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秋の壱 牛筋煮込み

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 夏の熱気が弱まってきた頃になると、少し味の濃い食べ物が恋しくなってくる。

 ビクターは珍しく車で遠出していた。

 おいなり荘がある場所から車で一時間くらいの場所に牛肉の産地があり、そこの食肉メーカーが直営している精肉店がある。
 その店は品質も良く、直営店ならではの安さを誇っていた。

 ビクターが手伝っている直売所でなんとなくそこの話になり、何度か行っているビクターが代表して買い出しに行くことになったのだ。
 直売所で働いている人たちは農家の主婦が多く、ビクターよりはるかに忙しい人たちばかりなのだから仕方ない流れだろう。

 ビクターの目的は牛筋。
 国産牛のものがだいたい百グラム百円前後で売られている。
 だたし、一袋が一キロ前後だ。

 「……いったい、何キロの肉を買わないといけないんだろう?」

 いろいろな人に頼まれ、牛筋だけでも十キロ近く買わないといけなくなっている。
 希望する量があるかはわからないが、足りなければ適当に分けるからあるだけ買って来いという指令をオバ様方から受けていた。

 それ以外も色々とありえない量を頼まれている。
 悪くなってはいけないからと、当然のように直売所の備品の大型クーラーボックスを持たされている。
 それを渡されたビクターは、これに満タン買ってこないといけないのかと、若干引き気味で受け取ったのだった。

 精肉店に着くと、ビクターはさっそく牛筋が置いてあるコーナーに向かった。
 人気があって時々売り切れているので心配したが、そこには一キロ前後の牛筋が詰まった大きな袋が大量に置かれていた。

 一袋の量にばらつきがあるため適当に選んでもらおうと、なにも考えずに十袋買い物かごに放り込む。
 それだけでいっぱいになったため、レジの人に声をかけてレジ横に置かせてもらった。

 「ああ、牛頬肉があるなぁ。煮込むとうまいんだよな」

 掌に乗り切らない大きさの牛頬肉だが、それでも二千円程度。思わずビクターは手を伸ばす。
 豚肉も安く、トンカツ用のロース肉がビクターの地元のスーパーの倍くらいの厚みで切られて売っていたため、思わず買ってしまった。

 自分の買い物もしつつ頼まれた物も買った結果、最終的に買い物かご四つ分も買う羽目になってしまった。
 狼男ウルフマンで力の強いビクターだが、重量はともかく量があって抱えきれないために台車を借りて車まで運ぶことになった。

 それでも店員は誰一人として表情を変えていなかったので、この店ではよくあることなのだろう。

 大量の肉を持って直売所まで帰って依頼されてた分を配って帰宅する。
 それだけでどっと疲れを感じたのだった。
 しかし、それだけでは終われない。

 「牛筋の下処理をしないと!」

 帰って少しだけ休憩をしてから、ビクターは気合を入れた。

 大鍋を取り出し、そこに牛筋を入れる。
 一キロほどの牛筋は壮観だ。

 牛筋が浸かるくらいまで水を注ぎ、火にかけて沸騰さえる。

 「うはぁ……」

 沸き立ってくると大量にアクが出てきて一面茶色くなった。
 ぼこぼこと出てくるアクと立ち上る匂いに、何かいけないものを作ってるような気分になった。

 しっかりと沸騰して牛筋が茹で上がったのを確認してから、ザルにあける。

 「う……入りきらない……」

 ビクターの持っているザルでは一回で入りらず、仕方なしに複数に分けた。
 ザルに開けたら水をぶっかけ、指でこそぎ取るようにしながら丁寧にアクと汚れを洗い流していく。
 大鍋についたアクも洗い流し、もう一度洗った牛筋を入れてたっぷり水を入れた。

 臭み取りにネギの青いところと生姜を適当な大きさに切ったものを入れ、もう一度火にかける。

 「まだアクが少し出てくるな」

 出てきたアクを掬い、煮立ったら弱火にして蓋をせずに二時間ほど煮込む。
 こういう時はクッキングヒーターのタイマーが便利で、本当にありがたいとビクターは思った。ただ、水が蒸発して焦げ付かないように時々水を足すのを忘れてはいけない。

 離れられないとはいえ二時間の空き時間ができ、ビクターはやっと一息ついた。

 「さて。何するかな」

 そう言いながら冷蔵庫から麦茶を出してコップに注ぐ。
 真夏ほどではないがまだ気温は高い。冷えた麦茶が心地いい。
 ちょっと考えてからスマホを取り出し、適当に動画を探して見始めた。

 最近気に入っているのはVTuberバーチャルユーチューバーだ。特に3Dキャラクターのものがお気に入りで、よく見ている。
 この世界はビクターにとって異世界であり、そこにさらに異世界が存在する感覚で見るのが楽しいらしい。
 性欲を刺激したり芸をしたりするようなタイプのものより、ただひたすら雑談したり、ゲームをして遊んでいるだけの日常を感じるものを好んだ。
 性別は関係なく見ているが、亜人系の外見をしたものには懐かしさすら感じる。
 今見ているのは人間の外見をしているものの青肌に白髪で、どこか前の世界で仲良くしていた魔族の青年に似ていた。変身ヒーローを自称しているところも、魔法で姿を変えて活動していたのをなんとなく思い出させる。

 そんな感じで時間をつぶしていると、タイマーのアラームが鳴る。

 「終わったか」

 早速、下処理が終わった牛筋をザルにあけてもう一度、水でさっと洗う。
 そして水を切ってからビニール袋に一回分に小分けして冷凍していった。
 もちろん、その日に使う分の牛筋は残してある。

 「さて、ここから煮込みの本番だな。醤油に八丁味噌に八角に~」

 残した牛筋を小鍋に移し、ひたひたになる程度に水を入れて火にかけて調味料を入れていく。
 濃い口醤油2に薄口醤油1、酒2、八丁味噌を風味付け程度、八角をひとかけら、ネギの青いところと生姜も新しいのを入れなおす。
 砂糖は最初は甘さ控えめで、煮詰まってから調整していく予定だ。
 沸騰したら今度は蓋をして、吹きこぼれない程度の火力に落とす。
 これで一時間くらいを目安に牛筋がトロリとするくらいまで煮込む予定だ。

 「おっと!温玉を作らないとな!!」

 コンニャクや大根と一緒に煮てもいいが、ビクターは牛筋だけで煮て最後に温泉卵トッピングが正義だと思っている。

 「炊飯器様のお力を借りてと」

 温泉卵を一番手軽に作れる調理機器は炊飯器だ。
 炊飯器に卵を入れて、熱湯を注ぎ、保温ボタンを押して約三十分放置するだけ。
 炊飯器によって保温設定温度が色々あるらしいが、ビクターの使っているのは普通に保温すると六十度くらいになるらしい。そのためか、冷えている炊飯器に熱湯を入れると温泉卵にちょうどいいくらい六十度後半から七十度前半の温度で保てるようだ。
 失敗して固茹で卵になっても、半生卵になってもそれなりにリカバリーできるため、ビクターはかなり適当にやっていた。

 時々牛筋の柔らかさと味加減を確認しながら煮込んでいき、目指すトロトロ具合になったら出来上がりだ。
 温泉卵を添えて、薬味ネギを散らす。

 「おし!完成!」


 
 煮ている間に他の料理もできている。
 車での買い出しから始めて下処理から煮込みまで一日がかりの仕事の成果を見てビクターのシッポは大きく揺れた。

 牛筋のトロトロと温泉卵のトロトロの組み合わせ。

 「いただきます!」

 ビクターはペロリと口元を舐めてから、嬉々とした声を上げて手を合わせた。
 
 
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