野良錬金術師ネモの異世界転生放浪録(旧題:野良錬金術師は頭のネジを投げ捨てた!)

悠十

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野良錬金術師

第二十四話 世界樹

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 苦々しい顔で二人は構える。

「ああ、嫌だ。アレ、魔力が馬鹿みたいに多く感じるんだけど」
「そうだな。むしろ、あれは周囲の魔力も取り込んでないか? しかも良くない気配がする」

 あの悪魔はいったいどういう術を使ったのか、化け物は周囲の魔力を取り込みながら、だんだんとその身を禍々しく強化して行っているように感じる。

「あっくんは召喚できないのか?」
「ちょっと待って、やってみる」

 指先に魔力を籠め、くるりと円を描いて言葉を紡ぐ。

「《召喚、アセビルシャス》!」

 指先で描いた円が、ぼんやりと光を放つ魔法陣に変化するも、あっくんが現れることは無かった。

「あー、もう! やっぱり取り込み中だったわ!」
「あっくんは召喚獣なのに自由だなぁ……」

 半ば予想通りの展開に、ネモは地団太を踏み、アルスは遠い目をする。
 そうこうしている間に、化け物がのっそりと近づいてくる。
 ぎりぎり人型を保っているものの、それは獣のように四つ足で走り、腕を大きく振り上げる。

 ――ドゴォォォ!

 二人が避けた先の、大地が大きく陥没した。
 それを見てネモは目を剥き、叫ぶ。

「冗っ談じゃないわよ! なにあれ、魔法を使わないでアレなの⁉」
「いや、無意識に身体強化の魔法を使ってるんじゃないか? 移動にそれを使ってないのは不幸中の幸いだな」

 化け物の知能は著しく低下しており、攻撃手段にのみ、力を籠めるという行動から無意識に身体強化の魔法を使っているようだった。しかし、いつまでもそのままということは無いだろう。移動に身体強化の魔法を使い始めたら、目も当てられないことになりそうだ。

「ネモ、錬金術でどうにかならないか? あのアンデッドの時みたいに木に封印するとか」
「無茶言わないでよ。あれは魔力を取り込み続けてるのよ? 精霊憑きの木じゃ間に合わないわ」

 そう言いながら、ネモはふと思いつく。

「……いえ、待って。ちょっと考えがあるんだけど――」
「よし、それで行こう!」

 即決だった。
 アルスのその返答に、ネモは慌てる。

「ちょっと、提案の内容を聞いてから決めてよ」
「いや、錬金術師たる君の提案だ。不可能を可能にする職業の君が言うんだから、きっと間違いはない!」

 錬金術師への信頼と期待が重すぎる、と呻きつつも、ネモは半ばやけっぱちになりながら言う。

「うー……、もう、分かったわよ! それじゃあ、ちょっと時間を稼いでちょうだい!」
「任せろ!」

 ネモは後退し、代わりにアルスが前に出る。

「それじゃあ、ちょっと相手をしてもらおうか!」

 不敵な笑みを浮かべ、アルスは化け物に向かって跳躍した。
 文字通り火を噴く拳が化け物の頬を打つ。
 ゴッ、と重い音と共に化け物がのけぞる。しかし、それはすぐに態勢を立て直し、アルスを睨み付けた。

「がぁぁぁぁぁ!」

 怒りの咆哮を上げ、不届き者を叩き潰さんと手を振り上げる。
 しかし、アルスはそれを掻い潜って懐に潜り込み、そのまま拳を右半身の肋骨の下へ叩き込む。

「ぐ、が……」

 それは、えげつない程に威力のあるリバーブローだった。
 アルスはすぐさま懐から抜け出し、距離を取る。
 化け物は顔の穴という穴から汁を出し、体をくの字に曲げてえずいている。
 そんな化け物の様子を見ながら、アルスは冷静に分析する。

「なるほど。アレが効くということは、体内の構造は人間と同じなのか……」

 それならやりようはある、と拳を構え、化け物を睨み付けた。



   ***



 アルスと化け物の攻防から離れたところで、ネモは持っていた一つを除き、試験管の栓全て空けて魔力を籠めてばらまいた。
 そこから生まれるのは、火、水、風、土、緑の精霊である。

「《乙女達、豊穣の輪舞を》」

 魔力を籠めた言葉に精霊達は頷き、ネモの指示通りに動き出す。
 風の精霊が円を描くように飛び、それを追うように火の精霊が舞う。土の精霊が洞窟の堅い大地を撫でながらその軌跡をなぞる様にして飛び、そして上空から水の精霊が楽しげに雨を降らせた。
最後は、緑の精霊だ。緑と花を纏う乙女は、ネモから小さな種を受け取り、大地に潜る。
変化は直ぐだった。
 大地から小さな緑が芽吹き、するすると成長していく。それは地を這い、大きな丸い円を描いて色とりどりの花を咲かせた。
 それを見て、化け物とのやり取りを見物していた悪魔が嗤う。

「あれだけ精霊を大盤振る舞いしておきながら、花を咲かせただけかい? あの第七王子は君を錬金術師だと言っていたけど、期待外れだな。長く生きすぎて耄碌したんじゃないかい、オバアサマ」

 ネモは悪魔を一度睨み付けるも、そぐに視線を戻して花々を見下ろす。
 一見、その花はただの美しい花だったが、実は普通の花では無かった。
 ネモは手をかざし、魔力をその花に向けて流す。すると、花が淡く輝き出した。
 一度深呼吸をし、魔力を籠めて言葉を紡ぐ。

「《汝、根を張る者》」

 それは、詠唱だった。
 転生者あるあるで、ちょっと厨二病っぽいことから長々と詠唱を必要とする魔術は気恥ずかしく、普段は避けているが、ネモもそれを使えないわけではないのだ。

「《世界を内包し、繋ぐ者
 永久とこしえなる恵み
 命の循環の担い手》」

 風もないのに花々がザワザワと揺れ、光が強くなる。

「《風が走り、火が踊る
 大地は目覚め、水は恵みを与える
 これは豊穣の誓いなり》」

 花と緑で作られた円の中に、魔力が渦巻く。
 悪魔はその時になって、ようやく気付いた。これは、召喚魔法だ。
 ニヤニヤと厭らしい笑みを引っ込め、それを止めようとするが、既に遅かった。

「《緑の門をくぐり、来たれ――世界樹ユグドラシル》!」

 爆発するように、緑の円の中からそれは溢れた。
 そこから出て来たのは、数多の巨大な木の根だ。
 それらはしばし何かを探すかのように蠢いていたが、ピタリと動きが止まった。それを見て、ネモは叫ぶ。

「アルス! そこから離れて!」

 それを聞き、アルスは瞬時にその場から離脱した。
 そして、ネモが何故そう言ったのかを知る。
 アルスは見た。彼がその場を退いた後、化け物を捕らえんと巨大な木の根が殺到したのを――

「ぐ、がぁぁぁぁぁぁ!」

 化け物は己の身に巻き付く木の根を剥がそうと暴れるが、それらは払いのけられようが引きちぎられようがお構いなしに次から次へと化け物へ巻きついて行く。
 決着はあっという間だった。
 化け物は早々に身動きが取れない程に巻き付かれ、とうとうその姿が見えなくなり、木の根の繭のような状態になった。
 そんな一連の流れを、アルスは半ば呆気にとられながら見ていた。そして、ネモの傍にやってきて尋ねる。

「ネモ、あれはいったい何だ?」
「……世界樹ユグドラシルの根よ」

 召喚魔法で呼び出したの、と眉間に皺を寄せながらネモは答えた。
 よく見てみれば、ネモの顔色が少し悪い。それもそのはずで、ネモは対象を召喚するための門をずっと開きっぱなしで、その為にじりじりと魔力が削られているのだ。

「おい、大丈夫か?」
「ちょっとキツイわね。召喚魔法って、普通、門の開閉は一瞬で終わらせるものだから……。信じられる? あの根っこ、世界樹ユグドラシルにとってはひげ根程度のものなのよ」
「それはまた……、流石は世界樹ユグドラシルと言うべきか……」

 何故ネモが門を開き続けているかと言うと、呼び出す対象が巨大すぎるからだ。全体を呼び出すのは不可能であるため、門を開き続けるしかないのだ。
 しばらく木の根の繭玉はもがくように震えていたが、次第にそれは小さくなっていった。
 それに伴い、不吉な魔力も小さくなっていく。
 そして、ついに魔力が感じられなくなると、繭玉が解かれた。解かれたそこから砂がざらりと零れ落ちる。どうやら化け物は世界樹ユグドラシルにその身を構成していた魔力を全て吸い取られてしまったらしい。
 世界樹ユグドラシルの根はざわざわと蠢き、次の獲物へと襲いかかる。

「ちぃっ!」

 襲いかかった先に居たのは、悪魔だった。
 悪魔は素早い身のこなしでそれらを避けるが、物量がそれを遮る。
 次第に逃げ道が塞がれて行き、足首に巻き付かれた後はあっという間だった。

「ぐぅ……っ」

 根に体中巻き付かれた悪魔が苦悶の表情を浮かべる。
 しかし、苦悶の表情を浮かべるのは悪魔だけでは無かった。

「う……っ」

 それは、ネモだった。魔力がつきかけているのだ。
 ネモは世界樹ユグドラシルの根が悪魔を捕らえたのを確認し、言う。

「門を閉じるわ! 注意して!」

 アルスに警告し、試験管の最後の一本の栓を開ける。

「《緑の乙女、世界樹ユグドラシルを追い返して》!」

 緑の精霊は召喚魔法の門となっている緑の円に宿り、蔓を伸ばす。それらは世界樹ユグドラシルの根に巻き付き、万力の力を持って木の根を門の向こうへと押し戻す。
 しかし、それらをすべて押し戻す前にネモに限界が来た。

「くぅ……」

 額から脂汗を流しながら、両手を門へかざし、円を狭めるように動かす。
 多くの根は門の向こうへ還せたが、残る根は悪魔を振り回しながら蠢く。それらを視界に収めながら、ネモは力を籠めて門を狭める。
 みちり、と狭めた門が根に食い込む。
 栄養を求めて根を伸ばす世界樹ユグドラシルとの攻防に、ネモの額から汗が流れる。
 そして、ついにぶちっと音を立てて根が切れ、悪魔が地に落ちたと同時に門が閉じた。
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