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悪夢編
第五話 洋館5
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アンナが去った後、ネモはスープを少量味見し、菩薩のような微笑みを浮かべて先日スープを入れた鍋へとそれを流し入れた。
「文句を言われてもこのスープを出し続けるコック……。ある意味、ガッツがあるわね」
「きゅあ~」
あっくんも呆れたようにそれに頷いた。コックならもっと美味く作れと言いたいのだ。
その後、ネモはマジックバックからパンケーキを出し、蜂蜜とバター、そして桃ジャムを並べる。更に魔法瓶に入った紅茶をカップに注ぐ。
紅茶に砂糖を入れ、ティースプーンでかき混ぜて、それを飲んで一息つく。
「とりあえず、食料は何とかなっても、飲み物がねぇ……。厨房でお湯だけでも沸かせられないかしら」
わーい、と五段重ねのパンケーキに桃ジャムをつけ、モリモリ食べしたあっくんを眺めながら、ネモは算段を付ける。
「とりあえず、薪を多めに差し出して取引してみようかしら。スープを差し入れてくれるくらいだし、コックは許可してくれそうな気がするのよね」
不味くはあるが、そうやって気遣いをしてくれるのだから勝算はある。
今後の行動を決め、ネモは二段重ねのパンケーキにバターを落とし、蜂蜜をかけて食べ始めた。
***
使った皿を水で濡らした布で軽くふき、後日洗うことにしてマジックバックに仕舞う。
この洗い物も流しを借りれないかとも思ったのだが、頼み事は最低限にすべきだと思い、一先ず布で軽くふく程度で済ますことにしたのだ。
ネモは薬缶と大き目の魔法瓶、そして薪を取り出し、一見ただの布袋にしか見えないマジックバックへと仕舞う。そして、それを持って部屋の外へと出た。
「さて、厨房はどこかしらね」
これが使用人が十分足りている家ならどこかしらで使用人に出会えるのだが、どうやらこの屋敷では本当に人手が足りないらしく、さっぱり人に出会わない。
まあ、厨房の位置なんて一階の何処かだ。鼻の良いあっくんに食べ物匂いがする方を尋ねれば、案内してもらえる。
ちょろちょろと走るあっくんの後を追えば、ネモの鼻にも甘い匂いが届くようになる。そしてその匂いがしてくる部屋を覗いてみれば、そこはやはり厨房だった。
厨房では白いコック服を着たコックらしき黒髪の中年の男と、アンナが居た。
「すみませーん」
部屋の外から声を掛ければ、二人がこちらへ振り向いた。
「あら、ペンタスさん!」
何か御用ですか? とアンナが寄って来る。
「実は、ちょっとお湯が欲しくて。消費する薪は出すので、場所を貸してもらえなかな、と……。あ、それと、私のことはネモって呼んでください」
ネモのお願いに、大丈夫ですよ、とアンナが言い、コックの方を振り返る。
「ロベルさん、大丈夫ですよね?」
「ああ、大丈夫だぜ」
そう言って、ロベルと呼ばれた無精ひげを生やしたちょい悪親父風のコックは竈を指さす。
「あっちの端の方を使ってくれ」
「ありがとうございます」
礼を言うと、ロベルはニッと笑みを浮かべて手をヒラヒラと振った。
ネモが竈の前へ行き、マジックバックの袋から薬缶を取り出すと、「わっ⁉」と後ろから驚きの声が上がった。
振り返ってみれば、鍋を持ったアンナが目を丸くしていた。どうやら鍋を貸してくれようとしたらしい。
「わぁ、ネモさん。それって、マジックバックですか?」
「ええ、そうよ。ただ、布製だし、入る容量がそこまでないから、ちゃんとしたものに比べれば安物なんだけどね」
そうなんですか、とアンナが物珍しげに見るのは、マジックバックをアンナくらいの歳頃の、庶民の娘が持てるようなものではないからだ。
「マジックバックって便利だけど、高いから……」
「そうよね。冒険者でもチームを組んでる人間がちょっと頑張ってようやく手に入れられる金額だもの」
長い目で見て手に入れた方が良いという判断がおりない限り、そう簡単には手が出せない品だ。
「町に品物を卸しに来る行商人の方とかが持っているのは見たことがあるんですけど、ネモさん、凄いですね」
「まあ、運が良かったわ」
ネモはあたかも購入したように言うが、実はこれはネモが作ったものだ。自分で作りました、なんて言ったら、面倒な事になりかねないので黙っているのである。
ネモは竈に薪を入れ、薬缶を置く。そして、薬缶の蓋を開けて、唱えた。
「《造水》」
ネモの目の前に水が現れ、それが薬缶の中へと注がれる。
それは、生活魔法と呼ばれる魔法だった。使う魔力量は微量で、水を出したり、火種を出したりとなかなか便利だ。
それを見て、アンナが益々目を丸くする。
「ネ、ネモさん、生活魔法が使えるんですか⁉」
「ええ。魔力量はまあまあなんだけど、魔力操作は得意なのよ」
実は生活魔法と呼ばれる魔法は、使い手が少ない。何故なら、繊細な魔力操作が求められるからだ。少しでも使う魔力量をしくじれば、それは攻撃魔法となってしまうのだ。そのため、これを使える者は就職先によってはそれなりに優遇される。
「わぁ……、凄い。私も練習してみたんですけど、全然ダメでした。魔力量は普通なんですけど、どうにも魔力を籠めすぎちゃうみたいで……。結局、諦めちゃいました」
「まあ、魔力操作はコツがいるからね。ポーション作りで練習してみると良いわよ。ポーションに魔力を籠める方が、練習するには安全だからね」
最下級のポーションはとても簡単で、薬草も草むらを探せばどこにでも生えているので、お金がかかる心配もない。そして、ポーション作りは魔力を籠めるのを失敗すると、どろりとしたどぶ色になり、飲めば当然腹痛を起こし、塗れば肌がただれる。しかし、それは使用しなければ良いので、生活魔法を使おうと練習して、攻撃魔法になってしまうよりは余程安全だ。
なるほど、と感心したように頷くアンナを横目に、ネモは薬缶に蓋をした。
「文句を言われてもこのスープを出し続けるコック……。ある意味、ガッツがあるわね」
「きゅあ~」
あっくんも呆れたようにそれに頷いた。コックならもっと美味く作れと言いたいのだ。
その後、ネモはマジックバックからパンケーキを出し、蜂蜜とバター、そして桃ジャムを並べる。更に魔法瓶に入った紅茶をカップに注ぐ。
紅茶に砂糖を入れ、ティースプーンでかき混ぜて、それを飲んで一息つく。
「とりあえず、食料は何とかなっても、飲み物がねぇ……。厨房でお湯だけでも沸かせられないかしら」
わーい、と五段重ねのパンケーキに桃ジャムをつけ、モリモリ食べしたあっくんを眺めながら、ネモは算段を付ける。
「とりあえず、薪を多めに差し出して取引してみようかしら。スープを差し入れてくれるくらいだし、コックは許可してくれそうな気がするのよね」
不味くはあるが、そうやって気遣いをしてくれるのだから勝算はある。
今後の行動を決め、ネモは二段重ねのパンケーキにバターを落とし、蜂蜜をかけて食べ始めた。
***
使った皿を水で濡らした布で軽くふき、後日洗うことにしてマジックバックに仕舞う。
この洗い物も流しを借りれないかとも思ったのだが、頼み事は最低限にすべきだと思い、一先ず布で軽くふく程度で済ますことにしたのだ。
ネモは薬缶と大き目の魔法瓶、そして薪を取り出し、一見ただの布袋にしか見えないマジックバックへと仕舞う。そして、それを持って部屋の外へと出た。
「さて、厨房はどこかしらね」
これが使用人が十分足りている家ならどこかしらで使用人に出会えるのだが、どうやらこの屋敷では本当に人手が足りないらしく、さっぱり人に出会わない。
まあ、厨房の位置なんて一階の何処かだ。鼻の良いあっくんに食べ物匂いがする方を尋ねれば、案内してもらえる。
ちょろちょろと走るあっくんの後を追えば、ネモの鼻にも甘い匂いが届くようになる。そしてその匂いがしてくる部屋を覗いてみれば、そこはやはり厨房だった。
厨房では白いコック服を着たコックらしき黒髪の中年の男と、アンナが居た。
「すみませーん」
部屋の外から声を掛ければ、二人がこちらへ振り向いた。
「あら、ペンタスさん!」
何か御用ですか? とアンナが寄って来る。
「実は、ちょっとお湯が欲しくて。消費する薪は出すので、場所を貸してもらえなかな、と……。あ、それと、私のことはネモって呼んでください」
ネモのお願いに、大丈夫ですよ、とアンナが言い、コックの方を振り返る。
「ロベルさん、大丈夫ですよね?」
「ああ、大丈夫だぜ」
そう言って、ロベルと呼ばれた無精ひげを生やしたちょい悪親父風のコックは竈を指さす。
「あっちの端の方を使ってくれ」
「ありがとうございます」
礼を言うと、ロベルはニッと笑みを浮かべて手をヒラヒラと振った。
ネモが竈の前へ行き、マジックバックの袋から薬缶を取り出すと、「わっ⁉」と後ろから驚きの声が上がった。
振り返ってみれば、鍋を持ったアンナが目を丸くしていた。どうやら鍋を貸してくれようとしたらしい。
「わぁ、ネモさん。それって、マジックバックですか?」
「ええ、そうよ。ただ、布製だし、入る容量がそこまでないから、ちゃんとしたものに比べれば安物なんだけどね」
そうなんですか、とアンナが物珍しげに見るのは、マジックバックをアンナくらいの歳頃の、庶民の娘が持てるようなものではないからだ。
「マジックバックって便利だけど、高いから……」
「そうよね。冒険者でもチームを組んでる人間がちょっと頑張ってようやく手に入れられる金額だもの」
長い目で見て手に入れた方が良いという判断がおりない限り、そう簡単には手が出せない品だ。
「町に品物を卸しに来る行商人の方とかが持っているのは見たことがあるんですけど、ネモさん、凄いですね」
「まあ、運が良かったわ」
ネモはあたかも購入したように言うが、実はこれはネモが作ったものだ。自分で作りました、なんて言ったら、面倒な事になりかねないので黙っているのである。
ネモは竈に薪を入れ、薬缶を置く。そして、薬缶の蓋を開けて、唱えた。
「《造水》」
ネモの目の前に水が現れ、それが薬缶の中へと注がれる。
それは、生活魔法と呼ばれる魔法だった。使う魔力量は微量で、水を出したり、火種を出したりとなかなか便利だ。
それを見て、アンナが益々目を丸くする。
「ネ、ネモさん、生活魔法が使えるんですか⁉」
「ええ。魔力量はまあまあなんだけど、魔力操作は得意なのよ」
実は生活魔法と呼ばれる魔法は、使い手が少ない。何故なら、繊細な魔力操作が求められるからだ。少しでも使う魔力量をしくじれば、それは攻撃魔法となってしまうのだ。そのため、これを使える者は就職先によってはそれなりに優遇される。
「わぁ……、凄い。私も練習してみたんですけど、全然ダメでした。魔力量は普通なんですけど、どうにも魔力を籠めすぎちゃうみたいで……。結局、諦めちゃいました」
「まあ、魔力操作はコツがいるからね。ポーション作りで練習してみると良いわよ。ポーションに魔力を籠める方が、練習するには安全だからね」
最下級のポーションはとても簡単で、薬草も草むらを探せばどこにでも生えているので、お金がかかる心配もない。そして、ポーション作りは魔力を籠めるのを失敗すると、どろりとしたどぶ色になり、飲めば当然腹痛を起こし、塗れば肌がただれる。しかし、それは使用しなければ良いので、生活魔法を使おうと練習して、攻撃魔法になってしまうよりは余程安全だ。
なるほど、と感心したように頷くアンナを横目に、ネモは薬缶に蓋をした。
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