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茜色の泉 8

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「ほぅ、それで俺たちに協力してほしいと?」

 ガウルは大層立派な椅子に足を組んで座り、立場が上であることを無言で伝えているようだった。
 依然と比べ、優希を囲うギルドメンバーがいない。ちらちら見ている者もいるが、それ以上は何もする気はないようだ。と言うよりガウルが何もさせないかの如くオーラを漂わせている。そのため、二人に近づく者はいない。
 この場にメアリーはいない。優希は一人でガウルと謁見している。

「悪い話じゃないだろ? 成功したならあんたらの名は大陸中にまで知れ渡る。それに、成功率は高いと思うけど……」

「何を根拠にそう言うんだ?」

 当然の質問が返って来た。彼はメアリーがオーシャンについて知っていることを知らない。優希ですら確かな情報を聞かされていないのだから。

「それでも、あいつの情報に噓偽りは一切ない。秘密主義なのが面倒だが、俺に不利益になることはしない奴だ」

 優希はガウルとの交渉について嘘をつく気はない。それはガウルからしても優希の目で分かった。彼らには鬼一の存在などどうでもいいのだ。それ故鬼一を出しに使う必要もなく、成功したときの見返りは彼らを動かす理由にはなる。後はきっかけだ。成功するという確証があればどうということはない。

「どうにもなぁ、そりゃ、攻略出来るなら俺たちは全然かまわねぇよ。ただ、一度入ったら戻れないと言われている五大迷宮においては話は違え。入ったら最後、攻略するしかないんだ。そんな場所に行くにも入念な下準備と覚悟がいる。銀髪姉ちゃんが何を知ってるかは知らねぇけど、それだけじゃ俺たちは動けねえよ」

「確証か……なら、戦力が居ればどうよ?」

 メアリーの情報の代わりに優希が出した提案に、ガウルは思いのほか食いついたようで、

「ほぅ、で、その戦力ってのは?」

 優希は自らを指差し、

「俺だ」

 どこから来てるか分からない自信だが、ガウルはあまり考え込むような仕草はない。優希の力を認めているようだった。

「確か、五大迷宮攻略には黒プレートレベルが五十人ほどだろ? さすがにそこまでの自信は持てねぇけど、あんたらを動かすほどの戦力にはなると思うけど」

 優希の言葉に、ガウルは笑みを隠さず、野生的な犬歯を見せながら、

「なら、証明してみろ。ちょうどいいクエストがある」

 ガウルは立ち上がって、リクエストボードから一枚の紙を手に取り、優希に渡した。

「海帝の討伐……海帝ってなんだ?」

 優希の疑問にガウルは記憶を掘り起こすように、

「え~と、アクアリウムの近くで、モンスター共を従えてる奴でよ、そいつを討伐しないと漁が出来ねぇってんで、俺たちに依頼が来てたんだが、さすがの内でもどうにも出来なくてな、別のギルドに回そうかと悩んでいたところだったんだ」

「つまり、こいつを倒せばいいんだな」

 優希は迷わずその紙を懐にしまいギルドを出た。
 ガウルは、本当に行くのか? とでも言わんばかりの表情で優希の後姿を見ていた。



 ********************



「と言うわけで、海帝っていうやつを倒しに行くぞ」

 威風堂々の食堂にて、優希が紙きれを机に置いてそういうと、皐月たち含めメアリーすらもきょとんとしていた。

「海帝って何ですか?」

 皐月が紙に描かれている絵を見ながらそう言う。その疑問に対し、優希は「知らない」と一言。

「その紙に書かれている絵がそうじゃねぇの?」

 皐月から鬼一にもらった紙を凝視しながら言う。その絵には、先端が三本に分かれた槍を持っている長髪の男の上半身が描かれている。筆写師が描いたのだろう。
 全員が得体のしれない相手に困惑するも、二人だけは困惑する理由が違うようだ。

「海帝って、伝説上の魔物でしょ。この近くの漁が不調の時は、『海帝の機嫌が悪い』と言われるほどに有名な。実在するの?」

 そういうのは布谷だ。彼女は噂程度に知っているらしく、正体よりも実在しているのかが疑問のようだ。そして、そんな彼女とも違う反応を見せているのが一人。銀髪の髪の下には曇りの表情が見て取れる。優希はそんな彼女のそばに寄り、他のみんなには聞こえないように小声で、

「どうした?」

「いや、今回は敵が悪いと思ってな」

 どうやらメアリーは海帝について知っているようだ。しかし、布谷が伝説上の魔物と言い、そんな奴をメアリーが知っているということは、

「神なのか?」

 優希の質問に、メアリーは無言で頷く。その反応に、さすがの優希も頭を悩ませる。いざ戦うとなれば抵抗なく挑めるだろうが、恐怖や痛みを感じないということは、それほど自分の命に無頓着になるということ。つまり、挑む相手は本能ではなく理性で選ばないといけない。

「勝てそうか?」

 普段なら、どんな状況下でも「お前なら大丈夫だ」とすました顔で言うのに対し、今回はその返答が返ってくることはなかった。
 優希は返ってこない返事を待つことなく、

「ま、このクエストをクリアすればオーシャンに挑めるんだけど……」

 優希が呟くと、鬼一は反応した。

「どういうこった?」

 鬼一の疑問に優希は流れを説明した。すると、さっきまでの不安要素がなかったかのように、

「それなら挑むしかないだろ!」

 鬼一の気合いの入ったセリフに、周りの皆も同調する。布谷以外は全員乗り気のようだ。
 
「それじゃ、三日後に行くぞー」

 鬼一が拳を上に掲げると、布谷とメアリーを覗いた全員が同じように反応した。




 鬼一たちはそれぞれ練度上げなり、武器の調達などに行き、その席には優希とメアリーの二人しかいない。食堂には数人が昼間から酒を飲んでいるくらいだ。置かれた飲み物を口にしながら、優希はメアリーの不安要素を聞き出そうとしていた。

「その海帝ってどんな奴なんだ?」

 メアリーは乾いた喉を潤してから口を開いた。

「奴は、聖域でも上位の神だ。この世界では海の帝王、海帝なんて呼ばれているが、それは神の存在を知らないからだ。帝王なんてものじゃない。名はポセイドン。その気になれば国一つ数分で海の底に沈められるほどの力を持っている」

 聞いたことのある名前にさすがの優希も驚きを隠せずにいた。今回は確かに相手が悪いかもしれない。しかし、メアリーは勝てるか否かを聞いた時、大丈夫とは言わなかったが、絶対に負けるとも言わなかった。つまり、勝てる可能性はあるということだ。
 
「以外に弱いのか?」

 優希が浅はかともいえる考えを口にすると、メアリーは焦るように立ち上がって、

「そんなわけがないだろう!」

 メアリーの珍しく取り乱す姿に、さすがの優希も後ずさりする。注目を浴びたのに気付き、メアリーは顔を赤らめながら席へと座る。そして、取り直すように咳払いをして話に一区切りつけると、

「こういうのは私もしたくはないんだが仕方ない。お前に力の一つを説明しよう」

 普段優希が使用している能力は特に説明を受けたわけではない。メアリーから情報改変の力と聞き、もしかしたらこんなのもできるのでは? と試した結果出来たのがほとんどだ。
 そして、まともに力について彼女が話すのは初めてだろう。

「珍しいな、お前から話すなんて」

「それほどの相手ということだ」

 メアリーは再び目の前の飲み物を少量含む。焦りからか妙に喉が渇くようだ。
 そして、手にしているコップを机にやさしく置くと、メアリーの黒い瞳が優希を捉えた。



 ********************



「ここか……」

 そこは古家たちと狩りをしていた場所とは随分と異なっていた。帝国付近のダンジョンは、平地に階段があるような感じだったが、今回は洞窟だ。背後には砂浜と、さらに向こうに一面の海。岸壁に空いた洞窟はの奥は暗く、若干ではあるが下向きに傾いている。

「異様な雰囲気を醸し出しているでござるな」

 ライガの声が洞窟内に反響する。

「さて、中に入るぞ」

 鬼一が腰に携えた刀をいつでも抜けるように手を添えた状態のまま中に入って行った。他全員も後に続くように中に入って行き、優希も中へと続こうとしたとき、ふと後ろで立っているメアリーを見た。立ち止まって、彼女の曇った表情を見つめる。

「どうした?」

 メアリーの足はとてつもなく重いようだ。
 そんな彼女に優希は不安を払いのけるような自信に満ちた笑みを向け、

「大丈夫だ」

 たった一言だが、その一言に安心したのか、彼女を止めていた何かが消え、洞窟の中へと軽い足取りで入って行った。優希は横を通り過ぎる彼女を見て、いつの間にか抜いていった彼女の背に安堵のため息をついて、再び歩き出した。死へと続くその洞窟を。
 
   
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