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しおりを挟む「す、すみません…!勝手な事を…!」
ニイナは床に頭が付くのではないか、と言うくらいに頭を下げる。
「そんな謝らないで。寧ろありがとう」
優しい声だった。どうやらニイナの無礼にも取れる行動はレオルには嬉しい行動だったようで、慈しむかのような表情を浮かべながら絆創膏を見つめている。下を向いているニイナは気付かないようだが。
「ほーら。顔あげて」
明るい声に恐る恐る顔を上げれば、優しい笑みを浮かべたライルがニイナを見つめていた。
「あっ…!」
美貌が視界いっぱいに広がり、ニイナは咄嗟に視線を外してしまう。何時もこうだ。ニイナは汚れた靴を視界に映しながら自分の不甲斐なさに小さな苛立ちと焦燥に苛まれた。
もしもレオル様が不快に思ってしまっていたらどうしよう。嫌われてしまったらどうしよう。今までのように話掛けて貰えなくなったら――…とマイナスな事ばかりを考えてしまう。
そんなニイナを見て、レオルは小さく苦笑しながら再び項垂れる頭に手を置いた。
「ニイナ。怒ってないよ。寧ろ嬉しかったんだけどな」
「レオル、様…」
レオルの優しさにニイナの胸がきゅうっと鳴く。嬉しくて、切なくて、苦しくて。彼の優しさに、強さに触れれば触れる程惹かれていく。好きになっていく。
ニイナは痛む胸を抑えながら、慣れない笑みを浮かべた。そんな必死な彼女を見てレオルの耳が朱に染まる。
音が聞こえる程に喉仏が上下に動き、ニイナの後頭部に置かれた手がふるり、と震えた。
「レオル様?」
「…ニイナ…あの、さ」
レオルの手がニイナの肩を掴み、何かを言いかけたその時だった。
「勇者様ぁー!」
「きゃぁ!今日も素敵ー!」
「痛っ…!」
数人の女性がギルドに入るや否や、レオルを見つけた女性達が彼に群がった。女性に押されたニイナは後ろにふらつき掲示板に打つかり小さな声を上げた。だが、女性達は一瞥しただけで謝罪の一つも言わずニイナから目を逸らした。
「ニイナ…!」
レオルがニイナの名を呼ぶが、ニイナは彼等から目を逸らしいつも通り掲示板から仕事を見繕って受付へと向かう中、痛い程の視線が背中に刺さる。
こっそり振り向けば、レオルが眉を下げながらニイナを見つめていた。恐らく無視されたと思ったのだろう。申し訳なさげに小さく頭を下げ、再度受付へと向かった。
*****
「これで良し、と」
ギルドから請けた薬草摘みの仕事を終えたニイナは籠いっぱいになった薬草を見て微笑みを浮かべる。何時もより多めの依頼だった為報酬も多い。欲しい本でも買おうかな、と普段しない贅沢に胸を膨らませながら来た道を戻る。
――その時だった。
後ろからけたたましい程の咆哮がニイナの鼓膜を劈いた。
「な…!!」
間違い無い。モンスターの声だった。幾重にもなった音域が同じ言葉を発しながら此方へと向かってくる。
逃げなければ、そう本能が告げる。だが初めて遭遇するであろうモンスターの気配にニイナの足は竦んで動く事が出来なかった。
色濃くなっていく屍臭の気配。腐敗臭が漂う臭気にとうとうニイナは腰を抜かしてしまう。
同時に現れる異形のモンスター。資料で見た事も、話を聞いた事もない存在だった。
ぼたり、ぼたりと何かが滴る。その度に草木は色を失い枯れていく。腐敗した肉だろうか。瘴気に塗れた身体は身体を保っていなかった。現在進行形で腐敗していく肉からは赤黒い霧が拡散している。
モンスターが何かを叫ぶ。それは声と言えるものでは無かった。耳を塞ぎたくても金縛りに遭ったかのように指先一つ動けずにいた。
徐々に近付くモンスター。ハッとしたニイナは必死に動かない身体を叱咤しながら後退った。だが、それが運の尽きで、背中が大木に当たってしまう。
匂いが、腐敗物がニイナを侵していく。胃がひっくり返り、逆流して口から胃液が飛び散る。涙が滲む。股から尿が溢れる。
近付く。モンスターの一部がニイナの肌に触れ、灼けるような音を出しながら爛れていく。骨が露出され、痛みで気が狂いそうになった。だが、痛みによって現実に引き戻される。
「あぁあああああ!!」
モンスターがニイナの身体を溶かしながら這ってくる。肉の灼ける匂いに、限界を超えた痛覚にニイナの瞳は白目を剥き濁っていく。
そして、己が喰われる音を身体中で感じながらニイナの意識は途切れた。
――そんな夢を見た。
木に凭れたままニイナは意識を取り戻した。そう、夢を見ていたのだ。そうでなければ納得出来なかった。
散らばった薬草と籠を余所に、ニイナは痛む身体に眉を顰めなが顔を動かす。身体が少し汚れていただけで他は何も異常は無かった。
ほら。夢だ。何時もの嫌な夢を見たのだ。
ゆっくりと身体を起こし、手足を慣らせば痛みが和らいだ。恐らく暫く眠っていたのだろう。同じ姿勢により身体が強張り、痛みが出たのだ。
散らばった籠と薬草を広いギルドへと向かう。その時、微かに感じた屍臭の気配にニイナは足を止め何度も首を振った。
来た道を戻ろうと再び足を踏み込めばぐちゃりと何かを踏んだ。それが何かを確認するのが怖かったニイナは気付かない振りをしながら歩を進める。
暫くしてギルドに着いたニイナは中が喧騒に包まれている事に気が付いた。ギルドだけでは無い。街に踏み込んだ矢先、何やら興奮した人々がビラを配りながら何かを叫んでいた。
気になりはしたが、何よりも家に帰って湯を浴びたかったニイナは目を閉じ、行き交う人々の群れからハズレギルドへと向かった。
入り口で棒立ちになってもしょうがないと思ったニイナは静かにドアを開けた。途端に沢山の人々の歓声が彼女の鼓膜を劈く。
それがどうしても不快で、肩を竦めながら受付へと向かえば受付嬢が頬を赤く染め、聞いてもいないのに喧騒の発端を教えてくれた。
「お疲れ様です、冒険者様!とうとう魔女が出現したと予言が出たらしいですよ!」
「は、はぁ…」
どうりで皆興奮している筈だとニイナは思った。
魔女は世界の終焉と言われている筈なのに、何故こんなにも喜ばれるかと言うと、今世の勇者――レオルが余りにも強いからだ。
世界屈指の強者である害モンスターを次々に倒し、歴代の勇者を抜き最短で勇者に成ったのがレオルだ。
「勇者様!頑張ってください!」
「勇者様なら余裕ですよ!」
沢山の人の波の中心に居るレオルが強張った表情を浮かべながら、柔らかそうな癖毛を揺らし皆に接している。彼は誰よりも身長が高い為、見つける事は容易かった。
ニイナは見なかった振りをし、受付嬢から何時もより多い報酬を受け取り、ギルドを背に家路へと向かおうとしたが、誰かに腕を掴まれ歩みを進める事が出来なかった。
慣れない喧騒と先程の悪夢の記憶から抜け出したかったニイナは怒りを含んだ眼差しを備えながら振り向く。
「あ…」
すると、そこには喧騒の主であるレオルが息を切らしながらニイナの腕を掴んでいた。
「ニイナ、ごめん。こっち来て」
「え、レオル様っ…!」
有無を言わさぬ程の力でニイナの腕を引くレオル。ひしひしと背中に沢山の視線を感じながら二人はギルドから離れた。
暫く無言で歩む。徐々に人影も無くなり暫くして誰も居なくなった空き地で、やっとレオルの歩みが止まった。
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