【完結】機械仕掛けの恋

よるは ねる(準備中2月中に復活予定)

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-insane-

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お兄ちゃんが死んでからお母さんは壊れてしまった。
お兄ちゃんが死ぬ前から私の家族は壊れていた。

お兄ちゃんを溺愛するお母さん。
私を無き者として扱うお母さん。
濁った空気が嫌で滅多に帰らないお父さん。
私を見てくれないお父さん。

伸ばした手は気付かれる事無く、大きな背中が小さくなっていくのを見ている事しか出来なかった。

「みぃ」

絡みつく異常な狂気に塗れた箱庭に囚われた私は、ズルズルと破滅の道へ向かっていくのか。それとも――…





【機械仕掛けの恋-insane-】





その光景を見た時、私の時間が止まった。危うく手に持っていたペットボトルを落としそうになるが、我に返って握り直し咄嗟に自分の口を塞いだ。

私は咄嗟に踵を返そうとするけれど、まるで足の裏が床にくっついてしまったかのように動かなかった。

「嗚呼、私の優真…私の名前を呼んで…」

うっとりとした表情を浮かべながら雌の声で母が強請る。
下着姿で男に膝をつき、身体をくねらせながら男に縋る母は発情した獣のようだった。

暴れ回る心臓とせり上がってくる吐き気に私の額から脂汗が浮かぶ。


――この家の主である母は世界でも有名な科学者で、私にはよく分からないけれどAIとやらの研究をしているらしい。
天才は頭がおかしい、と誰かが言ったように私の母も狂っていた。母を認識した幼い頃から、今までもずっと。

そんな狂った母はお兄ちゃんが死んでから更におかしくなった。広い家にある地下に籠もってしまったのだ。あれだけ精を出していた仕事も辞めてしまった。
父も更に帰ってこなくなった。広い家に私だけが取り残された。けれど、気楽だった。この家には私の存在は有るようで無かったから。唯一私の名を呼んでくれた兄も今は――…


「優真ぁ…」
「マスター」

母が縋り付く男の声はまるで機械音声のようだった。
その声を聞いて、ぞわりと鳥肌が立つ。私はこの声を知っている。

「マスター」
「いや…!違う!どうして?私を女として愛するようにプログラムした筈なのに…!」

母の言葉を理解してしまった。
兄が死んで耐えきれなくなった母は、兄を創ったのだ。自分だけを愛してくれる兄を。

「マスター」

この声も、広い背中も、柔らかそうな薄茶色の髪の毛も全て私の知っている兄だった。
唯、感情が無い音声だけが違った。

何度もマスター、と言う彼に母は涙を流す。嬉しいのでは無い。哀しいのだ。この女は。

「優真ぁ…」
「……」

その時、彼の首がぐるり、と回り綺麗な瞳が私を捕らえた。
――嗚呼、間違い無い。コレは兄、だ。薄い琥珀色の瞳も、薄い唇も、優しげに笑む表情も。全て。

「みぃ」

彼が私の名を呼ぶ。兄だけが知っている、私の愛称。

「みぃ」

絡みつく母を突き放し、彼は此方へと向かってくる。愛情と憎悪に塗れた二つの視線が私を突き刺し、私を壁へと追い詰めていく。

「みぃ、逢いたかった」
「お、兄ちゃん――…」

長い腕が私を捕らえる。
彼の先に、憎悪を膨らませた女が私を睨み付けている。昔から変わらぬ視線に、私はそっと瞳を閉じた。





*****





「みぃ、みぃ」

私の名を呼ぶモノ――…兄の形をしたアンドロイドはまるで雛鳥のように私について回った。兄が死んでからずっと一人きりだった私にとって疎ましい存在。けれど兄の形をしたコレを邪険にする事も出来ずにいた。

変わらず母は兄の形をしたモノに依存していた。けれど、彼は母を瞳に映す事は無かった。マスターとも呼ばず、ひたすら私の名を呼ぶ日々。

「みぃ、昔みたいにお兄ちゃんって呼んでよ」
「……」

このアンドロイドはまるで自分が兄だ、と言うような素振りで言葉を放つ。そんな訳無いのに。兄は死んだのだ。これは兄では無い。アンドロイドだ。プログラムを組まれた人形なのだ。

「みぃ」

柔らかい声で私の名を呼ぶ。あの時の声と同じように私の名を。

「呼ばないで」
「みぃ?」
「私の事をそうやって呼ばないで。不快なの」

私は一瞥する事無く吐き捨て、自室へと戻ろうとした。だが、強い力によって動く事が出来なかった。泣きそうな表情で私の腕を引くアンドロイド。
何故傷付いたような表情を浮かべるの。

「みぃに突き放されるとココが、痛い」

きゅう、と胸に触れる。まるで人間だと言うように。

「…あの人に診てもらったら。…離して」
「…みぃの側に居たい」
「私は、居たくない」

もう一度不快だ、と言う。すると掴んでいた腕が解放され私を見つめる表情が色を失った。

「どうして」
「…え」
「みぃはアレが怖いんだそうなんだだから僕を拒絶するんだだからだからねぇみぃわかったよみぃ僕のみぃ」
「っ…!気持ち悪いっ!」

きゅるきゅると音を鳴らしながら更に近付こうとするアンドロイドに後退り、私は自室へと駆け込んだ。かちゃり、と鍵を閉めれば外からカリカリとドアを掻く音がする。

「みぃ、みぃ」
「止めてよ…!!」

叫ぶようにして拒絶の言葉を発し、私は布団を被って耳を塞いだ。聞きたくない。見たくない。気持ち悪い。嫌だ。助けて。どうして。僕。僕。兄は僕なんて呼ばない。偽物。嘘つき。

どんどんと悪化していく。
どんどんと絡まれていく。

助けて。助けて。お父さん。

私もこの爛れた箱庭から連れ出して――…


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