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野良錬金術師

第二十五話 契約1

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 悪魔はどうやら随分と魔力を吸い取られたらしく、逃げ出すことも巻き付いた根から逃れる事も出来ず、荒い息を吐きながら大地に転がっている。
 そして、動く事が出来ないのはネモも同じだった。
 ヒューヒューとか細く呼吸しながら、息が整うのを待つ。
 拳に宿した炎を消したアルスが、心配そうな顔をして近寄ってきて、顔色の確認をしてくる。

「大丈夫か、ネモ」

 ネモはそれにひらひらと手を振って答えつつ、のろのろと鞄の中を探る。そして、中からマジックポーションを取り出した。
 それの栓を抜き、まるでエナジードリンクを飲むかの如く、グイッと飲み干す。
 
「っは~~~。生き返る……」

 修羅場明けの企業戦士の如き呟きだった。
 そして、ネモは改めて地面に転がる悪魔を見る。アルスもそれに気付き、ネモに尋ねた。

「ネモ、この悪魔はどうする? 燃やすか?」

 善性とは何だったのか。悪魔には適用されないらしく、なかなか過激なことを言うアルスに、ネモは悩むように小首を傾げる。

「う~ん……、それも良いかもしれないけど、中身より先に肉体が無くなると思うの。こいつは悪魔だから肉体が無くなれば精神世界に逃げちゃうだけなのよね」

 悪魔は簡単に肉体を交換したように見えたが、実際はかなり厳しい条件があり、それをクリアしない限り肉体を乗っ取るような事は出来ないのだ。そして、一度肉体を持てば、肉体の理に縛られ、自らの意思で精神世界へは帰れなくなる。
 
「肉体があるなら封印しちゃうのが一番良いんだけど……」

 ネモは眉間に皺をよせ、溜息をつきながら言う。

「こいつは悪魔としての格が高そうだから、私だと力不足だわ。封印するなら然るべき準備をして、高位神官を何人も動員する必要があるでしょうね」

 あのまま世界樹ユグドラシルにお持ち帰りいただくのが一番良かったのだが、それよりも先にネモの限界が来てしまったのだから仕方ない。

「今から高位神官を呼んで、準備して……なんてしてたらあの悪魔は逃げちゃうでしょうから、今できることをしないと……」
「しかし、出来ることと言われてもな……」

 困った顔をするアルスに、ネモは仕方ない、とでも言わんばかりの顔で肩を竦める。

「一番手っ取り早いのは、契約して主人になることね」

 その案にぎょっと目を剥くアルスを横目に、ネモは悪魔に近づいていく。
 悪魔はネモ達が相談している間に少しは回復したらしく、顔色は悪くとも、ニヤニヤと愉しげに余裕のある表情をしていた。

「フフフ、私と契約しようっていうのかい?」
「ええ、そうよ。封印できないなら、縛っておいた方が安心だもの」

 悪魔というのは狡猾で、口がうまい。今回の事件ように、最終的には全て自分の良いように持っていき、主人は破滅する。そういう生物だ。しかし、そういう悪魔との契約の末、ろくでもない結末を迎えた話は数多く残されているのに、自分は大丈夫だとでも思っているのか、何故か契約する者は後を絶たない。
 こうしてネモが契約のことを口にし、それを縛りにすると言っているのに余裕の態度を崩さないのは、この悪魔も多くの人間を破滅させてきた実績から、今回もそうする自信があるからなのだろう。
 そんな悪魔の様子を眺めながら、ネモは酷くつまらなさそうに言う。

「ねえ、アンタ、確か名前はザクロって言ったわよね」
「ああ、そうだよ。悪魔のザクロ。恐れ多くも悪魔の大公様から伯爵位を頂いている悪魔さ」

 悪魔には階級がある。それは爵位で表されると聞いていたが、本当らしい。
 ネモは嫌そうに、やっぱり大物だったと溜息をついた。

「さっき思い出したんだけど、伯爵位の悪魔ザクロっていえば『主殺し』や『裏切りの悪魔』と言われてる悪魔じゃない。あー、もう、なんでこんなのがこんな所に居るのよ……」

 このザクロと言う悪魔は、確かに願いは叶えられるが、最終的に契約主は悪魔にそそのかされた第三者の手によって無惨に殺されるのだ。……今回のように。

「それで、君はどんな契約をお望みかな? 私に出来ることなら何でも叶えて差し上げよう」

 エルフの麗しい顔で、芝居がかった言葉を吐くが、未だに世界樹ユグドラシルの根に捕らわれて地面に転がったままなので、何とも言えぬ間抜けさだ。
 なんだかな、と呆れを隠さずに目を半眼にし、ネモは言う。

「言っとくけど、契約するのは私じゃないわよ」
「おや。それじゃあ、そちらの王子様が?」

 視線を向けた先で、アルスがブンブンと必死に首を横に振っていた。

「違うわよ。あんなお人好しにアンタみたいなのを預けるわけないでしょ」
「おや、残念」

 アルスみたいなタイプにこんな性悪を預けたら最後、悲惨な未来しか想像できない。

「アンタの契約主は今から召喚するから、ちょっと待ってなさい」
「召喚?」

 予想外のことを言われて目を丸くする悪魔――ザクロを無視し、ネモは指先に魔力を籠め、円を描く。

「《召喚、アセビルシャス》」

 魔法陣が浮かび上がり、その魔法陣からひょい、と白い小動物――あっくんが飛び出して来た。
 そして、そのあっくんを見て、ネモは目を瞬かせる。

「あっくん、それって、もしかして……」
「きゅきゅぅ~……」

 あっくんは先程のように召喚拒否をせず、無事に召喚されたが、荷物を持っていた。
 
「アースドラゴンの尻尾……」
「きゅい」

 あっくんは、大きなドラゴンの尻尾を咥えて姿を現したのだ。
 なにやら残念そうに鳴く様子から、アースドラゴンには逃げられてしまったのだろう。そっかぁ、ドラゴンもトカゲのしっぽ切りするんだ、とネモは遠い目をする。
 さて、そんなやり取りをする一人と一匹を前に、ザクロは嫌な予感がヒシヒシとしていた。
 まさか……、まさか、自分の契約主は、と一人青褪める。

「あっくん、ドラゴンのことは残念だったけど、尻尾は美味しく調理してあげるから元気出して? それで、あっくんにちょっとお願いがあるんだけど……」
「きゅ?」

 小首を傾げるあっくんに、ネモはザクロを指さし言う。

「アレをあっくんの下僕にしてほしいの」
「やめろ!」

 逃げようともがき、騒ぐザクロを尻目に、アルスが予想外の展開に目を白黒させながらネモに尋ねる。

「ネモ、幻獣と悪魔との間に契約を結ぶのは可能なのか?」
「もちろん可能よ。けど、普通はしないわね。悪魔にとって幻獣――特にあっくんみたいな動物としての本能が強いタイプは相性が悪いの」

 要は、口先で篭絡しにくいのだ。悪魔が己の望みを叶えようと契約主の幻獣を誘導しようにも、本能に忠実であるため、すぐに横道にそれて誘導が上手く行かないのだ。

「あと、単純にヒエラルキーが自分より下だと、扱いが雑になるから意見が通りにくくなるわ」
「へぇ……。ちなみにネモはヒエラルキーだとどのあたりなんだ?」
「私は同枠。友達、仲間枠ね。力は圧倒的に私が弱いけど、私と居れば美味しいご飯が食べられるし、気が合うから」

 カツサンドに釣られて召喚され、その後も共に食べ歩きの旅をしているのだから、仲の良さは折り紙付きだ。
 さて、件のあっくんだが、下僕候補の周りをチョロチョロ周ってどんな存在なのか確かめている。
 そして、その結論は――

「きゅっ」
「ふぐっ」

 ザクロの顔を足で踏んだ。どうやら雑魚判定されたらしい。

「まあ、今はかなり弱体化してるからな……」
「うーん、純粋に伯爵位の悪魔とカーバンクルだと生物としてカーバンクルの方が格上なのかもしれないわ」

 そんな二人の会話を聞いて、ザクロは目を剥く。

「か、カーバンクルだと⁉」
「あら、知らなかったの?」

 あっくんの情報は知られているとばかり思っていたが、知らなかったらしい。
 
「それで、あっくん。こいつを下僕にしてもらえるかしら?」
「きゅ~」

 え~、いらな~い、とでも言うように渋い顔をするあっくんに、ネモは言い募る。

「まあ、別に居なくても良いけど、居ても困らないと思うの。邪魔なら精神世界に放り込んでおけばいいわけだし」

 むしろ精神世界に放り込んでおくのが目的である。肉体のある悪魔は、自分の意思で精神世界へ帰れないが、契約主の望みであれば送り返すことが出来るのだ。
 
「それに悪魔って基本的に人間が食べるような食べ物は必要ないから、こいつの食事の取り分は自動的にあっくんのものになるわ」
「きゅっ」

 あっくんの表情が輝いた。食いしん坊が釣れた瞬間である。

「それじゃあ、契約してくれる?」
「きゅっきゅ~い」

 大変元気なお返事だった。
 色よい返事を貰えてほっと息をつくネモに、ザクロが焦りながら言い募る。

「お嬢さん、君の願いはなんだい? 誰もが振り返る絶世の美貌? 巨万の富? 何でも叶えてあげるよ! 対価は私と契約するだけでいい!」

どうにかネモを懐柔しようとするザクロの方へ振り返り、地面に転がる彼に視線を合わせるためにしゃがみ込む。

「どれも要らないわ。それに……」

 ネモの目を見たザクロは、「ヒッ」と悲鳴を漏らす。

「アンタ、私のこと、ババアって言ったわよね?」

 ハイライトの消えた昏い奈落の如き目だった。
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