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-insane-
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母が珍しく出掛けていった。人間らしい母を見たのは何時ぶりだろうか。アンドロイドの頬にキスをし、出ていった。母が出て行った途端に触れられた箇所を痛い程に拭くアンドロイドの表情は能面のようだった。
けれど、私を視界に入れた途端に晴れやかな表情を浮かべた。
「みぃ。嬉しいずっと二人だね。みぃ、みぃ」
「…ずっとじゃないよ。あの人、直ぐ戻ってくるだろうし」
抱きつこうとするアンドロイドの腕を撥ね除け、私はリビングのソファーに身を沈める。そんな素っ気ない私の態度を気にした様子も無く、当たり前のように隣に座る。
「みぃ、みぃ」
「その名前で呼ばないでって言った」
「駄目だよ、これは僕のだから。みぃが僕のものだって証だから、ねぇ?みぃ」
私の言葉を遮るように毒を重ねるアンドロイドに私は再び吐き気を覚えた。アンドロイドが私に好意を向ける度に酷い吐き気に襲われる。ぐぅ、と喉が鳴り、胃液が上がってくる。そして吐く度に母とアンドロイドの悍ましい光景が目に浮かんだ。
「みぃ、可愛いね。早く愛し合いたいねぇ」
「っ…!止めてよ、気持ち悪いっ…!」
襲い掛かる吐き気に我慢出来なくて、トイレに駆け込み全てを吐き出す。びくびくと胃が痙攣する。身体も心もおかしくなってしまいそうだった。
「みぃ?大丈夫?」
「…誰のせいだと、思ってるのよ…!」
「みぃ?」
「もう、止めてよ…!その名前で呼ばないでって言ってるのに…!」
便器の前で蹲る私の背中を撫でながら、アンドロイドが不思議そうに私の顔を覗き込む。まるで全てを見透かすような視線に怖くなって逃げだそうとするも、強い力で肩を押さえつけられた。
「ねぇ、どうして嫌なの?みぃ。教えてよ」
「嫌なの…っ!もう、止めてよ…!お兄ちゃんの声でその名前を呼ばないでよ…!」
「みぃ?僕はみぃのお兄ちゃんだよ?なのにどうして呼んじゃ駄目なの?ねぇ、みぃ。教えてよ。言ったよね?嘘吐かないって。また裏切るの?ねぇ、みぃ」
「――…な、…で」
私の言葉は形にならなかった。
強い視線が私を貫く。まるで兄のように、私を。
「みぃ、みぃ。僕は知ってるよ。ねぇ。みぃ、僕だけのみぃ」
耳元で囁く。まるで脳を破壊するかのように、甘く爛れた呪禁を吐きながら。
私はアンドロイドを突き放し、逃げ出した――…その時だった。部屋中に劈く機械音。久しく鳴らなかった電話機が空を切るように鳴り響いた。
後ろから突き刺さる視線を感じながら受話器を取れば、父から母の訃報を知らせる連絡だった。
私も父も驚く程に冷静だったと思う。静かに受話器を置き、アンドロイドへ身体を向け小さな声で言葉を紡いだ。
*****
父が顔に悲しみの表情を貼り付け、喪主を務めている様子を私は小さな骨壺を抱えながら他人事のように見つめていた。
あの日――珍しく出掛けた母は自ら命を絶った。息子の死に堪えきれないと言う遺書と共に、息子が命を落とした高架から飛び降りた。
頭から落ちた母は脳味噌を撒き散らし、即死した。愛する息子と同じように。
一通りの葬儀を終え重い空気の中、父と帰宅する。父は車は、二人乗りのスポーツカーから大きなファミリーカーに変わっていた。
所々に積み木が落ちているのを私は気付かない振りをする。
――ずっと分かっていた事だから。
家に帰宅した私達は無言のまま車から降り、家の鍵を開ける。すると真っ白な服を着たアンドロイドが玄関でちょこんと座っていた。
「みぃ」
「……」
後ろからやって来た父が息を呑むのを感じる。だが私は何も言わなかった。父なら分かるだろう。
「…優真か」
「…うん。でもお前の知っている優真では無いよ」
無機質な声が玄関に響き渡る。拒絶が、嫌悪が、嫉妬が入り乱れるアンドロイドに腕を取られ、引き寄せられた。
「みぃ、みぃ」
「や…!ゃ、めて、よ…!」
首筋に唇を落としながらアンドロイドの冷たい掌が私の喪服を剥いでいく。まるで父に見せつけるかのように、ジッと父を見つめながら私の鎧を取り去っていく。
「…お父さ……助けて、お願い、私をここから…」
――連れ出して。
そう呟き、父へと手を伸ばした。
だが、父はまるで汚物を見るような表情を浮かべながら私の手を撥ねのけた。
「俺が気付いていないと思ったか?」
「おと、さ…?」
「お前はあの女にそっくりだよ」
吐き捨てるように言う父に、私は全てを察してしまった。
嗚呼、この人は全部知っているんだ。
母が息子を愛していた事も。
息子が娘を犯していた事も。
娘が父を愛していた事も――…
全部、全部知っていたから私が伸ばした腕に気付かぬ振りをしていたんだ。
だから、この人はこの家から出て行き、他に家族を作ったんだ。
「生活費はお前の口座に振り込んでおく。まぁ、あの女の財産だけでも十分だとは思うがな。もう二度と逢う事もないけど…本当にお前達は俺の人生の汚点だよ」
「おとう…さん…?」
「もうその名で呼ばないでくれないか。不快なんだよ。気持ち悪い」
そう言って出て行く父に私は必死に腕を伸ばした。お願い。棄てるから、この感情も、想いも、全部。だからお願い、この箱庭から連れ出して。
そんな叫びも虚しく、ばたんと扉が閉まる。まるで世界から隔離されてしまったような感覚に私は絶望した。
「みぃ、みぃ」
伸ばしたままの腕に長く冷たい掌が這い、指を絡め取られた。寒気がする程の冷たさに悲鳴を上げそうになるも、アンドロイドによって口と目を塞がれた。
「ねぇ、みぃ。やっと二人きりになれたね。これからは俺とずっとここで暮らすんだ」
「え…な、…お、兄ちゃ…?」
「嗚呼、やっと呼んでくれた。俺だけのみぃ」
私の言葉にとろみを含んだ声が私の鼓膜を犯していく。
「もうみぃには俺しか居ないね。愛したあいつからも棄てられて、頭のおかしい女も死んで――…ねぇ、みぃ。ほら、何時ものようにキスをしようか」
手を離した兄が私の顎を捕らえ、唇を寄せる。
懐かしい感触に私の身体がひくり、と反応すれば生暖かい舌が私の腔内を蹂躙していった。
唾液とは違う液が兄の腔内から溢れる。まるでシロップのような甘さに、私は自らソレを啜った。
「ほら、みぃ。何時ものように愛し合おうか」
「っ…!」
つぅ、と性的なニュアンスで私の身体をなぞる指に我に返った私は兄そっくりなアンドロイドを突き放した。
「みぃ?どうしたの」
「止めて…!触らないで…!」
開発された身体は本能を溶かす程に餓えていた。けれど、私は必死に抗う。
何の為に私は――…
「何の為に俺を殺したの…って?」
「…っ!」
にんまりと笑うアンドロイドは兄、そのものだった。
私しか知らない、亡くなった兄しか知らない事実を知っているアンドロイドに私は力なく座り込んでしまった。
けれど、私を視界に入れた途端に晴れやかな表情を浮かべた。
「みぃ。嬉しいずっと二人だね。みぃ、みぃ」
「…ずっとじゃないよ。あの人、直ぐ戻ってくるだろうし」
抱きつこうとするアンドロイドの腕を撥ね除け、私はリビングのソファーに身を沈める。そんな素っ気ない私の態度を気にした様子も無く、当たり前のように隣に座る。
「みぃ、みぃ」
「その名前で呼ばないでって言った」
「駄目だよ、これは僕のだから。みぃが僕のものだって証だから、ねぇ?みぃ」
私の言葉を遮るように毒を重ねるアンドロイドに私は再び吐き気を覚えた。アンドロイドが私に好意を向ける度に酷い吐き気に襲われる。ぐぅ、と喉が鳴り、胃液が上がってくる。そして吐く度に母とアンドロイドの悍ましい光景が目に浮かんだ。
「みぃ、可愛いね。早く愛し合いたいねぇ」
「っ…!止めてよ、気持ち悪いっ…!」
襲い掛かる吐き気に我慢出来なくて、トイレに駆け込み全てを吐き出す。びくびくと胃が痙攣する。身体も心もおかしくなってしまいそうだった。
「みぃ?大丈夫?」
「…誰のせいだと、思ってるのよ…!」
「みぃ?」
「もう、止めてよ…!その名前で呼ばないでって言ってるのに…!」
便器の前で蹲る私の背中を撫でながら、アンドロイドが不思議そうに私の顔を覗き込む。まるで全てを見透かすような視線に怖くなって逃げだそうとするも、強い力で肩を押さえつけられた。
「ねぇ、どうして嫌なの?みぃ。教えてよ」
「嫌なの…っ!もう、止めてよ…!お兄ちゃんの声でその名前を呼ばないでよ…!」
「みぃ?僕はみぃのお兄ちゃんだよ?なのにどうして呼んじゃ駄目なの?ねぇ、みぃ。教えてよ。言ったよね?嘘吐かないって。また裏切るの?ねぇ、みぃ」
「――…な、…で」
私の言葉は形にならなかった。
強い視線が私を貫く。まるで兄のように、私を。
「みぃ、みぃ。僕は知ってるよ。ねぇ。みぃ、僕だけのみぃ」
耳元で囁く。まるで脳を破壊するかのように、甘く爛れた呪禁を吐きながら。
私はアンドロイドを突き放し、逃げ出した――…その時だった。部屋中に劈く機械音。久しく鳴らなかった電話機が空を切るように鳴り響いた。
後ろから突き刺さる視線を感じながら受話器を取れば、父から母の訃報を知らせる連絡だった。
私も父も驚く程に冷静だったと思う。静かに受話器を置き、アンドロイドへ身体を向け小さな声で言葉を紡いだ。
*****
父が顔に悲しみの表情を貼り付け、喪主を務めている様子を私は小さな骨壺を抱えながら他人事のように見つめていた。
あの日――珍しく出掛けた母は自ら命を絶った。息子の死に堪えきれないと言う遺書と共に、息子が命を落とした高架から飛び降りた。
頭から落ちた母は脳味噌を撒き散らし、即死した。愛する息子と同じように。
一通りの葬儀を終え重い空気の中、父と帰宅する。父は車は、二人乗りのスポーツカーから大きなファミリーカーに変わっていた。
所々に積み木が落ちているのを私は気付かない振りをする。
――ずっと分かっていた事だから。
家に帰宅した私達は無言のまま車から降り、家の鍵を開ける。すると真っ白な服を着たアンドロイドが玄関でちょこんと座っていた。
「みぃ」
「……」
後ろからやって来た父が息を呑むのを感じる。だが私は何も言わなかった。父なら分かるだろう。
「…優真か」
「…うん。でもお前の知っている優真では無いよ」
無機質な声が玄関に響き渡る。拒絶が、嫌悪が、嫉妬が入り乱れるアンドロイドに腕を取られ、引き寄せられた。
「みぃ、みぃ」
「や…!ゃ、めて、よ…!」
首筋に唇を落としながらアンドロイドの冷たい掌が私の喪服を剥いでいく。まるで父に見せつけるかのように、ジッと父を見つめながら私の鎧を取り去っていく。
「…お父さ……助けて、お願い、私をここから…」
――連れ出して。
そう呟き、父へと手を伸ばした。
だが、父はまるで汚物を見るような表情を浮かべながら私の手を撥ねのけた。
「俺が気付いていないと思ったか?」
「おと、さ…?」
「お前はあの女にそっくりだよ」
吐き捨てるように言う父に、私は全てを察してしまった。
嗚呼、この人は全部知っているんだ。
母が息子を愛していた事も。
息子が娘を犯していた事も。
娘が父を愛していた事も――…
全部、全部知っていたから私が伸ばした腕に気付かぬ振りをしていたんだ。
だから、この人はこの家から出て行き、他に家族を作ったんだ。
「生活費はお前の口座に振り込んでおく。まぁ、あの女の財産だけでも十分だとは思うがな。もう二度と逢う事もないけど…本当にお前達は俺の人生の汚点だよ」
「おとう…さん…?」
「もうその名で呼ばないでくれないか。不快なんだよ。気持ち悪い」
そう言って出て行く父に私は必死に腕を伸ばした。お願い。棄てるから、この感情も、想いも、全部。だからお願い、この箱庭から連れ出して。
そんな叫びも虚しく、ばたんと扉が閉まる。まるで世界から隔離されてしまったような感覚に私は絶望した。
「みぃ、みぃ」
伸ばしたままの腕に長く冷たい掌が這い、指を絡め取られた。寒気がする程の冷たさに悲鳴を上げそうになるも、アンドロイドによって口と目を塞がれた。
「ねぇ、みぃ。やっと二人きりになれたね。これからは俺とずっとここで暮らすんだ」
「え…な、…お、兄ちゃ…?」
「嗚呼、やっと呼んでくれた。俺だけのみぃ」
私の言葉にとろみを含んだ声が私の鼓膜を犯していく。
「もうみぃには俺しか居ないね。愛したあいつからも棄てられて、頭のおかしい女も死んで――…ねぇ、みぃ。ほら、何時ものようにキスをしようか」
手を離した兄が私の顎を捕らえ、唇を寄せる。
懐かしい感触に私の身体がひくり、と反応すれば生暖かい舌が私の腔内を蹂躙していった。
唾液とは違う液が兄の腔内から溢れる。まるでシロップのような甘さに、私は自らソレを啜った。
「ほら、みぃ。何時ものように愛し合おうか」
「っ…!」
つぅ、と性的なニュアンスで私の身体をなぞる指に我に返った私は兄そっくりなアンドロイドを突き放した。
「みぃ?どうしたの」
「止めて…!触らないで…!」
開発された身体は本能を溶かす程に餓えていた。けれど、私は必死に抗う。
何の為に私は――…
「何の為に俺を殺したの…って?」
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