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第一章
<典型的な孤児院パーティーだな>
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賢者ブリアックの死から約一か月。
老黒猫のナイは街の屋根を移動していた。
ナイがブリアックと共に暮らしていたのは王都の貴族街でも中心部で、王宮にも近い位置だった。
しかし、今のナイは外側の下町を縄張りにして野良猫として暮らしている。
貴族街は清掃員が巡回しており、常に清潔に保たれていた。
野良猫もすぐに捕獲され、追い出されるか始末されてしまう。躾の行き届いた使用人たちは、野良猫にエサを与えるようなことはしない。
だが、下町であれば野良犬や野良猫が歩いていても誰も気にしない。
飲食店の裏にはゴミ置き場があり食料を漁れるし、甘えればエサをくれる人間も多数いた。
下町の方が圧倒的に野良猫には暮らしやすい環境だったのだ。
<平和だ>
ナイは燦燦と日の光が差す屋根の上から人々を見下ろしていた。暖かな日差しが、ナイの漆黒の毛皮を温めている。
そこは下町の大通りで、多くの人が騒がしく歩き回っている場所だった。
<人間は面白い>
ナイは主人であるブリアックと行動を共にしていたために、庶民の暮らしをあまり知らない。
そんなナイには慌ただしく動き回る人々が輝いて見えた。
絶好の観察対象だ。
ナイは余生をその好奇心を満たすためだけに使うことに決めていた。
<やはり、抜け出してきて正解だった>
ナイは捨てられたわけではない。自らブリアックの屋敷から抜け出してきたのだった。
そのまま屋敷にとどまれば、死ぬまで面倒を見てくれる人もいたかもしれないが、ナイはブリアック以外の人間を主人にしたくなかった。
それにそんな余生は退屈なだけだ。
幸い、十四歳の老猫だが体力はまだ落ちていない。
<……おっ?あの娘は>
ナイは大通りを歩く一人の少女に目を向けた。
この一か月の内に何度かエサをもらったことがある少女だ。孤児院で暮らし、時々食堂の手伝いをしている。
少し間の抜けたところがあるが優しく、ナイがすり寄るといつもエサをくれた。
エルフの血が入っているのか耳が少し尖っているが、小柄で肉付きの良い人の良さそうな少女だ。
<なるほど、年端もいかぬ少女だと思っていたが成人しておったのか>
少女は簡素な皮鎧を身に着けて、冒険者の格好をしていた。
この国の人間の成人年齢は十五歳。成人していないと冒険者にはなれない。
少女は幼く見える外見をしていたが、成人しているということなのだろう。
<ふむ。一緒にいる者たちも同じぐらいの年頃か。典型的な孤児院パーティーだな>
孤児院パーティーというのは、その名の通り孤児院出身者が集まって作ったパーティーの通称だ。
孤児院は成人後一年で出ていかないといけない制度になっている。つまり、成人してからの一年は、仕事と住むところを決める猶予期間なのだ。
そのため、孤児院出身の冒険者を目指す者たちは、同じ年齢の者たちで集まってパーティーを作ることが多いのである。
<とすると、あれが引率者か?なかなか良い面構えではないか>
ナイは少女たちを引き連れて歩いている男に目を向けた。
男は二十代後半くらい。ガッチリとした大柄な男で無精ヒゲの浮かんだ厳つい顔つきをしている。ただ、どことなく人の良さそうな柔和な雰囲気があった。
孤児院パーティーは未熟な成人したての者たちで組むため、最初は孤児院出身のベテラン冒険者が引率するのが慣例になっている。
男はその慣例通り、少女たちのパーティーを引率しているということなのだろう。
<ふむ。面白そうだ。今日はあの者どもを観察するか……>
自由な野良猫暮らし。
ナイはそれを満喫していた。
ナイは屋根の上を移動して少女たちのパーティーを追いかけ始めた。
老黒猫のナイは街の屋根を移動していた。
ナイがブリアックと共に暮らしていたのは王都の貴族街でも中心部で、王宮にも近い位置だった。
しかし、今のナイは外側の下町を縄張りにして野良猫として暮らしている。
貴族街は清掃員が巡回しており、常に清潔に保たれていた。
野良猫もすぐに捕獲され、追い出されるか始末されてしまう。躾の行き届いた使用人たちは、野良猫にエサを与えるようなことはしない。
だが、下町であれば野良犬や野良猫が歩いていても誰も気にしない。
飲食店の裏にはゴミ置き場があり食料を漁れるし、甘えればエサをくれる人間も多数いた。
下町の方が圧倒的に野良猫には暮らしやすい環境だったのだ。
<平和だ>
ナイは燦燦と日の光が差す屋根の上から人々を見下ろしていた。暖かな日差しが、ナイの漆黒の毛皮を温めている。
そこは下町の大通りで、多くの人が騒がしく歩き回っている場所だった。
<人間は面白い>
ナイは主人であるブリアックと行動を共にしていたために、庶民の暮らしをあまり知らない。
そんなナイには慌ただしく動き回る人々が輝いて見えた。
絶好の観察対象だ。
ナイは余生をその好奇心を満たすためだけに使うことに決めていた。
<やはり、抜け出してきて正解だった>
ナイは捨てられたわけではない。自らブリアックの屋敷から抜け出してきたのだった。
そのまま屋敷にとどまれば、死ぬまで面倒を見てくれる人もいたかもしれないが、ナイはブリアック以外の人間を主人にしたくなかった。
それにそんな余生は退屈なだけだ。
幸い、十四歳の老猫だが体力はまだ落ちていない。
<……おっ?あの娘は>
ナイは大通りを歩く一人の少女に目を向けた。
この一か月の内に何度かエサをもらったことがある少女だ。孤児院で暮らし、時々食堂の手伝いをしている。
少し間の抜けたところがあるが優しく、ナイがすり寄るといつもエサをくれた。
エルフの血が入っているのか耳が少し尖っているが、小柄で肉付きの良い人の良さそうな少女だ。
<なるほど、年端もいかぬ少女だと思っていたが成人しておったのか>
少女は簡素な皮鎧を身に着けて、冒険者の格好をしていた。
この国の人間の成人年齢は十五歳。成人していないと冒険者にはなれない。
少女は幼く見える外見をしていたが、成人しているということなのだろう。
<ふむ。一緒にいる者たちも同じぐらいの年頃か。典型的な孤児院パーティーだな>
孤児院パーティーというのは、その名の通り孤児院出身者が集まって作ったパーティーの通称だ。
孤児院は成人後一年で出ていかないといけない制度になっている。つまり、成人してからの一年は、仕事と住むところを決める猶予期間なのだ。
そのため、孤児院出身の冒険者を目指す者たちは、同じ年齢の者たちで集まってパーティーを作ることが多いのである。
<とすると、あれが引率者か?なかなか良い面構えではないか>
ナイは少女たちを引き連れて歩いている男に目を向けた。
男は二十代後半くらい。ガッチリとした大柄な男で無精ヒゲの浮かんだ厳つい顔つきをしている。ただ、どことなく人の良さそうな柔和な雰囲気があった。
孤児院パーティーは未熟な成人したての者たちで組むため、最初は孤児院出身のベテラン冒険者が引率するのが慣例になっている。
男はその慣例通り、少女たちのパーティーを引率しているということなのだろう。
<ふむ。面白そうだ。今日はあの者どもを観察するか……>
自由な野良猫暮らし。
ナイはそれを満喫していた。
ナイは屋根の上を移動して少女たちのパーティーを追いかけ始めた。
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