天才の天才による天才のための異世界

野良子猫

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ナトリア・ハンフリー

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 彼女には五年以上前の記憶が一切ない。
 一番最初の記憶は、小屋の中だった。
 あたりは暗く、唯一の光は窓から射す月明かりだった。

「ここは……」

 自分は誰で、ここで何をしているのか、一切分からなかった。
 数分固まっていると、誰かが入ってきた。

「こりゃ驚いた……まさか、人がいたなんて」

 その人の話によると、ここは、ルカリアの南部に位置するアスト山の山奥にある小屋だった。
 普段そこで狩をしているその人--デービーは、休憩時にこの小屋に訪れ、狩った獣を捌いて食事をするのが日課なのだ。
 いつも通り、捕らえた鹿を担ぎ、この小屋に訪れたのだが、どうやら今回はデービーの分はなさそうだ。

「美味しいか?」

「……うん」

 デービーは獲ってきた鹿肉を彼女にあげた。
 彼女はとても空腹だったのかいい具合に焼けた鹿肉に飛びついた。

「君、名前は?」

「……わからない」

 彼女の返答にデービーは深刻な顔つきになるが、鹿肉を綺麗に平らげて満足そうにしている彼女を見ると表情は柔らかくなった。

「これから、どうするんだい?」
 
「どうしたら……いいかな?」

 デービーは小首を傾げた。
 だが、彼女の困った顔を見て、腹が決まった。

「なら、僕と一緒に来るかい?」

 デービーの提案に彼女は間を置くことなく頷いた。
 デービーは目を細くして彼女に言った。

「なら、名前を決めないといけないな」

「……名前?」

 デービーは彼女の頭に手を置き、優しく撫でながら、

「……ナトリア。君の名前は今日からナトリアだ」

 これがナトリア・ハンフリーと彼女が親と慕うようになるデービーの出会いだった。



 ********************



「デービー……一つ……聞いていい?」

「ん? なんだい?」

 二人が出会ってから二年が経とうとしていた。
 ナトリアはデービーの家に住むようになり、一緒に狩りをして過ごしている。ナトリアの神通力、適応進化は自然の生活で身についたものだ。
 今日もナトリアとデービーはいつものように夕食の調達をすると、二人が出会った小屋で休んでいた。

「私の……名前」

「名前がどうかしたのかい?」

「由来を……教えて欲しい」

 ナトリアがデービーを照れ臭そうに見つめる。デービーはそんな彼女の頭を撫で、懐旧する。

「僕にはね、家族がいたんだ」

「……いた?」

「もう随分経つかな……僕には愛する奥さんと娘が一人居たんだ。あの時間はとても楽しかった。大変なこともあったけど、家族とそれを乗り越えたとき一人だった時には絶対に味わうことがない達成感が得られたね」
 
 過去のことを語るデービーは、とても楽しそうだった。

「だけど、そんな時間は長く続かなかったんだ」

「何が……あったの?」

「あの日は娘の誕生日だったんだ。だけど、僕は仕事の都合で家に帰れなくてね。娘の機嫌はかなり悪くなってたね。あの時は怖かったよ」

 デービーは笑顔で話しているが、その眼は悲しみに満ちていた。

「仕事は何とか早く切り上げて、急いで帰った。けれど……」

 ナトリアは黙ってデービーの話に耳を傾けている。

「家に帰った時、中は暗く、とても静かだった。もう寝ちゃったと思いとても残念だった。今思えば、その方がどれだけ良かったか」

 デービーの表情から笑顔が完全に消えた。

「妻と娘の体はとても冷たくなってた。床には血が飛び散り、家の中は荒らされてた」

「……泥棒?」

「いや、盗まれたものは一つもなかった。誰がやったのかもわからないままだ。それから僕は仕事を辞め、狩りに励んだ」

「復讐の……ため?」

 この質問にはデービーは答えなかった。

「話がそれてしまったね。君の名前の由来だが、ナトリアは僕の娘の名前だったんだ。ごめんね。君と娘を重ねてしまって」

「別に……構わない……むしろ……嬉しい」

「嬉しい?」

「デービーの……娘……嬉しい」

 ナトリアの表情が緩んだ。
 この時、デービーは亡き妻と娘に誓った。
 今度こそ守り抜くと――



 ********************



「……いた」

 今日は一人で狩りをしていた。
 デービーは用事があると言って、朝から出かけている。

「これで……今日の分」

 ナトリアは鹿だけでなく、他の獣を何頭も抱えている。

「早く……帰ろう」

 ナトリアは駆け足で帰った。
 だが、家には誰もいなかった。
 デービーが家を空けることは度々あった。
 だが、どれだけ遅くなっても、夕食までには帰っていた

「何か……あったのかな」

 ナトリアは夕食を置いて、家を出た。
 だが、どこを探してもデービーはいない。

「デービー……どこに……いったの」

 町の人は、デービーを見かけてはいるものの、どこに行ってるかは知らなかった。
 ただ、武器を片手にものすごい形相で走っていったそうだ。

「いやな……予感がする」



 ナトリアはルカリア中を走り回った。

「デービー……」 
 
 やっと見つけた。だが、一緒に帰ろうとはならなかった。
 デービーは地面に横たわっている。

「彼は君の知り合いかね?」

 ナトリアの後ろから誰か来た。
 貴族の身なりをしており、よほど裕福な暮らしをしているのか、腹が出ている。

「残念だったね。見つけた時にはもう……」

 ナトリアはデービーの死体を見つめたまま立ち尽くしている。
 
「……誰が……やったの?」

 ナトリアの殺気に満ちた目を、後ろの貴族に向ける。
 
「し、知らねぇよ!? だが、見つける方法はある」

「なに?」

「ここ一帯は、裏の組織共が日々抗争を繰り広げていてな、彼は巻き込まれた可能性がある」

「つまり……その組織を……片っ端から……潰せばいいのね」

「そ、そんなことしなくてもいい方法がある」

 貴族の提案はナトリアに裏の住人になることだった。
 ナトリアは貴族の提案を受け入れ、その貴族――カストナーの組織に入った。 



 ********************



「今日のターゲットはこいつだ」

 ナトリアが裏の住人になってから半年が経とうとしていた。
 これまで、何人の人を殺してきただろうか

「……わかった」

 そう言ってナトリアは部屋を出て行った。
 カストナーの部下は、ナトリアが退室したのを確認し、

「彼女は逸材ですね」

「あぁ、まさかここまでとは」

 ナトリアの名は半年間で、ルカリア中に広まった。
 彼女のやり方はとてもシンプルだった。
 正面から入って行き、一人残らず片付ける。 所有している武器は剣が二本だけ。騎士団も手に負えないほど、彼女は強くなっていた。
 
「あいつの殺気に満ちた目を見て確信した。こいつは使えると」

「さすが、カストナー様。人を見る目も一級品でございますな」



「た、助けてくれ!」

 助けを乞うターゲットだが、ナトリアは一切聞く耳を持たず切りつける。
 だが、彼女は疑問に思っていることがあった。
 自分のやっていることは正しいのかと――

 ナトリアはデービーを殺した相手の情報が一切ない。
 カストナーについていけば何かわかると思っていたが、何の進展もなかった。
 カストナーの言われるがままに標的を始末していく毎日。
 時間だけが過ぎていった。

 だが――

「ま、まて! いいことを教えてやろう」

 いつものようにナトリアは標的に切りかかる。が――

「デービー・ハンフリーについてだ!」

 この一言で、彼女の振り下ろされた剣は、標的の目の前で止まった。

「何を……知ってるの?」

「あぁ、知ってるとも。あいつに仇の名前を教えたのは俺だからな」

「!?」

 ナトリアは剣を収め、話を聞いた。

「デービーは家族を殺した犯人を捜していた。そして、俺はあいつの探している人物を知っていた。剣を向けられたんでつい言っちまったってわけだ。ま、返り討ちに合ったみたいだけど」

「それで……その人は……誰?」

「カストナー。お前の主人さ」

 ナトリアは再び剣を握り、目の前の人物を切ることなく走っていった。



「どういう……こと?」

「何のことだ?」

 ナトリアは剣を抜き、カストナーに向ける。カストナーは余裕の表情を浮かべているが、ナトリアの身体能力なら二人の距離は一瞬で埋めることができる。カストナーはナトリアの強さを知っているが、実際に見たわけではない。この余裕はそれが原因なのだろう。

「聞いた……あなたが……デービーを」

「なんだ、知ってしまったのか」

 カストナーの態度にナトリアは殺気を隠せないでいる。
 
「よくも……デービーを……デービーの家族を」

「デービーの妻は知ってはいけない情報を知ってしまったんでね。口封じのために殺したんだが、デービー自信が復讐に来るとは」

 笑いながら語るカストナーにナトリアは必死にこらえた。
 真実を知りたい。その心がナトリアを押さえつけていた。

「だが、あの程度の腕前で勝てると思っていたとは馬鹿だよ。君もそう思うだろ? ナトリ――」

 瞬間、カストナーの目と鼻の先にナトリアの剣先が迫っていた。
 だが、その剣はカストナーに当たらなかった。
 カストナーの部下がナトリアの剣を掴んでいる。ナトリアはもう一本の剣を抜こうとするも、部下の拳が腹をえぐり、ナトリアは壁にたたきつけられた。

「紹介しよう。彼はホルスゲイン。君が反抗してきたときのための用心棒さ」

 ナトリアは床に這いつくばりながら、転がっている剣に手を伸ばす。
 だが、ホルスゲインはその剣を蹴り飛ばす。

「無駄さ。今の君じゃ俺には勝てない」

「散々目をかけてやったのに、恩をあだで返すとはな」

 ナトリアの意識は、そこで途絶えた。



 ナトリアが目を覚ました時、そこは王宮前だった。
 ナトリアはデービーの仇を取るため、仲間を集めるため、まずは自分の罪を償わないといけない。
 こうして、ナトリアは自ら出頭し、時を待った。
 そして――和也と出会った。

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