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第一章
「じゃあ、その、猫から人間になったのも魔法で?」
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ナイはウマウマと干し肉を食べる。
「なるほど、人間の味覚とはこういうものか。同じ干し肉でも味の感じ方が違うのだな」
そんなことを言いながらも、地面に座り込み、細長い干し肉を両手で持って美味しそうに齧っている。
アルベルトたちからすれば塩も香辛料もついていない干し肉はあまり美味しいものではないが、小さな少女が必死に食べている姿は癒される。
どこからどうみても、先ほどまでスプリガンをいたぶり殺していた者と同一人物には見えない。
うやむやの内に全員が車座になって食事をとっていた。
ナイが要求した以上、食事にすることを断ることはできなかったのだ。
場所はそのままダンジョン内の最下層だ。
ダンジョンマスターは一度倒されると倒した者たちが立ち去るまで現れることはない。また倒した者が立ち去るまで、ダンジョンマスターのいる空間は閉鎖されて他の者は入ることができない。
つまり、現在ここは安全な場所と言っていい状態になっていた。
「あの……それで、さっそく話をしたいんだが……」
恐る恐るという感じで、アルベルトがナイに問いかける。
アルベルトも少年少女たちも一応食事をとる状態にはなっているが、疑問がすっきりしない限りは何も喉を通らないらしくほとんど口をつけていない。
なにより、つい先ほどまで死にかけた場所で呑気に食事がとれるほど豪胆ではなかった。
「あっ、すまない。先に礼だな。命を救ってくれて助かった。ありがとう」
胡坐を組んだ状態で、アルベルトは深々と頭を下げた。
「なに、気にすることはない。そもそもお主らがここに落ちたのは我のせいでもあるからな!」
大きな目をさらに大きく見開き、上機嫌でナイは答える。
金色の瞳が、美しく輝いていた。
「その、オレたちと君とは初対面だと思うのだが」
「お主とは二度目だな。彷徨える落とし穴に落ちる直前も入れると三回か?他の者たちも同じようなものだが、そこのポヤポヤした少女には何度も会って世話になったぞ」
「ひゃい!?」
ナイはネリーを指さした。突然話題を振られ、ネリーは奇妙な声を上げた。
全員の視線がネリーに集まる。
「え?わたし、貴女に会ったことなんて?え?」
「一か月ほど前から、何度か食堂の勝手口のところでご馳走になったな。孤児院でも何度かあったことがある」
「そんな覚えないよー?んー?」
ネリーは顎に手を当てて考え込む。そして、皆が注目してしばらく待っているとポンと手を叩いた。
「猫ちゃん!」
思いついて、実に嬉しそうだ。
ネリーの目には漆黒の髪と、金色の目、なにより特徴的な首元を飾っている首輪と金の輝きを持つ宝石が映っていた。
「だから、最初からそうだと言っているだろう?我は猫だ。お主たちがここに落ちる切っ掛けになった黒猫だ」
「いや、そんなわけ……」
シモンが否定をしたものの、だからと言ってナイの主張以外に彼女が何者かを知る手段はない。
「猫ちゃんなんだ?首輪が同じだもんね」
「あ……確かに」
そこまで言われ、全員がやっとナイの首輪に注目した。
その首輪はそう簡単に同じものが手に入るとは思えない。
「でも大きさが……」
「サイズ自動調整の魔法がかかっているからな。主殿……元飼い主がかけた魔法だから優秀だぞ。ただ魔法に耐えられる素材を選んだために無駄に高価になったと嘆いておったがな」
シモンの言葉に返して自慢げにナイが言う。
実際、自慢なのだろう。
大きさの自動調整は地味な魔法だが高度な複合魔法の賜物だった。使える者は一握りだ。自分の主がその魔法を使えたことをナイは自慢したくて仕方ないのだった。
「じゃあ、その、猫から人間になったのも魔法で?」
「いや、アレのおかげだ」
疑いながらも続けざまに質問するシモンに、ナイは干し肉を齧りながらダンジョンの奥を指した。
ナイが指で示した方向にあるのは通路だ。
先ほどまでは鉄格子で閉じられていたが、今は自由に出入りできる状態になっている。
「……ダンジョンコアか……」
唯一、その通路の奥に何があるのか知っていたアルベルトが呟いた。
他の者たちは知識はあるものの、実物を見たことがないためにピンとこなかった。
「そうだ」
「ダンジョンコアに人間になりたいと願っっていうのか!!?」
ナイのあっさりとした肯定に、アルベルトは声を荒げた。それはアルベルトの知っている範囲ではありえないことだった。
「我はお主たちの救命を願っただけなのだがな。どうも心の奥底で人間になりたいという願いを持っていたのをダンジョンコアに悟られたらしい。気付いたらこの姿だ」
「しかし……」
「猫である我の願いをダンジョンコアが叶えるかどうかも分からなかったし、ダンジョンマスターが倒される前に願いを叶えるかも分からなかったのでかなりの賭けだったがな。まあ、結果上手くいったのだから良しとしよう!」
「そんな、ここのダンジョンが猫から人になる様なばかげた願いを叶えたなんてことは……」
アルベルトは唸るように言う。
確かにダンジョンコアは願いを叶えてくれる。しかし、それはダンジョンコアに蓄えられた魔力量に応じてのもので、常識外の願いが叶うことはない。
あきらかに、猫が人間になる様な常識を超えた願いはありえなかった。
それがありえるとするれば、難攻不落で過去に攻略されたことがないダンジョンが初攻略された時ぐらいだろう。
「このダンジョンはかなり昔からまったく攻略されていない割に、初心者ダンジョンに指定されていて入る人間が多いからな。常識では考えられないほど魔力が蓄えられていたのかもしれん。まあ結果論だがな」
ナイは当たり前のように言っているが、入る人間が多いと蓄えられる魔力が多いというのは通説に過ぎない。ただ、ほぼ確信していた。
「……」
アルベルトはこのダンジョンの攻略情報を記憶から引っ張り出そうとする。
しかし、このダンジョンが攻略されたという情報は思い出せなかった。
アルベルトは長年このダンジョンを教育に利用していた。何度も資料に目を通していたし、資料に書かれていたなら目にしたことはあったはずだ。
それでも思い出せないということは、資料に残っていないほど昔なのか、ギルドが必要ないと思って資料に乗せていなかっただけなのか……。
「とにかく」
ナイは干し肉を食べきり、まるで毛づくろいをするように手で顔を拭う。
チラリと、アルベルトを見る。
「眠い。我は寝るぞ」
「なに?まだ聞きたいことがあるんだが……」
ナイはゆっくりとアルベルトに近づいていく。
猫のように、しなやかに、四つ這いで。
「明日にしろ」
「はぁ?」
胡坐を組んでいるアルベルトの膝に手をかけると、そっと……。
「はああああああ?」
「えっ?」
「うわっ」
「はわぁ」
周囲から驚きの声が上がる。
ナイはアルベルトの頬に軽くキスをしたのだった。
ナイとしては、親愛の挨拶程度で、飼い主どころかちょっと親しくなった人間にもよくやっていた行動だった。
しかし、それはあくまで猫だった時の話だ。
猫の習性で、軽く鼻をつける程度のものだった。
人間になった今は、どう見ても少女からの積極的なキスにしか見えなかったが。
「……」
アルベルトは真っ赤になって固まってしまう。
その膝……胡坐を組んでいる上にナイは乗ると、体を丸める。
そして、あっさりと眠ってしまったのだった。
「なるほど、人間の味覚とはこういうものか。同じ干し肉でも味の感じ方が違うのだな」
そんなことを言いながらも、地面に座り込み、細長い干し肉を両手で持って美味しそうに齧っている。
アルベルトたちからすれば塩も香辛料もついていない干し肉はあまり美味しいものではないが、小さな少女が必死に食べている姿は癒される。
どこからどうみても、先ほどまでスプリガンをいたぶり殺していた者と同一人物には見えない。
うやむやの内に全員が車座になって食事をとっていた。
ナイが要求した以上、食事にすることを断ることはできなかったのだ。
場所はそのままダンジョン内の最下層だ。
ダンジョンマスターは一度倒されると倒した者たちが立ち去るまで現れることはない。また倒した者が立ち去るまで、ダンジョンマスターのいる空間は閉鎖されて他の者は入ることができない。
つまり、現在ここは安全な場所と言っていい状態になっていた。
「あの……それで、さっそく話をしたいんだが……」
恐る恐るという感じで、アルベルトがナイに問いかける。
アルベルトも少年少女たちも一応食事をとる状態にはなっているが、疑問がすっきりしない限りは何も喉を通らないらしくほとんど口をつけていない。
なにより、つい先ほどまで死にかけた場所で呑気に食事がとれるほど豪胆ではなかった。
「あっ、すまない。先に礼だな。命を救ってくれて助かった。ありがとう」
胡坐を組んだ状態で、アルベルトは深々と頭を下げた。
「なに、気にすることはない。そもそもお主らがここに落ちたのは我のせいでもあるからな!」
大きな目をさらに大きく見開き、上機嫌でナイは答える。
金色の瞳が、美しく輝いていた。
「その、オレたちと君とは初対面だと思うのだが」
「お主とは二度目だな。彷徨える落とし穴に落ちる直前も入れると三回か?他の者たちも同じようなものだが、そこのポヤポヤした少女には何度も会って世話になったぞ」
「ひゃい!?」
ナイはネリーを指さした。突然話題を振られ、ネリーは奇妙な声を上げた。
全員の視線がネリーに集まる。
「え?わたし、貴女に会ったことなんて?え?」
「一か月ほど前から、何度か食堂の勝手口のところでご馳走になったな。孤児院でも何度かあったことがある」
「そんな覚えないよー?んー?」
ネリーは顎に手を当てて考え込む。そして、皆が注目してしばらく待っているとポンと手を叩いた。
「猫ちゃん!」
思いついて、実に嬉しそうだ。
ネリーの目には漆黒の髪と、金色の目、なにより特徴的な首元を飾っている首輪と金の輝きを持つ宝石が映っていた。
「だから、最初からそうだと言っているだろう?我は猫だ。お主たちがここに落ちる切っ掛けになった黒猫だ」
「いや、そんなわけ……」
シモンが否定をしたものの、だからと言ってナイの主張以外に彼女が何者かを知る手段はない。
「猫ちゃんなんだ?首輪が同じだもんね」
「あ……確かに」
そこまで言われ、全員がやっとナイの首輪に注目した。
その首輪はそう簡単に同じものが手に入るとは思えない。
「でも大きさが……」
「サイズ自動調整の魔法がかかっているからな。主殿……元飼い主がかけた魔法だから優秀だぞ。ただ魔法に耐えられる素材を選んだために無駄に高価になったと嘆いておったがな」
シモンの言葉に返して自慢げにナイが言う。
実際、自慢なのだろう。
大きさの自動調整は地味な魔法だが高度な複合魔法の賜物だった。使える者は一握りだ。自分の主がその魔法を使えたことをナイは自慢したくて仕方ないのだった。
「じゃあ、その、猫から人間になったのも魔法で?」
「いや、アレのおかげだ」
疑いながらも続けざまに質問するシモンに、ナイは干し肉を齧りながらダンジョンの奥を指した。
ナイが指で示した方向にあるのは通路だ。
先ほどまでは鉄格子で閉じられていたが、今は自由に出入りできる状態になっている。
「……ダンジョンコアか……」
唯一、その通路の奥に何があるのか知っていたアルベルトが呟いた。
他の者たちは知識はあるものの、実物を見たことがないためにピンとこなかった。
「そうだ」
「ダンジョンコアに人間になりたいと願っっていうのか!!?」
ナイのあっさりとした肯定に、アルベルトは声を荒げた。それはアルベルトの知っている範囲ではありえないことだった。
「我はお主たちの救命を願っただけなのだがな。どうも心の奥底で人間になりたいという願いを持っていたのをダンジョンコアに悟られたらしい。気付いたらこの姿だ」
「しかし……」
「猫である我の願いをダンジョンコアが叶えるかどうかも分からなかったし、ダンジョンマスターが倒される前に願いを叶えるかも分からなかったのでかなりの賭けだったがな。まあ、結果上手くいったのだから良しとしよう!」
「そんな、ここのダンジョンが猫から人になる様なばかげた願いを叶えたなんてことは……」
アルベルトは唸るように言う。
確かにダンジョンコアは願いを叶えてくれる。しかし、それはダンジョンコアに蓄えられた魔力量に応じてのもので、常識外の願いが叶うことはない。
あきらかに、猫が人間になる様な常識を超えた願いはありえなかった。
それがありえるとするれば、難攻不落で過去に攻略されたことがないダンジョンが初攻略された時ぐらいだろう。
「このダンジョンはかなり昔からまったく攻略されていない割に、初心者ダンジョンに指定されていて入る人間が多いからな。常識では考えられないほど魔力が蓄えられていたのかもしれん。まあ結果論だがな」
ナイは当たり前のように言っているが、入る人間が多いと蓄えられる魔力が多いというのは通説に過ぎない。ただ、ほぼ確信していた。
「……」
アルベルトはこのダンジョンの攻略情報を記憶から引っ張り出そうとする。
しかし、このダンジョンが攻略されたという情報は思い出せなかった。
アルベルトは長年このダンジョンを教育に利用していた。何度も資料に目を通していたし、資料に書かれていたなら目にしたことはあったはずだ。
それでも思い出せないということは、資料に残っていないほど昔なのか、ギルドが必要ないと思って資料に乗せていなかっただけなのか……。
「とにかく」
ナイは干し肉を食べきり、まるで毛づくろいをするように手で顔を拭う。
チラリと、アルベルトを見る。
「眠い。我は寝るぞ」
「なに?まだ聞きたいことがあるんだが……」
ナイはゆっくりとアルベルトに近づいていく。
猫のように、しなやかに、四つ這いで。
「明日にしろ」
「はぁ?」
胡坐を組んでいるアルベルトの膝に手をかけると、そっと……。
「はああああああ?」
「えっ?」
「うわっ」
「はわぁ」
周囲から驚きの声が上がる。
ナイはアルベルトの頬に軽くキスをしたのだった。
ナイとしては、親愛の挨拶程度で、飼い主どころかちょっと親しくなった人間にもよくやっていた行動だった。
しかし、それはあくまで猫だった時の話だ。
猫の習性で、軽く鼻をつける程度のものだった。
人間になった今は、どう見ても少女からの積極的なキスにしか見えなかったが。
「……」
アルベルトは真っ赤になって固まってしまう。
その膝……胡坐を組んでいる上にナイは乗ると、体を丸める。
そして、あっさりと眠ってしまったのだった。
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