※踏み台ではありません

悠十

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魔王城編

第十話 アビー

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 そうして、一通りダリオの具合を確かめた後、ダリオは不意にアビーに視線を移し、その手に持つレイピアを見て、首を傾げた。
 ダリオの腕を切り飛ばしたとき、それは確かに刃物の鞭と化していたのだが、現在はごく普通のレイピアである。

「なあ、そのレイピア、確か刃物の鞭になってなかったか? 何か特別な魔法剣だったりするのか?」

 気負いなくアビーに尋ねるダリオに、アビーは少し意外そうな顔をしつつも、その問いに答えた。

「…いいえ、この剣は魔法剣ではありません。普通のレイピアです」

 そう言ってレイピアを鞘から抜いて見せ、それがごく普通のレイピアであることをダリオに確かめさせた。

「そして、これが私の特殊スキルです」

 そう言うが早いか、突如レイピアの刃先が伸び、撓り、刃の鞭へと姿を変えた。
 目を剥いて驚くダリオに、セスが忠告する。

「これが、魔族の特殊スキルだ。こういった固有の変わり種を一つ、危険で攻撃的なものから、そうでない平和的なものまで持っている。そして、ここは魔王城だ。高位魔族の巣窟と言っても過言ではないから、迂闊な行動はしない様、十分気を付けてくれ」
「お、おう……。ワカリマシタ……」

 引きつった笑顔で頷いて見せたダリオを励ますかの様に、セスはその腕を叩き、頑張れ、と言葉を送ったのだった。



   ※ ※ ※



 アビーとダリオの手合わせの後、テオドアとダリオは反省会を開くという事で、一先ず部屋へと帰っていった。
 訓練場に残ったセスはアビーに向き直り、その瞳を見つめ、口を開いた。

「アビー」

 アビーの背筋が粟立った。
 一言だった。
 たった一言、名を呼ばれただけで、先程圧倒的な強さを見せたアビーは、セスに対して恐怖を覚えたのだ。

「アビー、俺は言ったな? 撥ねるな、と。何故、言いつけを守らなかった」

 声は平坦で、荒げるような事は無い。そこには、子供を叱るような色があるだけだ。
 しかし、アビーは恐怖する。
 セスから目を離せない。その瞳はヒヤリと冷たいけれど、こちらを突き放すようなものでは無い。なのに、アビーは己の主人から、じりじりと、ナニカを削られるような重圧を感じた。
 
「あ……ぁ…、セス…さ……」
「アビー」

 震え、絞り出すようなアビーの声に、セスはアビーの名を呼び、その両手を上げる。
 アビーは、セスの目から視線を外さないまま、膝を折り、その手へと己の首を差し出した。

「アビー、してはいけないと俺が言ったのだから、してはいけない」

 セスはアビーの首に触れず、その両手で頬を包み込み、顔を上げさせてその瞳を見つめる。

「お前が言ったのだよね? お前は、俺のモノだと」
「は…い……。アビーは、セス様のモノです」

 間近で見つめるセスの瞳は、静かだ。

「ならば、お前は俺の言う事を聞かなければいけない」
「はい」

 アビーは、恐怖する。得体の知れない己の主人に。

「では、今後、このような事はしないようにね」
「はい。セス様」

 セスの言葉に、素直に了承の意を示したアビーに満足したのか、セスはその手をアビーの頬から外し、訓練場から出て行った。
 訓練場に一人残されたアビーはそのまま蹲り、震えるその身を掻き抱く。

「セス様……」

 蹲るアビーの顔は、歓喜に濡れていた。
 瞳孔は開ききり、荒く息をする吊り上がった口からは涎が落ちる。とてもではないが、女がしていい顔では無かった。

「ふ…ふふ……。アビーは、セス様のモノ。うふふふふふふふふふふふ」

 狂ったように笑うアビーは、どうしようもなくセスに魅了されていた。
 セスに出会う前のアビーは、自分以外は全てゴミだと思っていた。弱いくせに吠え、何もできないくせに不相応の物を求めるゴミだと。例外は、魔王やその側近くらいのものだった。
 しかし、それは間違いだったのだと、当時六歳だったセスと出会い、知る事となった。
 アビーは知ったのだ。セス以外は、己も含め、全てがゴミだと。
 
「アビーはゴミです。セス様以外は、全てゴミ。だけど、ゴミのアビーをセス様は貰って下さった」

 アビーは、セスの得体の知れない力に屈服したのだ。アビーは今でもセスの特殊スキルを知らない。
 その昔、アビーはたった六歳の子供だったセスに叩きのめされ、地面を舐めた。そんな強者である筈のアビーをさして興味もなさそうに眺めるセスに、アビーは己がゴミである事を知った。
 アビーの特殊スキルは、魔力を刃に変換する『刃創造ブレード・クリエーション』である。普段は今回ダリオに見せたように武器の延長線上に能力が在る様に見せているが、その本質は、魔力からの変換創造である。
 武器の延長線上に在ると見せかけるのと、そうでないのでは、いざという時の対応力が段違いになる。いわゆる、奥の手という物だった。
 しかし、セスには初見でそれを見破られ、更には打ち破られた。
 そして、セスに敗北したアビーはセスの周りをうろつき始め、セスの情報を集めた。
 そうしてセスの周辺を嗅ぎまわるアビーを捕まえたのは、やはりセスだった。
 迷惑そうに、けれど困惑しているセスに、己の存在が彼に認識されていると思った瞬間、アビーは自身をセスのモノにしてくれと懇願していた。
 その場では断られたが、その後アビーは諦めずに付きまとい、懇願し、とうとう根負けしたセスに受け入れられた。そこには彼の後見である伯父の勧めもあったようだが、アビーは己の全てを捧げる主人を手に入れたのだ。

「んっふふ…ふふふ……」

 アビーは笑いながら立ち上がり、だらしなく垂れていた涎を拭う。そして、狂喜に濡れた本性を品の良い微笑みの中に隠し、歩き出す。

「嗚呼、セス様のお世話をしなくちゃ」

 それでも、漏れ出す言葉には、陶然とする色を隠しきれていなかった。

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