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一件目『イフリクト:水の聖域』

09【了】

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表情を消したハイネに、奴等の顔色が悪くなる。徐々に増していく神力に圧倒されているようだった。これだけの神力をあてられた奴等の身体は自由に動かすこともままならないだろう。

「ここで死んで貰おうか」
『ハイネ』

不吉な言葉を吐くハイネを止める。奴等の事を心配して、では無い。いくらハイネでも神獣殺しは赦されない。殺してしまうと神の鉄槌がくだされるだろう。
視線でハイネに訴える。憤怒を宿した瞳を見つめれば、徐々に和らいでいく美しい瞳。

「イフリクト」
『なんだ』
「ごめんね」
『、は』

謝罪したと同時に、胴体を掴まれ草むらに投げ飛ばされる。思わぬ行動に対処しきれなかった我は無抵抗のまま草むらへと身を投じた。

「殺さないよ」
『ハイネ?』
「けど、赦しはしない」

よろよろ、と立ち上がる頃には既に遅すぎた。
ハイネが手を翳すと同時に奴等が苦しみながら地面を這う。カインも、神獣も全員だ。一気に魔法を掛けただと?そんな話、聞いた事がない!

「苦しい?苦しいよね。君達には致死量に満たないギリギリの毒を身体に回した」
「グッ…か、あぁ…そ、そんな事っ…!ぐあ!」
「オプションで神経に悪戯してみた。痛いよね?でもナツの方がもっと痛かったんじゃないかな?」

脂汗を垂らしながらカインがナツを睨み付ける。まるで全ての原因だと擦り付けるかのように。そんな視線、ハイネが赦す筈が無い。

ハイネの長い足がカインの顎を捕らえる。そのまま蹴り上げれば、カインの身体が空に浮かび、凄まじい勢いで大木へと打ち付けられた。

「ねぇ、死にたいの?」

掌に禍々しい色の渦を浮かべながらゆっくりと近付くハイネに警告音が鳴る。

――その渦は、まさか、
つぅ、と頬に汗が流れる。嫌な予感がして堪らない。禍々しい程の凝縮された何かが蠢く渦に当てられるとどうなってしまうのか。死んでしまう?否、そんな生やさしいものでは無い、魂すらも食い潰す程のおぞましい力、だ。

我は必死にハイネの名を呼ぶ。だが、ハイネは反応せずに、カインへと近付く。恐らくカインも本能で察しているのだろう。ガタガタと身体を震わせながら充血した瞳でハイネを見ている。

「死のうか」

ハイネが長い手を天に上げ、振り翳した。

――その時だった。

「きゅぅ…」

何とも気の抜ける声が凍てついた空気を和らげた。
ハイネの腕ですやすやと眠っていたナツがも、ぞもぞと動きながらきゅうきゅう鳴いている。寝言だろうか。

「うわぁ…可愛いなぁ…イフリクト、見た?今の」
『あ、あぁ…』
「きゅうきゅう言いながら僕に擦り寄っちゃってさ。本当可愛い。食べちゃいたいくらい可愛い」

先程までの威圧は何処へ行った。奴等も余りの変わり身にぽかんとした表情を浮かべている。
ハイネはカインに背を向け、我の方へとやって来た。

「まぁ、これで大人しくなるよね。心臓に杭打っておいたし。ナツに変な事しようとしたら発動して心臓に突き刺さっちゃうやーつ。あ、今掛けてる魔法は徐々に弱まっていくから。暫く反省でもしてたら?」

言われた方はひとたまりもないだろう。だが、我の聖域を破壊した罰も含まれていると思えば、まだ優しい方かもしれない。

神獣殺しと同等に聖域を破壊する行為も禁忌とされている。聖域は言葉通り、聖なる領域だ。それを破壊する行為は――…言わずとも分かるだろう。

だからと言って殺して良い訳では無い。
ナツがあのタイミングで鳴いてくれた事に心の中で感謝した。今度沢山木の実をプレゼントしてやろう。



*****



眠りから覚め、薄らと目を開けるとぐっすりと眠っているハイネさんの綺麗な寝顔が近くにあった。思わず叫びそうになったが、すんでのところで止められた。良かった。
どうやら私達はクー様の聖域に泊まらせて貰っているようだ。寝室は普通の部屋だ。だが、窓に視線を向けると沢山の魚達が泳いでいる。
水底の家という事か。

ハイネさんを起こさぬように、ベッドから抜け出し、外に出る。

『起きたか』
「きゅ!」

外にはクー様が居て、私はすいすいと水掻きしながらクー様へと近付く。

私が眠っている間に何があったのか聞きたかった。あれだけ不穏な空気だったのだもの、はい解散って訳でも無さそうだ。そして夢の狭間に観た嫌な力。
あれは間違い無くハイネさんが発していたものだった。

『…ハイネは殺していないよ』
「きゅ!?」

物騒な言葉を言われて身体が跳ねる。確かに聞きたかった話ではあるが、そんな大ごと?と思う。けれど冗談では無いのだろう。それ程逼迫していた、と言う訳か。

『そもそも聖域を侵すのは万死に値する行為なのだ。元は我の聖域を破壊し、ナツを連れ去った奴等が悪い。だが殺して良いという話では、ない』
「……」
『ハイネは奴等に痛い目を見せる罰を与えた。あれだけ苦しい思いをすれば反省するだろう』

そう言ったクー様の周りで聖痕達が踊るように泳いでいる。とても幻想的な風景だった。今更になってクー様が五元の主だと実感する。
美しい鱗が反射して色々な色を映す。その中に私も沢山映っていて不思議な感覚だった。

『まだ疲れが残っているだろう?まだ夜は明けぬ。再び眠りに就くが良い。明日からは違う聖域に向かい祈りを捧げなければならぬのだからな』

クー様の言葉に頷き、再びハイネさんの元へと戻った。
本当はクー様の言葉に納得した訳では無かった。もっともっと大事な事が起きていたのに、それを私に教えてくれなかったのは、私を驚かせたくなかったのか、それとも私が無力で役に立たないからか。

「きゅ!」

だったら強くなればいい。魔法が全てじゃない。肉弾戦だってやってやる。小さいなら小ささを利用して戦えば良いのだ。

私は決意する。
ハイネさんに護られるだけの存在にならない事。
自分の身は自分で護れるようになって、いつの日かハイネさんに背中を任せて貰えるような存在になる事。

そんな決意を胸に、ハイネさんの胸に潜り込み再び眠りに落ちた。

――そんな様子を、ハイネさんは優しい瞳で見ていた事を私は知らない。




Next stage→『木の聖域』



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