213 / 244
二章 新しい生活の始まり
【書籍2巻発売記念SS】グリおじさんと双子の出会い ※書籍2巻 6月20日発売予定
しおりを挟む
これは二年ほど前の話……。
まだグリおじさんと名付けられる前のグリフォンは、ある魔獣の森の中にいた。
森の中は夕闇に支配され、月明かりだけが木々の影を大地に落としている。
<我の勝ちだな>
グリフォンは、目の前の一匹の魔獣に問いかける。
その相手は白い巨大な魔狼。グリフォンと比べても一回り大きい。
フェンリルと呼ばれ、魔狼が最高位まで進化した姿だった。
純白のその毛皮は淡く柔らかな光を常に発し、まるで天空の月がそのまま地上に現れたかのようだった。
しかし、その身は鮮やかな血で汚れている。
フェンリルは大地に横たわり、荒い呼吸の音が森に響いている。
致命傷となった腹の傷からは血が流れ続け、純白の毛皮を赤く変えていく。
<……グリフォンごときに敗れるとは、私も落ちたものだな……>
フェンリルの言葉に、グリフォンは目を細めた。
不満げな表情でフェンリルを見下ろす。
<最初から我に殺されるつもりだったのであろう? 子との殺し合いを避けるために我を利用するとは、見下げ果てたやつだ>
<私の望みを知りながら戦ったくせに、その言い草はないだろう?>
フェンリルは弱々しく笑う。
彼女はこの森の主だった。森を支配している魔狼の群れの女王だった。
しかし、八百歳を超えて力が弱まってきたために、代替わりを余儀なくされていた。
いずれ野心を持った子供たちが彼女の命を狙うだろう。
齢を経て高い知能を持ち愛情の意味を知った彼女は、我が子に殺されることも、我が子を殺すことも望まなかった。
だが、力が全ての魔狼の群れに、平和的な引退は存在しない……。殺すか殺されるか。その結末しかない。
だからこそ彼女は、偶然この森にやってきたグリフォンに自ら殺さることを望んだ。
<愛情など、つまらぬな。 親子と言えど力で支配してこそ魔獣であろう>
<人間の臭いをプンプンさせているお主に言われとうないわ。 しかも頭から一番強く匂わせおって。 人間を愛おしんで擦り寄せているのだろう?>
くくく……と笑うフェンリルに、グリフォンはばつが悪そうに目を逸らした。
<そんな愛情深いお主に頼みがある。 愛する子たち、こちらにおいで……>
その声を合図に、近くの草むらがガサリと揺れた。キューキューと鳴き声を上げ、二匹の小さな影が飛び出してくる。
魔狼の子供だ。
まだ歩けるようになったばかりの様で、足取りはおぼつかない。乳離れすらしているかどうか怪しかった。
その二匹の魔狼の子供は普通の魔狼ともフェンリルとも違い、それぞれ毛色が赤と青に薄っすらと染まっていた。
<私が最後に産んだ子たちだ。 最後と思い力を注ぎ過ぎた故に、高位の魔狼として生まれてしまった。 その所為で他の子たちから命を狙われてしまってな>
いずれ脅威になるなら、子供の内に殺してしまえばいい。そんな卑怯な考えで命を狙われているのだろう。
グリフォンはそのことに思い至ると、不快に感じて羽毛をわずかに逆立てる。
<……まさか、我に保護しろと言うのではないだろうな? 知らぬぞ?>
この状況で、この場に子供を呼び寄せる理由など、他に思い当たらない。グリフォンは顔を背けたが、その目は母親に駆け寄る二匹の魔狼の子供を追っていた。
<自分で獲物を狩れるようになるまでで良い>
<……我と共にいると人間臭く育ってしまうぞ?>
<魔狼の群れで生き残れたとしても、いずれこの二匹で争うことになるだろう……。そんな……未来は……私は見たくない……。人と共に生き……愛を知って生きてくれるなら……>
フェンリルの声が弱っていく。
命が尽きようとしている。
だが、二匹の魔狼の子供はそのことを理解できておらず、フェンリルの毛皮にその身を埋めようと必死になっているだけだった。
<……頼んだぞ……優しすぎるグリフォン……>
その言葉を最後に、フェンリルは息絶えた。淡く光っていた毛皮は光を失い、ただの白い躯と化した。
グリフォンは、月を仰ぎ見る。
月はフェンリルの死など無かったかのように、変わりなく輝いていた。
<やっかいな事を……>
そう言いながらも、魔狼の子供を見つめるグリフォンの目は優しい。
<小僧に頭を下げねばならぬではないか……>
不満げなその呟きもまた、優しかった。
※ ※ ※ ※
いつもお読みいただき、ありがとうございます。
明日より「追い出された万能職に新しい人生が始まりました2」が発売されます。イラストは1巻と同じらむ屋様です。今回も素敵なイラストを多数描いていただきました。地域によって店頭に並ぶのは若干のずれがあるようです。ご了承ください。
無事2巻を発売できたのも、すべていつも応援していただいている皆様のおかげです!
ありがとうございます!!
今回もとらのあな販売分の特典冊子と電子書籍の巻末にSSを書き下ろさせていただきました。
このSS「グリおじさんと双子の出会い」の直後の話で、双子の魔狼とロアの出会いになっております。
……と言っても、双子は物心つく前でキューキュー言ったり、ロアに抱きかかえられてるだけだのですが……。
本編と合わせて楽しんでいたけますと幸いです。
よろしくお願いします!
また、先月末より「追い出された万能職に新しい人生が始まりました」のコミカライズが始まっております。
https://www.alphapolis.co.jp/manga/official/852000274
今月の更新は27日の予定となっております。
今後とも、小説、漫画版合わせてよろしくお願いします。
まだグリおじさんと名付けられる前のグリフォンは、ある魔獣の森の中にいた。
森の中は夕闇に支配され、月明かりだけが木々の影を大地に落としている。
<我の勝ちだな>
グリフォンは、目の前の一匹の魔獣に問いかける。
その相手は白い巨大な魔狼。グリフォンと比べても一回り大きい。
フェンリルと呼ばれ、魔狼が最高位まで進化した姿だった。
純白のその毛皮は淡く柔らかな光を常に発し、まるで天空の月がそのまま地上に現れたかのようだった。
しかし、その身は鮮やかな血で汚れている。
フェンリルは大地に横たわり、荒い呼吸の音が森に響いている。
致命傷となった腹の傷からは血が流れ続け、純白の毛皮を赤く変えていく。
<……グリフォンごときに敗れるとは、私も落ちたものだな……>
フェンリルの言葉に、グリフォンは目を細めた。
不満げな表情でフェンリルを見下ろす。
<最初から我に殺されるつもりだったのであろう? 子との殺し合いを避けるために我を利用するとは、見下げ果てたやつだ>
<私の望みを知りながら戦ったくせに、その言い草はないだろう?>
フェンリルは弱々しく笑う。
彼女はこの森の主だった。森を支配している魔狼の群れの女王だった。
しかし、八百歳を超えて力が弱まってきたために、代替わりを余儀なくされていた。
いずれ野心を持った子供たちが彼女の命を狙うだろう。
齢を経て高い知能を持ち愛情の意味を知った彼女は、我が子に殺されることも、我が子を殺すことも望まなかった。
だが、力が全ての魔狼の群れに、平和的な引退は存在しない……。殺すか殺されるか。その結末しかない。
だからこそ彼女は、偶然この森にやってきたグリフォンに自ら殺さることを望んだ。
<愛情など、つまらぬな。 親子と言えど力で支配してこそ魔獣であろう>
<人間の臭いをプンプンさせているお主に言われとうないわ。 しかも頭から一番強く匂わせおって。 人間を愛おしんで擦り寄せているのだろう?>
くくく……と笑うフェンリルに、グリフォンはばつが悪そうに目を逸らした。
<そんな愛情深いお主に頼みがある。 愛する子たち、こちらにおいで……>
その声を合図に、近くの草むらがガサリと揺れた。キューキューと鳴き声を上げ、二匹の小さな影が飛び出してくる。
魔狼の子供だ。
まだ歩けるようになったばかりの様で、足取りはおぼつかない。乳離れすらしているかどうか怪しかった。
その二匹の魔狼の子供は普通の魔狼ともフェンリルとも違い、それぞれ毛色が赤と青に薄っすらと染まっていた。
<私が最後に産んだ子たちだ。 最後と思い力を注ぎ過ぎた故に、高位の魔狼として生まれてしまった。 その所為で他の子たちから命を狙われてしまってな>
いずれ脅威になるなら、子供の内に殺してしまえばいい。そんな卑怯な考えで命を狙われているのだろう。
グリフォンはそのことに思い至ると、不快に感じて羽毛をわずかに逆立てる。
<……まさか、我に保護しろと言うのではないだろうな? 知らぬぞ?>
この状況で、この場に子供を呼び寄せる理由など、他に思い当たらない。グリフォンは顔を背けたが、その目は母親に駆け寄る二匹の魔狼の子供を追っていた。
<自分で獲物を狩れるようになるまでで良い>
<……我と共にいると人間臭く育ってしまうぞ?>
<魔狼の群れで生き残れたとしても、いずれこの二匹で争うことになるだろう……。そんな……未来は……私は見たくない……。人と共に生き……愛を知って生きてくれるなら……>
フェンリルの声が弱っていく。
命が尽きようとしている。
だが、二匹の魔狼の子供はそのことを理解できておらず、フェンリルの毛皮にその身を埋めようと必死になっているだけだった。
<……頼んだぞ……優しすぎるグリフォン……>
その言葉を最後に、フェンリルは息絶えた。淡く光っていた毛皮は光を失い、ただの白い躯と化した。
グリフォンは、月を仰ぎ見る。
月はフェンリルの死など無かったかのように、変わりなく輝いていた。
<やっかいな事を……>
そう言いながらも、魔狼の子供を見つめるグリフォンの目は優しい。
<小僧に頭を下げねばならぬではないか……>
不満げなその呟きもまた、優しかった。
※ ※ ※ ※
いつもお読みいただき、ありがとうございます。
明日より「追い出された万能職に新しい人生が始まりました2」が発売されます。イラストは1巻と同じらむ屋様です。今回も素敵なイラストを多数描いていただきました。地域によって店頭に並ぶのは若干のずれがあるようです。ご了承ください。
無事2巻を発売できたのも、すべていつも応援していただいている皆様のおかげです!
ありがとうございます!!
今回もとらのあな販売分の特典冊子と電子書籍の巻末にSSを書き下ろさせていただきました。
このSS「グリおじさんと双子の出会い」の直後の話で、双子の魔狼とロアの出会いになっております。
……と言っても、双子は物心つく前でキューキュー言ったり、ロアに抱きかかえられてるだけだのですが……。
本編と合わせて楽しんでいたけますと幸いです。
よろしくお願いします!
また、先月末より「追い出された万能職に新しい人生が始まりました」のコミカライズが始まっております。
https://www.alphapolis.co.jp/manga/official/852000274
今月の更新は27日の予定となっております。
今後とも、小説、漫画版合わせてよろしくお願いします。
165
あなたにおすすめの小説
田舎娘、追放後に開いた小さな薬草店が国家レベルで大騒ぎになるほど大繁盛
タマ マコト
ファンタジー
【大好評につき21〜40話執筆決定!!】
田舎娘ミントは、王都の名門ローズ家で地味な使用人薬師として働いていたが、令嬢ローズマリーの嫉妬により濡れ衣を着せられ、理不尽に追放されてしまう。雨の中ひとり王都を去ったミントは、亡き祖母が残した田舎の小屋に戻り、そこで薬草店を開くことを決意。森で倒れていた謎の青年サフランを救ったことで、彼女の薬の“異常な効き目”が静かに広まりはじめ、村の小さな店《グリーンノート》へ、変化の風が吹き込み始める――。
人質5歳の生存戦略! ―悪役王子はなんとか死ぬ気で生き延びたい!冤罪処刑はほんとムリぃ!―
ほしみ
ファンタジー
「え! ぼく、死ぬの!?」
前世、15歳で人生を終えたぼく。
目が覚めたら異世界の、5歳の王子様!
けど、人質として大国に送られた危ない身分。
そして、夢で思い出してしまった最悪な事実。
「ぼく、このお話知ってる!!」
生まれ変わった先は、小説の中の悪役王子様!?
このままだと、10年後に無実の罪であっさり処刑されちゃう!!
「むりむりむりむり、ぜったいにムリ!!」
生き延びるには、なんとか好感度を稼ぐしかない。
とにかく周りに気を使いまくって!
王子様たちは全力尊重!
侍女さんたちには迷惑かけない!
ひたすら頑張れ、ぼく!
――猶予は後10年。
原作のお話は知ってる――でも、5歳の頭と体じゃうまくいかない!
お菓子に惑わされて、勘違いで空回りして、毎回ドタバタのアタフタのアワアワ。
それでも、ぼくは諦めない。
だって、絶対の絶対に死にたくないからっ!
原作とはちょっと違う王子様たち、なんかびっくりな王様。
健気に奮闘する(ポンコツ)王子と、見守る人たち。
どうにか生き延びたい5才の、ほのぼのコミカル可愛いふわふわ物語。
(全年齢/ほのぼの/男性キャラ中心/嫌なキャラなし/1エピソード完結型/ほぼ毎日更新中)
【一話完結】断罪が予定されている卒業パーティーに欠席したら、みんな死んでしまいました
ツカノ
ファンタジー
とある国の王太子が、卒業パーティーの日に最愛のスワロー・アーチェリー男爵令嬢を虐げた婚約者のロビン・クック公爵令嬢を断罪し婚約破棄をしようとしたが、何故か公爵令嬢は現れない。これでは断罪どころか婚約破棄ができないと王太子が焦り始めた時、招かれざる客が現れる。そして、招かれざる客の登場により、彼らの運命は転がる石のように急転直下し、恐怖が始まったのだった。さて彼らの運命は、如何。
無魔力の令嬢、婚約者に裏切られた瞬間、契約竜が激怒して王宮を吹き飛ばしたんですが……
タマ マコト
ファンタジー
王宮の祝賀会で、無魔力と蔑まれてきた伯爵令嬢エリーナは、王太子アレクシオンから突然「婚約破棄」を宣告される。侍女上がりの聖女セレスが“新たな妃”として選ばれ、貴族たちの嘲笑がエリーナを包む。絶望に胸が沈んだ瞬間、彼女の奥底で眠っていた“竜との契約”が目を覚まし、空から白銀竜アークヴァンが降臨。彼はエリーナの涙に激怒し、王宮を半壊させるほどの力で彼女を守る。王国は震え、エリーナは自分が竜の真の主であるという運命に巻き込まれていく。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
幼女はリペア(修復魔法)で無双……しない
しろこねこ
ファンタジー
田舎の小さな村・セデル村に生まれた貧乏貴族のリナ5歳はある日魔法にめざめる。それは貧乏村にとって最強の魔法、リペア、修復の魔法だった。ちょっと説明がつかないでたらめチートな魔法でリナは覇王を目指……さない。だって平凡が1番だもん。騙され上手な父ヘンリーと脳筋な兄カイル、スーパー執事のゴフじいさんと乙女なおかんマール婆さんとの平和で凹凸な日々の話。
バーンズ伯爵家の内政改革 ~10歳で目覚めた長男、前世知識で領地を最適化します
namisan
ファンタジー
バーンズ伯爵家の長男マイルズは、完璧な容姿と神童と噂される知性を持っていた。だが彼には、誰にも言えない秘密があった。――前世が日本の「医師」だったという記憶だ。
マイルズが10歳となった「洗礼式」の日。
その儀式の最中、領地で謎の疫病が発生したとの凶報が届く。
「呪いだ」「悪霊の仕業だ」と混乱する大人たち。
しかしマイルズだけは、元医師の知識から即座に「病」の正体と、放置すれば領地を崩壊させる「災害」であることを看破していた。
「父上、お待ちください。それは呪いではありませぬ。……対処法がわかります」
公衆衛生の確立を皮切りに、マイルズは領地に潜む様々な「病巣」――非効率な農業、停滞する経済、旧態依然としたインフラ――に気づいていく。
前世の知識を総動員し、10歳の少年が領地を豊かに変えていく。
これは、一人の転生貴族が挑む、本格・異世界領地改革(内政)ファンタジー。
私に姉など居ませんが?
山葵
恋愛
「ごめんよ、クリス。僕は君よりお姉さんの方が好きになってしまったんだ。だから婚約を解消して欲しい」
「婚約破棄という事で宜しいですか?では、構いませんよ」
「ありがとう」
私は婚約者スティーブと結婚破棄した。
書類にサインをし、慰謝料も請求した。
「ところでスティーブ様、私には姉はおりませんが、一体誰と婚約をするのですか?」
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。
