恋と病

aki

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「あら? あらあらあら?」
 にまにまと頬を緩めて俺を見る母親を睨みつける。母親は怖くないと言わんばかりに、笑った。どこか嬉しそうに見える。
 たった今、母親に手紙について話したところだ。
「やっと三葉くんに告白するのね」
「別に……」
 順序はおかしくなってるんだけども、バレたらはっきり言おうと思っただけだ。鉄は熱いうちに打てと言うし。
「私もお父さんも心配してたのよ、お父さんに似て奥手だから三葉くんを逃がしちゃうんじゃないかなって」
 失礼な心配だ。逃がしそうになったら勢いよく手を出すつもりだったもん。多分。それに、お父さんに似ては余計だ。失礼だと思わないのだろうか。いや、ベタ惚れの父親だから母親の言葉を失礼だとは思わないか。
「……しっかり三葉くんを手の内に入れなさいね」
 母親は真面目にそう告げて、俺の頭を撫でた。バレた当初から応援してくれていたんだからいい返事を聞かせてあげられるといいな、なんて。返事は多分確定していると思うけど。
「じゃあ、私はもう帰るからね」
 母親は「三葉くん来るんでしょ」と微笑んでから病室を出ていった。あの人はなんでも知ってる。むしろ、知りすぎてる気がするのは俺だけだろうか。俺のプライバシーは?
 三葉がくるなんて話俺しただろうか。いつの間にか口を滑らせたかもしれない。うん、まぁ母は強しって奴だと思おう。それとも女の勘か。
 母親が持つ情報の多さについて考えていれば病室がノックされた。
「おはよう。あ、こんにちはか」
 来客は勿論三葉である。三葉は微笑んで俺の横にあるパイプ椅子に座った。
「どっちでも大丈夫だと思う。おはよう、三葉」
 意外と普通に接してることが驚きだ。動揺してないし、されない。されないのは悔しいな。
「桜咲いてた。もうそんな時期なんだな」
「へぇ。早いね」
 ついこの間まで寒かったのに少しずつ暖かくなってきている。最初に倒れてからそこまで時間は経ってないはずなのに早いなと思う。そろそろ虫が増えてくるな、なんて。
 桜のことを聞く度に思うのは、三葉とも長い付き合いだなと言うこと。小学校の時に会ってからもう何回も一緒に桜は見てきた。今年は一緒に見られないのが悲しい。
 病気が治ったらしたい事に花見を入れておかなければいけない。病気が治ったらというか、退院したらだけども。まぁ、細かいことは気にしないタイプだ。
「桜って言ったら昔よくいろんなこと話したよね」
「あぁ、死体が埋まってるって聞いて探したりとか春待ってるって考えたりとか? あとは花びらの数が愛の数とかね。意外とロマンチストだったな」
 本当にそうだ。
「花びらの数に関しては三葉が勝手に生み出したやつじゃん」
 ピンク色の花びらがハートに見えるから愛の数なんじゃないと幼い三葉が言っていたのを覚えている。昔は本気でそれを信じてたし、今だって、そうだといいなと思っている節もある。
 恋愛成就は神社じゃなくて桜の木にお願いしていたのは黒歴史にも近い。三葉には絶対に知られたくはないことだ。いや、まぁバレてもいいけど。バレたらバレたでその時に考えよう。それでいい。
「死体は埋まってなかったっけ」
「うん、まぁね。でも、もしかしたら本当に埋まっていたかもしれないよ。木の養分になっちゃって骨すらも残らなかったのかも」
「へぇ、その説いいね。そうかもしれない。俺が死んだら桜の木と一緒に埋めて」
「それは現実的に無理。だから、桜の木は植えてあげるよ。歳の数ね、俺が先立ったらよろしく」
 長生きしてもらうのが一番嬉しいのだけども、桜の木があれば俺が先に死んでも忘れられないからありだ。桜なら毎年春に咲いてくれるから、咲いたら思い出せると思う。他の木はどうだか分からないけど、一年に一度咲いてくれるやつだったらそれでもいい。
 桜の下に死体を埋めるのは樹木葬でも無理だと思う。普通に家で桜の下に埋めたら死体遺棄罪に問われそうだし。臆病者だと言われたらそうである。桜の色は血を吸い取ったからとも言うし、人の人生を飾るのには持ってこいだろう。死体が埋まっていなくても、お盆とかに帰ってくる目印にはなるだろうから。
 とはいえ、まだ死ぬ予定は無いから死んだ後の話をしても困る。病気なんかに負ける気は無い。俺が負けるのは母親と三葉だけで十分だろう。
 俺は口角を上げていたらしく、三葉が不思議そうにしている。聞かれても理由は教えない。小っ恥ずかしいこと言えるわけが無い。
「そういえば、昔っから桜好きだよな? なんで」
「なんでって……。 好きだから? ってか、よく覚えてるね」
「ん? まぁ」
 言葉を濁されてしまった。俺が桜を好きと言ったのは小学生のときだ。最近は一度もそんなこと言ってないし、意識して覚えていないと忘れるだろう。それは要するに、少なくともその時から気にかけてくれていたと言うことだろうか。
 自分で勝手に予想したくせに、顔に熱が集まる。これで間違えていたら恥ずかしい。だから、顔が赤くなっていることを必死で隠す。平静を装っておかないと。
「……? 何考えたの、顔赤いよ」
 にやにやと聞く三葉に「うるさい」と返せば笑われた。あからさまに肯定をしているのは後で気がついたことだ。三葉の口角がずっと上がりっぱなしだったのはこのせいだともあとから気がついた。
 空がオレンジ色に染まった頃。三葉が荷物をまとめ始めた。
「もう帰るのか」
「うん、まぁな。まだ居た方が良かった? なんて。今日、早く帰ってこいって言われたんだ」
 まだ居て欲しいなんて言えたら良かったのに。俺はそんなこと言えない。まぁ、また明日会えるだろうから。俺はここで我慢しよう。
 俺がそんな事考えていたら三葉が苦笑いしていた。
「最近分かりやすいな。明日は長くいるから」
 言葉にされると恥ずかしい。長くといったら面会時間ギリギリまで居てくれるのだろうか。高望みをするのはやめよう。違った時虚しくなるだけだから、ほんとに。
「あ、待って」
 立ち上がって、帰ろうとした三葉を止める。疑問符を抱えた三葉に俺は一通の手紙を渡した。今日は渡そうって決めていたのだ。
 手紙を渡して三葉を回れ右させ、背中を押す。絶対に顔が赤いから見られたくない。三葉を病室から追い出そうとしていれば急に動かれてバランスが崩れた。
 バランスの崩れた俺を支えると三葉の顔が近づいて、唇になにやら柔らかい感覚がした。
 三葉は微笑む。
「またね」
 退室した三葉を目で追っていれば少しだけ、耳が赤いような気がした。今、俺は何をされたのだろうか。少女漫画でめちゃくちゃベタなシーンだった気がする。有名だよね、多分。
 荒れ狂う心とは変わり、口角が緩みまくってにやにやとしてしまったのは気にしないで欲しい。
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