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一件目『イフリクト:水の聖域』
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しおりを挟む「うん。驚くのも無理は無いよね」
「きゅ!」
私が項垂れている時、背後から声がした。カインさんが現れた時は恐怖で慄いてしまったが、今回は恐怖では無く、喜びから身体が思い切り跳ねた。
「きゅー!!」
ハイネさんだ。ハイネさんが手を振りながら後ろに居た。思わぬ存在に私の身体は歓喜で跳ねる。
尻尾を最大限に振りたくり、その場で跳ねながらグルグルと回る。
そんな私にだらしのない表情を浮かべたハイネさんが両手を広げた。
「おいで、ナツ」
「きゅー!!きゅ!!きゅ!」
短い足で大地を蹴る。てってっ、と足を鳴らしながら助走して飛びつけば受け止めてくれる大きな腕。
嬉しくて嬉しくて爆発中。
世の中の犬ってこんな感じなんだね。嬉しすぎて爆発しちゃうの。
「わわ、ナーツ。嬉しいの?可愛い尻尾が取れちゃうよ?」
「きゅ!きゅ!!」
ぴこぴこと残像が見える速さで振る尻尾に指で突くハイネさん。あ、顔をしかめた。痛かったらしい。
そんな二人きりの世界に、カインさんが口を挟んだ。
「…相変わらずムカつく程の神力だね」
「……」
顔を引きつらせながら対峙するカインさんに冷たい視線を投げかけるハイネさん。凄い迫力だ。
『お久しぶりです、ハイネ様』
「…やはりお前だったか」
黙っていた麒麟さんがカインさんを庇うように前に出る。そんな麒麟さんに一瞥するハイネさんの表情は変わらず冷たいままだった。
こんな怖い彼を見たのは初めてだった。声も、表情も全て私の知らないハイネさん。
どうしてこんな表情をするのだろうか。私を攫ったから、だけでは無い気がする。
『ええ。ハイネ様なら気付かれると思いましたが、やむを得なかったので』
「やむを得ない、ね」
クッと喉を鳴らしながら私を抱きしめるハイネさんの瞳に私は映っていない。口を挟みたくても挟めない状況だった。
神獣の敵意に晒された時よりも恐ろしい。徐々に解放されていくハイネさんの神力にあてられてちびりそうだ。
「僕の大事な神獣ちゃんを攫って何をするつもりだった?」
『そいつは駄目です。ハイネ様の足を引っ張ります』
「は?」
地を這うような低い声が響く。よく平気で前に立ってられるなぁ、と関心してしまう。私だったら怖くてちびっているかもしれない。
「イフリクトの加護を得ていても否定すると?」
『えぇ。加護は返せば良い』
え、返せるの?なら返して強い神獣さんが私の代わりに巡礼したら良いのでは、と思ったがハイネさんは私じゃなきゃやらないって言ってた。今もそう思ってるのかな。
だとしたら嬉しい、と思うのは不謹慎だろうか。
「なら僕は巫女を降りるよ」
さらっと言った言葉に誰もが言葉を失う。だが、ハイネさんは構わず言葉を続けた。
「僕はナツが相手じゃないと絶対に動かない。そんなにナツが認められないのなら他に巫女を推薦したら良いさ。例えばそこのオニイサマとか、ね」
「っ…貴様…!」
似ていると思ってたけど、本当に兄弟だったんだ。納得する。けれど、険悪すぎる。ハイネさんの言葉に棘を感じるし、何よりも先程からカインさんが発する殺意が凄まじい。
「あは、ごめんね。適正なかったのに神力渡しちゃって。でも、それで親父のご機嫌取れたからいいんじゃないの?」
「っ!お前のそう言うところが嫌いなんだよっ!!」
「きゅっ!」
顔を真っ赤にしたカインさんが手をかざし炎の玉を、飛ばすがハイネさんが指を弾いたと同時に跡形も無く消え去った。
間違い無くハイネさんは怒っている。
「昔からあんたは自分の無能を認めずに八つ当たりしてきたもんね?自分の手を汚さず人を使ってさ。今回も…よりによって神獣を使って僕とナツを殺そうとするなんて…ねぇ。どうしてやろうか」
ハイネさんの言葉に背筋が凍る。嘘だ。そんな物騒な話、ある?…あるんだよね、きっと。この話は冗談でも何でも無いんだ。事実なのだ。彼等の目を見たら分かる。本気の殺意、だ。
『神獣殺しがどれだけ罪になるか分かって言っているのか?』
「きゅ!」
『イ、イフリクト様っ!!』
暫しの沈黙を壊したのはクー様だった。クー様は全開のように小さくなった身体でハイネさんのフードの中に隠れていたようだ。
ぴょこん、と覗く顔に安堵の息を吐く。重すぎた沈黙が辛かったし、何よりも見た事のないハイネさんの様子が怖かった。
そんな私の不安を察したのか、身体を伸ばし、小さな手で撫でてくれた。
『主等は我の聖域を壊した。それだけで重罪だと言うのに…。ナツを殺そうとするとは』
「…何故水の主がそこまでその神獣に肩入れするのです」
カインさんが苦々しく言葉にする。私はじわ、と涙が溢れそうになった。もしも私に力があれば。もっと格好良い姿だったら。私がハイネさんを護れるだけの神力を持っていたら――…。無い物ねだりが空を舞う。
「ナツ。変な事、考えないで」
「きゅ…」
優しい声が降り注ぐ。上を向けばいつもの優しいハイネさんの姿がぼやけて映った。
「泣かないで、ね。ナツが泣いちゃうと僕、どうしたら良いかわかんないよ」
「きゅぅ…」
ぐりぐり、と頬擦りされる。何時もの声に何時もの愛情。
堪らなくなって、私は必死にハイネさんの胸にしがみ付いた。
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