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零件目【終わりで始まり】

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それからのハイネさんの行動は目が点になるくらい速かった。

私を抱いたハイネさんがその足で、大きいお城に向かい偉そうな人に「僕、この子と巡礼するね!」と言って、周りをザワつかせたり。
…後に知ったんだけど、この偉そうな人はハイネさんのお父さん――国王だったらしい。そりゃあ偉そうだよ、現に偉いんだもの。

で、またその足で城内にある聖堂に居た偉そうな人に「僕、この子と巡礼するね!」と言って、再度周りをザワつかせていた。
…後に知ったんだけど、この偉そうな人は大神官様らしい。聖職者の中で一番偉い人なんだって。そりゃあ偉そうだよ。現に偉いんだもの。

「ハイネ様…ですが、この神獣の神力が…」
「え、僕が選んだ子なんだけど。何が言いたいのかな?」
「ヒッ…!」

クー様の言う通り、私の神力の弱さに眉を顰めた大神官様が意義を唱えたが、ハイネさんの笑みで黙っていた。

「ナツちゃん、僕もナツって呼んで良いかな?」
「きゅ!」
「ふふ、ありがとう。可愛いなぁ。僕の言う事、分かるんだね。早く喋れるようになるといいね」

湿った鼻をツン、と指で触れられた私は条件反射でハイネさんの指をペロリと舐めてしまった。

おおお!何て事を…!私の行動がどんどん犬になっていく…!このままハイネさんに懐いて、顔中ベロベロなめ回す日が来るのだろうか…。それだけは阻止したい。だって私はまだ乙女の矜持を保っている…筈。

「――別に良いのに」
「きゅ?」
「ん?何でもないよ」

ニコッと微笑まれ、ニコッと微笑み返せば、イケメンな表情がだらしがなく歪む。それでもイケメンなのだから憎ったらしい。

「んんん…!本当にナツは可愛い。世界一可愛い」
「きゅ!きゅ!」

ぎゅうと抱きしめられ、慣れた私は為すがままだ。そんな私達を大神官は驚いた表情で見つめていた。



*****



――出発前日。

「いや、だから儀式が…」
「要らない」
「ですが、それが決まりでして…」
「それはあんた達の都合だよね」

国王・大神官VSハイネさん。

先程から私を挟んで何やら言い合いをしていた。
どうやら、巡礼に出る当日にとある儀式があるらしいのだけれど、それをハイネさんが要らない、と突っぱねている。
ハイネさん曰く、公的に国民から金を搾り取る下らない祭事だ、と言っていた。吐いて捨てるように言うハイネさんに私は思わずときめいてしまった。
こんな上司、欲しかった…!!

「金ならちゃんと予算立ててあるよね?何でまた国民から取ろうとしてるのかな」

ニコニコ、と笑みを崩さず自分よりも大分年上の方に詰め寄るハイネさん。
きっとインターネットにライブ映像で流していたらコメント欄が良い意味で大荒れしているレベルだ。

「そ、それは…」
「貴方は国王だ。国王は何のために居る?私腹を肥やす為?違うよね、国民の安寧を護る為に居るんだよね」
「――…」
「それが出来ないなら止めちゃえ」

トン、と国王を突き放し背を向けるハイネさん。
最後に見た国王は、我に返ったような表情を浮かべていたけれど、大神官様からは何だか嫌な雰囲気を感じた。

「はは、凄い殺意だね。ナツも感じるんだ。でも大丈夫だよ。あの人は僕を殺せない。僕の強さを知ってるからね」

だから安心してね、と言うハイネさんは今まで見てきた彼の中で一番格好良かった。元社畜に響いたのだ。
こんな上司なら一生ついていきます!と言いたくなる。

「ナツのおめめ、うるうるしてるね。怖かったのかな?」

違う。感動してたんだよ。そして怖いのはハイネさん、貴方よ。絶対に敵に回したくないタイプだ。

私はじぃ、とハイネさんの顔を見つめる。真っ赤な瞳が美しい。本当にファンタジーだなって改めて思った。

――これからどうなるのだろうか。今のところ、私は唯の犬だ。愛玩犬、だ。
巡礼か…。一体どんな旅になるのだろうか。沢山の屍を越えていかなければいけないのかなぁ。怖いなぁ。

「…ナツ、巡礼は怖くないよ。各地の偉そうな子に、力くれー!お願いだー!って言うだけ。だからそんな不安な顔、しないで欲しいな」

どうやら不安が表情に出ていたようだった。ハイネさんがフォローしてくれた。そうなんだ。そう言えばクー様もお祈りを…って言ってた気がする。それに、万が一があってもハイネさんが居るから大丈夫だよね。
まだハイネさんの力を見た事が無いから分からないけど、チート級にヤバいのは何となく分かる。一応私も神獣の端くれだ。その人を纏うオーラくらい見える。

底なし沼。本当にその通りだと思った。普段は神力を隠している為最初は全く気が付かなかった。でも感情を露わにした時に見えた底なしの力に腰を抜かすところだった。

それは見えているであろう大神官も同じだろう。だからハイネさんに何も言えないのだ。

「きゅ…」

胸元で抱えてくれているハイネさんの腕に顔を擦り寄せれば、長い指で頬を撫でられる。

「出発は明日だからね、今日はゆっくりしていようか」
「きゅ!」

ハイネさんが住んでいる聖堂へと向かう中、沢山の子ども達に囲まれたハイネさん。咄嗟に私をフードに隠す。
ハイネさんも言っていたけれど、私の個体は変わっているらしい。
神獣は民とは深い関わりがあるらしく、私を見たら直ぐに分かるみたい。神獣だって。だから五元の源を手に入れて認められるまでは姿を現さない方が良いって言ってた。

「ハイネさまー!」
「やぁ、こんにちは」

元気な声が私の耳を震わす。そして、嗅覚も。先程から良い匂いがするのだ。甘くて、懐かしい匂いが。
この匂いは、まさか――…

「あのね!ハイネさまは巡礼に行くって聞いたからママと作ったの!」
「ん?クキンかな?」

そうだ、これはクッキーの匂いだ。間違い無い。香ばしい芳醇なバターの匂いと、小麦の香り…。木の実しか食べていない私には麻薬のようなものだった。

「き…きゅぅ…」
「あ、こら!」

匂いに釣られた私は思わずフードから顔を出してしまった。するとハイネさんを見上げていた子ども達と目が合う。大人は居ないようだった。

「わー!!かぁわいいー!!」
「えー!えー!?ハイネさまー!この子、だぁれ?」

キラキラした沢山の瞳が私を見つめる。しまった。これは良くない。ぎぎぎ、と近くにあるであろうハイネさんを見やれば、変わらぬ笑顔を浮かべていた。表面上は。

「きゅぅ…」

ぺたん、と耳が下がる。これは私が悪い。ハイネさんは私の事を思って存在を隠してくれたのに、私が卑しい余りにハイネさんの心遣いを無碍にしてしまったのだ。

「ナツ、悪いと自分が思ったんだ?」
「きゅ…」

何時もよりやや低い声に俯いて、ハイネさんの頬に顔を擦り寄せる。すると、小さな溜息が聞こえたのと同時にフードから追い出された。

「きゅ!?」
「そんな可愛い顔して許すと思ってるの?」
「きゅ…」
「許すに決まってるよね」

えぇ、許すの?いや、嬉しいけど。ありがたいけどさ。そのデレデレした表情、子ども達に見せない方が良いのでは。

「あぁもう、お耳ぺたんこになっちゃったのー?怖かったんだね、よちよち。ほら、ハイネさんはもう怒ってないからねー、なっちゃんお耳直して欲しいなぁ」
「ハイネさま…?」



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