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第二章

「どうして賢者は死後も問題を残す連中ばかりなのだ……」

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 サントル王国では、大きな問題が発生していた。

 一か月ほど前にこの国所属の唯一人の賢者が死亡したのである。
 当時は他国による暗殺ではないかと騒がれたが、純粋な事故であり、しかもその原因が納得できるものだったため、その騒ぎはすぐに治まった。

 ただ、彼の存在が他国への牽制になっていたことは間違いなく、死亡したことでサントル王国は若干の危機に面しているのである。

 そして……。

 「まだ見つからぬのか?」

 サントル王国の国王、カルロスは執務室で頭を抱えていた。

 「はい。賢者ブリアックの本屋敷、別宅、別荘、騎士団の執務室、学園の部屋、愛人宅に至るまですべて調査しましたが見つかっておりません」
 「……そうか……」

 常に重厚な雰囲気を纏わせ、威厳ある王として知られているカルロス王が弱気になっているのは珍しい。
 報告を上げていた宰相もさすがに渋い表情となっていた。

 彼らが探しているのは賢者ブリアックの遺産だった。
 ブリアックは多数の魔道具と魔法薬を持っていた。 

 それは、彼が各国より回収してきた古代文明の産物であったり、彼自身が開発したものも含まれている。
 強力な効果を持ったものが多く、いずれも国家防衛に役立つものであった。

 賢者という国という枠組みにとらわれない称号を持ちっていたブリアックからは取り上げることは不可能だったが、本人が死亡したのだからその限りではない。
 しかも、ブリアックは家族や親類を持たない天涯孤独の存在だった。
 誰にとがめられることなく、法に従って国家の財産とすることが可能だったのである。

 それらが手に入れば賢者を失って危うくなった国の状況をひっくりかえせる予定だった。

 しかし、それが見つからない。
 
 手の空いている者たちを総動員してブリアックの複数の屋敷を探しまくったのに見つからない。魔法で壁の内側どころか周囲の空間まで探り、無意味と知りつつ庭の土を掘り返して池の水まで抜いて探したのに見つからなかった。

 そもそも、彼の本宅には彼が長年魔法の研究をしていた研究室があるはずだった。
 魔法で出入りが制限されており、誰一人……屋敷の使用人ですら入ったことはなかったが、確かにその存在は確認されていた。
 
 使用人や彼の友人などは彼の私室に扉がありそこから入っていくブリアックを見たと言っていた。

 だがその扉すら見つからないのである。
 彼の英知の詰まった研究資料や実験機材、買い集められた高価な素材もそこにあるはずなのに、何一つ見つからなかった。

 「いったいどこに……」
 「賢者ブリアックは転移魔法の使い手でした。別の場所にある研究室と行き来していた可能性もあります」

 カルロス王の呟きに、宰相は律義に答えた。

 「転移の魔法は距離によって消費魔力が変わります。賢者といえど、それほど遠くに行くことはできないはずです。研究にも魔力が必要ですし、日常的に行き来していたなら、それほど離れた場所ではないはずです」
 「そうか……」
 「いま、王都外でのブリアックの目撃情報を調べさせています。それに基づいて探せばあるいは」

 賢者ブリアックは男性でも惚れそうなほどの美しい見た目の男で非常に目立っていた。
 目撃情報はすぐに集まるだろう。

 「ただ、彼は常識では考えられないような効果を持った魔道具を多数持っていました。その中に遠方へ転移できるものがあった場合は国外の可能性も。その場合は」
 「発見されれば他国にすべてを奪われる。そういうことだな?」
 「はい。それに彼の手記には妖精などの使役に関するものもあります。そうなると全く予測がつきません」

 宰相の肯定の言葉に、カルロス王の顔色がさらに悪くなった。

 「どうして賢者は死後も問題を残す連中ばかりなのだ……」
 「賢者ブリアックは生前は女性問題だけでしたから、他の賢者に比べればかなり良い方です」

 その言葉を聞いて、カルロス王は大きくため息をついた。

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