恋と病

aki

文字の大きさ
上 下
11 / 12

11

しおりを挟む
 翌日。俺は朝早いうちから電話をかけていた。三葉が来るのだけども、検査で病室に居ない時間があることを昨日すっかり伝え忘れていたのだ。
「……出ない」
 珍しくなかなか電話に出ない。電話をかけたのはこれで何回目だろうか。事故とかだったら嫌だけど、この時間は学校の授業間休みのはずなのだ。
 仕方なくメールを送ってその場を去ろうとした時、胸に強い痛みを感じた。思わず胸元を押え、しゃがみこむ。
 これは手術の時の痛みじゃない。痛いのは縫われたところではなく、心臓だ。
 倒れれば近くを通った看護師さんが驚いた様子で俺に声をかけていた。大丈夫かと必死に声をかける看護師さんの後ろでバタバタと走っている看護師さんもいる。
 意識とともに痛みも感じなくなってきて俺死ぬかもしれないと直感した。死なないと決めたばかりなのに情けない。最後に一度くらい三葉に会いたかった……なんて。



 意識を失って、気づいたら俺は真っ白な世界にいた。どこを見渡しても真っ白で、死ぬとこんなところに来るのかなんて呑気に考える。
 心臓は動いていない気がする。いつものように脈打ってはいない。死ぬかななんてぼんやりと思う。
 背後に気配がして振り向けば、そこに立っていたのは三葉である。最後に三葉に会いたかったと思ったから会わせてくれたのだろうか。
「めっちゃ白いと思わない?」
 いつも通りの三葉に気が緩む。
「だね。で、ここはどこ?」
「俺が知ると思う? でも、多分死と生の狭間じゃない」
 夢枕に立ったようなもんでしょと笑う三葉に「それちょっと違う」と答える。夢枕は確か、死人が夢に出て何かを言い残していくことを言うのだ。三葉は死んでない。俺もまだ死んでいないと思いたい。
「……今どういう状況な訳?」
「俺が倒れた。以上。三葉電話に出なかったなぁ」
「え、あ。ごめん。気が付かなかったっぽい」
 わざとらしく、悲しそうに言えば三葉は本気で申し訳なさそうにした。そんな顔して欲しかったわけじゃないのに。
 俺は急いで話題を変える。
「中学の時さ、星見たくて山に入って遭難したことあったじゃん?」
「あー、んな事もあったね。大騒動になったやつ。アレ結局もう少し歩けば登山道に出れたんだよね」
「ウソ!」
 今初めて聞いた衝撃の事実だ。後から知ったのだろうけども内緒にされているなんて思わなかった。調べればよかったのだろうけども。
「あれって何見に行ったんだっけね」
「流星群だよ。流星群見に行ったの。ね、あの時何願った?」
「忘れた。てか、覚えてても教えない」
「えー? 俺はね、三葉とずっと一緒にいれますようにって願ったよ」
 いつもなら言えないような小っ恥ずかしいことを今は普通に言える。いや、言わなければいけないような気がする。三葉は頬を緩ませて嬉しそうにしていた。
「今のところ全勝。今後も一緒がいいね」
 三葉は困ったように笑って「うん、一緒に居れるよ」と答えた。困った顔が引っかかったけど、俺は一緒に居れる発言に喜ぶ。でも、深堀はしては行けないような気がした。
「ねぇ、桜が好きな理由って何?」
「桜が好きな理由……? えー、まぁ今ならいいか」
 覚悟を決めるために一度深呼吸してから答える。
「三葉の説が気に入ったからだよ」
 三葉は目を見開いて、幸せ満杯に笑って見せた。俺が大好きな笑顔だ。たまにしか見せてくれないけども。
「あ、じゃあ、三葉が俺の言葉を覚えてる理由は? それと聞き取れなかった言葉も教えて」
 三葉は「えぇ」と苦虫を噛み潰したような顔をした。そこまで嫌なら別にいいんだけど。
 俺がそういう前に三葉が口を開いた。
「俺がお前の言った一語一句に注意を払っていたから。意識していたとも言う。それと、聞き取れてなかった言葉はまだ内緒」
「えー、もったいぶんなよ。 まぁいいけどさ」
 今の俺はいつもの如く、平静を装うのに必死だ。好きな人に意識していたと言われて嬉しくならないやつなんて居ない。めちゃくちゃ嬉しい。嘘でも嬉しいと思う。
「なぁ……」
「ん?」
「ちゃんと生きろよ? 死ぬかもなんて考えんなよな」
 心の内を読まれてしまったようだ。
「考えないよ、そんなこと」
 笑って見せれば三葉に頭を撫でられた。死ぬかもと思っては行けないのか。まぁ、三葉の頼みなら仕方が無い。死ぬかもしれないとは思わない事にする。生にしがみつくこともしないけど。
 それをわかっているのかなんなのか、三葉は苦笑いをしている。死ぬ時は勝手に死んでいくつもりだから安心して欲しい。
「死の覚悟はしないよ。ゆるーく生きて、ゆるーく死ぬ」
 俺の宣言に三葉は安心したように笑った。そこまで気になっていたのかと少し呆れていたのは内緒だ。バレたら拳骨くらいそう。
「殴らないから。俺暴力男だと思われたくないから」
「俺に? 思わないから」
 そもそも三葉は暴力振らないし。俺はにっこりと笑って三葉を見る。三葉は呆れ気味に笑ってくれた。
 暴力男って有名になったら俺が否定に回ってあげるつもりだが、それは言わない。これは俺だけの内緒にしておこう。
 ひとりでに笑っていれば三葉が不思議そうに俺を見た。追求しようとしているようだけども、絶対に話さない。俺だけの秘密だもん。
「あ、そうだ。手紙くれてありがとな」
「え、あ、うん。ドウイタシマシテ」
「なんでカタコトなの?」
 視線を逸らして「なんでもない」と答える。本当になんでもないのだ。手紙について正面から言われちゃ恥ずかしいだろうよ。
 黙っていれば止まっていたはずの心臓がドクンとなった。何があったのか。俺の心臓は今まで動いていなかったと思う。
「……ちゃんと生きろよ」
「は?」
「俺の代わりに、ちゃんと生きろよ『トワ』」
 俺の視界は三葉の言葉と共に暗転した。
しおりを挟む
1 / 2

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

かじり王子と町の絆

O.K
エッセイ・ノンフィクション / 完結 24h.ポイント:0pt お気に入り:0

賢者? 勇者? いいえ今度は世界一の大商人(予定)!

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:7pt お気に入り:76

レクイカ、線の雨が降る前に

k_i
ファンタジー / 完結 24h.ポイント:0pt お気に入り:4

処理中です...