!!はいります!!!!」
藤原はべそをかきながら、恭王寮、恭王寮、と繰り返していた。
藤原の所に、華之丞の仲間だろう中学生がやってきて、すげえじゃん、お前やるじゃん、と声をかけている。
藤原は頷きながら、また泣いていた。
感情がもう満杯になってしまって、それしか出来ないのだろう。
やがて中学生たちは、時間になり、講堂へ戻っていった。幾久達の仕事は終わりだ。
時山があきれ顔で言った。
「誰が恭王寮だって?」
幾久と御堀は肩をすくめる。
「だってわかんないっすよ?後期にどの寮にいくか決まるわけだし」
幾久が言うと御堀も頷いた。
「そうそう、いまが御門寮だからって二年になってまだ御門寮に居れるかどうか判らないわけですし」
御門寮をリフォームまでした御堀がこの言い草だ。
幾久が言った。
「ああいうタイプは恭王寮向きだって。オレ、ヤッタにすすめとくし」
「そうだね、恭王寮は停滞しやすいって雪ちゃん先輩も言ってたから、あの子だと稼働率上がりそう」
御堀もそう言う。
「なんだよ、結局藤原のこと面倒くせえって思ってんだろ」
時山が言うと、御堀は言った。
「素直にそれもありますけど、本気でああいうタイプは御門向きじゃないですよ。恭王寮に入ってくれたら絶対に上手くいくし、いま残ってるのはタマと仲が良くなってる。ってことは、ああいうタイプが求められてるって事ですし」
幾久も頷く。
「そうそう、今更タマ返せとか恭王寮に言われても困る。だったら、似たようなタイプ、来年入るよって言っとけばタマ取られずに済む」
どこまでも自分本位としか言いようがないのは間違いないが、実際報国院全体で考えると、それが正解に近い。
そんな二人を見ていたキーパーのOBが言った。
「ホンッと、御門寮も鳳も、俺らん時と全ッ然かわんねーな!」
御堀がいった。
「褒め言葉として受け取っておきます」
「褒めてねえよ!」
ああもう、と言いながら、「でも、ケートスの子を成長させてくれたことには感謝してる」と言ったので、幾久と御堀は顔を見合わせて微笑んだ。
見学会に来た中学生とその親は講堂に戻り、チェックを終えると見学会は解散となった。
華之丞が頬に泣いたあとを残していても、服が泥だらけで帰ってきたのを見ても、父親の律はなにも尋ねなかった。
実は遠くから、華之丞の様子を見ていたからだ。
昔は外見が違うことでよくいじめられて泣いていたが、成長した今では妻にそっくりな、自他共に認める美少年になった。
おまけに体格も最近ぐんぐんと良くなって、年齢の近い子からは男女ともにあがめられ、ちょっとしたボスのようになっていた。
自信と力が有り余って、幼馴染の藤原とうまくいってないことは気が付いていたが、今日の試合で律は驚いた上に笑ってしまった。
あんなにも幾久を慕って、報国院の見学会に来たのに敵になっているとはどういう事だ。
だが、幾久をよく知らなくても父親の古雪の性格はよく知っている。
『サッカーの事となると息子の幾久はどうも性格が積極的になりすぎるらしくて』
古雪が息子自慢も入っているのか、それでもちょっと困ったように言っていたのを思い出す。
体が小さい上に、普段は何事にも興味を持たず、なんでもいい、という性格のくせに、ことサッカーの試合になると突然強気になるのだという。
藤原の性格は、律も知っている。
華之丞に勝とう、勝とうとしているのは見て取れるのだが、最近出てきたあの生意気さ加減は、華之丞を意識するあまりただ華之丞の真似をしているだけだったし、元々は泥臭いプレーをするタイプだった。
古雪はそんなプレーヤーが好きだった。
ということは、幾久もきっとそうなのだろう。
地元のサッカーチームのケートスの選手が報国院に来ていて、誰でも参加できると聞き、覗きに行って正解だった。
あんな面白いものはなかなか見れるものじゃない。
同じ事を、見ていた大人が何人も思っていた。
生意気な少年が、叱られ、喧嘩し、自分の立場を振りかえり、自分が何であるかを知る。
(成長を見るのが道楽って、なんかで見たな)
息子は間違いなく、幾久との試合でなにか学んだに違いない。
負けたら悔しがるはずなのに、さっきからずっと黙ったまま、拗ねているわけでもない、物思いにふけっている。
良い傾向だと律は思う。
感情に名前をつけて整理するのはたやすい。
だけど、いろんなものを判らないまま、他人に確かめるのではなく、自分ではそれは何の意味をもつのか、考えて名前をつけるのは大切な事だ。
幾久の存在と名前は、華之丞にとってこれまではただかっこいい、ロックな先輩に過ぎなかった。
アイドルか、ロックスターのように素直にあこがれて、ついていけばそれでいい、そう思っていたのだろう。
だけどきっと今は違う。
成長はそういうものじゃない。
付け加え、増やすのではなく、自分の中にあったものを削って無理に新しい形を作る。
自分が何になりたいのか。それが一番重要だ。
そう律は考えていた。
二人で黙って歩きながら、自宅へ戻る途中、華之丞は商店街の店の前で足を止めた。
「とーさん、俺、髪切ってから帰りたい」
律は、頷き言った。
「わかった。支払いは後で俺が来るって言っておいてくれ」
「ウン。ありがとう」
突然息子がなぜそんな事を言い出したのか、とも思ったが、そのうちきっと喋る気になれば言ってくれるだろう。
華之丞は商店街の美容室、アフターファイブの前で父親と別れた。
ドアを開けるといつもの面々が揃っていた。
この美容室はずっと昔から、華之丞家族がお世話になっているのだ。
「あらぁ、ハナちゃん!どうしたの、今日は報国院じゃなかったの?」
オネエ言葉だが、男性の担当美容師に言われ、華之丞は頷いた。
「行ったよ。楽しかった」
「あらそう、それは良かったわ。ところで今日はどうしたの?」
「髪切りたい。ばっさり」
華之丞が言うと、美容師は驚く。華之丞の明るい栗色の髪は、幼いころはコンプレックスでも、本人も自慢にしていたし、いまではよく似合う、長めのスタイルだったのに。
(なにかあったのかしらね)
そう思うも、華之丞の表情に暗いところは感じ取れない。だったら心境の変化だろう。
「いいわよ、丁度予約も空いてるし、好きなようにしてあげるわ……って、アンタ、良く見たら泥だらけじゃないの!」
もう、と言いながら先にシャンプーをしてもらうことになった。
シャンプーを終え、ドライヤーで髪を乾かされると、すっきりした。
「ほんっと、アンタの髪、長毛の猫ちゃんみたいね。フワッフワ!」
きれいに整えられ、鏡の前には見慣れた自分の顔がある。
「いつ見ても綺麗ねえ。うっとりするわ」
華之丞はいつもなら得意げに「まあね」なんて言っていた。だけど今日からそれは言えない。
「で、髪はどうすんの?スタイル決まってるの?」
美容師が尋ねると、華之丞は頷いて言った。
「丸坊主」
「あの子は?」
「顔あらいにいったよ」
幾久の言葉だけで、御堀は何があったのかを察した。
「にくい男だねー幾は」
「なに言ってんだ。本気の勝負で負けたらそりゃ悔しいだろ」
「まあね」
そうなんだよね、と御堀は笑う。
どちらかといえば、御堀だって最近まで華之丞のような考え方をしていた。むしろ彼は自分に近かったと思う。
だけどきっと変われるはずだ。
悔しいと泣けるくらいなら。
「二人とも、いい経験だったらいいね」
「そうだな」
実際、どちらとも悪くなかった。
ただ、幾久と御堀のコンビが、全て藤原に合わせるために動いたのが、結果的にうまくいっただけだ。
ぼろ負けするのはこっちだったのかもしれない。
華之丞のチームのキーパーだった男性が手を伸ばした。
「君、元ルセロだったんだって?」
幾久は頷く。
「あ、はい、そーっす」
「だからかあ、びっくりしたよ、上手くって」
「いや、誉がすげーオレを生かしてくれるんで」
はは、と御堀が笑った。
「幾ってほんと本気で届くギリギリ狙ってくるんで怖いんですよ」
「本気なら届くんだからいいじゃん」
幾久が言うとキーパーも時山も目を丸くして、全員が笑った。
「お、ヒーローが帰ってきたぞ」
今日の主役はすっかり体力が削られてしまってへろへろになっていた。
それでも全身から嬉しさは滲んでいる。
「おかえり藤原。よくやったな!」
藤原は幾久の顔を見ると、涙を滲ませた。
「先輩の、先輩達のおかげですぅ……」
そういって鼻をすする。
「なんだよ勝ったのにべそかくなよ」
幾久が笑うと、藤原は首を横に振って言った。
「先輩らのおかげで、俺、こんなサッカー、できたんす。幾先輩、鷹とか言って、すみませんでした」
最初に華之丞と一緒に居たとき、藤原は幾久を馬鹿にしたのだが。
「そんなんどうでもいいよ。いい試合に参加できたし」
そんなことすっかり忘れてしまっていた幾久は笑う。
最初は面倒くさそうな奴、と思ったが、試合でも素直で一生懸命で必死で、面倒な部分はあるにせよ、それは相殺されてしまった。
「サッカーすげえ楽しかったから、いいよ」
それに、鷹と煽られても来期はもう鳳に確定している。幾久が怒る理由はない。
藤原はべそをかきながら幾久に言った。
「俺……俺、ずーっと昔から負けっぱなしで、ぜんぜん弱っちくて、下手くそで、でもサッカーすげー好きで、ハナにも負けたくねーってずっと頑張ってきて、でも全然できなくて。でも、先輩たちのおかげで、今日、初めて、初めてハナに勝てたんす!」
「君の実力だって。オレら、サポートしただけだし」
な、と幾久が御堀に言うと、御堀は微妙に思うものがありながらも「そうだね」と微笑んでおいた。
(あんなに鋭いボール、サポートって言うのかな)
最初の頃は気をつかってボールを回していたけど、最後のあたりはもう「やれ」みたいな命令そのもののボールをまわしていたような気が。
(ま、勝てたからいいか。藤原君も満足そうだし)
藤原は言った。
「俺、先輩達のこと、尊敬します!絶対、報国院に入ります!」
「じゃあ、後輩かあ。春、楽しみだね」
「待ってるよ」
幾久と御堀の言葉に藤原は涙をぬぐった。
「そんで、そんで俺、絶対に先輩と同じ寮に行きます!!!!」
幾久と御堀は思った。
藤原は良い子だ。間違いない。
素直だし正直だし、きっと幾久や御堀になついてよく言うことを聞くだろう。だが。
「先輩達、どこの寮なんですか!」
幾久と御堀は顔を見合わせ、同時に言った。
「恭王寮だよ」
おい。そこに居た、二人がどの寮に所属しているのかを知っている全員がそう思った。
「恭王寮ですね!!!!おぼえました!!!!ぜったいに!!!!はいります!!!!」
藤原はべそをかきながら、恭王寮、恭王寮、と繰り返していた。
藤原の所に、華之丞の仲間だろう中学生がやってきて、すげえじゃん、お前やるじゃん、と声をかけている。
藤原は頷きながら、また泣いていた。
感情がもう満杯になってしまって、それしか出来ないのだろう。
やがて中学生たちは、時間になり、講堂へ戻っていった。幾久達の仕事は終わりだ。
時山があきれ顔で言った。
「誰が恭王寮だって?」
幾久と御堀は肩をすくめる。
「だってわかんないっすよ?後期にどの寮にいくか決まるわけだし」
幾久が言うと御堀も頷いた。
「そうそう、いまが御門寮だからって二年になってまだ御門寮に居れるかどうか判らないわけですし」
御門寮をリフォームまでした御堀がこの言い草だ。
幾久が言った。
「ああいうタイプは恭王寮向きだって。オレ、ヤッタにすすめとくし」
「そうだね、恭王寮は停滞しやすいって雪ちゃん先輩も言ってたから、あの子だと稼働率上がりそう」
御堀もそう言う。
「なんだよ、結局藤原のこと面倒くせえって思ってんだろ」
時山が言うと、御堀は言った。
「素直にそれもありますけど、本気でああいうタイプは御門向きじゃないですよ。恭王寮に入ってくれたら絶対に上手くいくし、いま残ってるのはタマと仲が良くなってる。ってことは、ああいうタイプが求められてるって事ですし」
幾久も頷く。
「そうそう、今更タマ返せとか恭王寮に言われても困る。だったら、似たようなタイプ、来年入るよって言っとけばタマ取られずに済む」
どこまでも自分本位としか言いようがないのは間違いないが、実際報国院全体で考えると、それが正解に近い。
そんな二人を見ていたキーパーのOBが言った。
「ホンッと、御門寮も鳳も、俺らん時と全ッ然かわんねーな!」
御堀がいった。
「褒め言葉として受け取っておきます」
「褒めてねえよ!」
ああもう、と言いながら、「でも、ケートスの子を成長させてくれたことには感謝してる」と言ったので、幾久と御堀は顔を見合わせて微笑んだ。
見学会に来た中学生とその親は講堂に戻り、チェックを終えると見学会は解散となった。
華之丞が頬に泣いたあとを残していても、服が泥だらけで帰ってきたのを見ても、父親の律はなにも尋ねなかった。
実は遠くから、華之丞の様子を見ていたからだ。
昔は外見が違うことでよくいじめられて泣いていたが、成長した今では妻にそっくりな、自他共に認める美少年になった。
おまけに体格も最近ぐんぐんと良くなって、年齢の近い子からは男女ともにあがめられ、ちょっとしたボスのようになっていた。
自信と力が有り余って、幼馴染の藤原とうまくいってないことは気が付いていたが、今日の試合で律は驚いた上に笑ってしまった。
あんなにも幾久を慕って、報国院の見学会に来たのに敵になっているとはどういう事だ。
だが、幾久をよく知らなくても父親の古雪の性格はよく知っている。
『サッカーの事となると息子の幾久はどうも性格が積極的になりすぎるらしくて』
古雪が息子自慢も入っているのか、それでもちょっと困ったように言っていたのを思い出す。
体が小さい上に、普段は何事にも興味を持たず、なんでもいい、という性格のくせに、ことサッカーの試合になると突然強気になるのだという。
藤原の性格は、律も知っている。
華之丞に勝とう、勝とうとしているのは見て取れるのだが、最近出てきたあの生意気さ加減は、華之丞を意識するあまりただ華之丞の真似をしているだけだったし、元々は泥臭いプレーをするタイプだった。
古雪はそんなプレーヤーが好きだった。
ということは、幾久もきっとそうなのだろう。
地元のサッカーチームのケートスの選手が報国院に来ていて、誰でも参加できると聞き、覗きに行って正解だった。
あんな面白いものはなかなか見れるものじゃない。
同じ事を、見ていた大人が何人も思っていた。
生意気な少年が、叱られ、喧嘩し、自分の立場を振りかえり、自分が何であるかを知る。
(成長を見るのが道楽って、なんかで見たな)
息子は間違いなく、幾久との試合でなにか学んだに違いない。
負けたら悔しがるはずなのに、さっきからずっと黙ったまま、拗ねているわけでもない、物思いにふけっている。
良い傾向だと律は思う。
感情に名前をつけて整理するのはたやすい。
だけど、いろんなものを判らないまま、他人に確かめるのではなく、自分ではそれは何の意味をもつのか、考えて名前をつけるのは大切な事だ。
幾久の存在と名前は、華之丞にとってこれまではただかっこいい、ロックな先輩に過ぎなかった。
アイドルか、ロックスターのように素直にあこがれて、ついていけばそれでいい、そう思っていたのだろう。
だけどきっと今は違う。
成長はそういうものじゃない。
付け加え、増やすのではなく、自分の中にあったものを削って無理に新しい形を作る。
自分が何になりたいのか。それが一番重要だ。
そう律は考えていた。
二人で黙って歩きながら、自宅へ戻る途中、華之丞は商店街の店の前で足を止めた。
「とーさん、俺、髪切ってから帰りたい」
律は、頷き言った。
「わかった。支払いは後で俺が来るって言っておいてくれ」
「ウン。ありがとう」
突然息子がなぜそんな事を言い出したのか、とも思ったが、そのうちきっと喋る気になれば言ってくれるだろう。
華之丞は商店街の美容室、アフターファイブの前で父親と別れた。
ドアを開けるといつもの面々が揃っていた。
この美容室はずっと昔から、華之丞家族がお世話になっているのだ。
「あらぁ、ハナちゃん!どうしたの、今日は報国院じゃなかったの?」
オネエ言葉だが、男性の担当美容師に言われ、華之丞は頷いた。
「行ったよ。楽しかった」
「あらそう、それは良かったわ。ところで今日はどうしたの?」
「髪切りたい。ばっさり」
華之丞が言うと、美容師は驚く。華之丞の明るい栗色の髪は、幼いころはコンプレックスでも、本人も自慢にしていたし、いまではよく似合う、長めのスタイルだったのに。
(なにかあったのかしらね)
そう思うも、華之丞の表情に暗いところは感じ取れない。だったら心境の変化だろう。
「いいわよ、丁度予約も空いてるし、好きなようにしてあげるわ……って、アンタ、良く見たら泥だらけじゃないの!」
もう、と言いながら先にシャンプーをしてもらうことになった。
シャンプーを終え、ドライヤーで髪を乾かされると、すっきりした。
「ほんっと、アンタの髪、長毛の猫ちゃんみたいね。フワッフワ!」
きれいに整えられ、鏡の前には見慣れた自分の顔がある。
「いつ見ても綺麗ねえ。うっとりするわ」
華之丞はいつもなら得意げに「まあね」なんて言っていた。だけど今日からそれは言えない。
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