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第二章

「アルベルトはそれでいいのか?」

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 アルベルトが水浸しの床を掃除した後に、二人はアパルトマン併設の食堂で朝食をとった。

 食堂はアパルトマンに住んでいる人間は少し割引があるが、普通の食堂と変わらない。
 利点は仕事に出かける前の朝早い時間でも開いているところだろうか。
 もちろんアパルトマンの住人以外も食事をすることができ、朝の時間は混み合っていた。

 食事の後は、予定通り魔剣を使うための訓練にかかる。
 と言っても妖精の庵でやるため、部屋に逆戻りとなった。

 こうやって訓練のための時間が取れるのは、アルベルトが初心者パーティーに同行する以外はずっと暇なおかげだろう。
 結果的にだが、パーティーを追い出されたことで、暇な時間が極端に増えたことが有利に働いている。
 今までのようにパーティーで行動していたなら、こんな時間は取れなかっただろう。

 「よし、この板を持つのだ」
 「え?訓練じゃなかったのかよ?」
 「これが魔剣の訓練の第一歩だ!」

 ナイに促され、精霊の庵に入ったアルベルトは、てっきり外か訓練場で剣を振って訓練するものだと思っていた。
 しかし、その予測に反して、研究室の中で半透明の石板を手渡されたのだった。

 「まず、座れ」
 「こちらにどうぞ。若旦那様」

 シルキーのデントン嬢に促されて、アルベルトは椅子に腰かけた。
 今日、この妖精の庵に来ると、なぜかアルベルトに対するデントン嬢の呼び方が若旦那様に変わっていた。昨日は許されたお客様と呼ばれていたはずだ。

 どうも、ここに来る前に妖精の抜け道の鍵を受け取ったことが影響しているらしい。
 アルベルトの鍵は腕輪型だ。
 剣を振るのに邪魔にならない左手首にはまっている。

 幅広の革の腕輪で、ぴったりとアルベルトの腕に合わせて作られており、激しく動いてもずれたりはしなかった。
 革はなんの素材かはアルベルトにはわからないが爬虫類の鱗模様があり、ナイの首輪と同じ金色に輝く宝石がはまっていた。その金色の宝石の周囲にはいくつかの小さい宝石が囲んでいる。

 金色の宝石が妖精の抜け道の鍵になる魔法石で、ナイの解説によると、その周囲にあるのは補助魔法の魔法石らしい。
 いずれにしても、この腕輪も高価なもので、アルベルトのようなただの冒険者が持つには不相応なものなのだろう。
 受け取るときにアルベルトは少し戸惑ったが、ナイが目を輝かせてはめるのを待っていたのでアルベルトはありがたく受け取ったのだった。

 「それで、これはなんだ?どうすればいいんだ?」
 「その板は魔力操作の練習板だ。賢者ブリアック考案の画期的なものだぞ!魔剣を正しく使うには魔力操作が重要だからな。少なくとも狙った場所に狙った量を流せるようになってもらう」
 「それで?」
 
 アルベルトは受け取った板を裏返したりしながら眺めていた。

 「その板を両手で持って魔力を流せば、板の表面に黄色い光点が現れる。その光点に重なるように意識して魔力を流すのだ。最適な位置に、最適な量で魔力を流せれば黄色い光点が青い光点に変わる。失敗すると赤い光点に変わる。それだけだ」
 「なるほど」

 言われたとおりに両手で板を持ち、魔力を流してみた。
 アルベルトは魔法の才能はないが、それでも魔力を少し流すくらいならできる。というか、その程度しかできなかった。
 もちろん、アルベルトも魔法にあこがれを持って練習していた頃もあったのだが、それ以上に成長しなかったのだ。
 
 アルベルトが魔力を流すと、板の表面に黄色い光点が現れた。

 「これを意識して魔力を流せばいいのか?意識して魔力を流すっていうのがよく分らぁああああああああ!!」

 呑気に会話していたアルベルトが突然叫んだ。
 絶叫である。

 「失敗すると痛みが走るからな。気を付けろ」
 「なっ!あ、え?手が離れないぞ!!」

 アルベルトは激痛に襲われて板から手を放そうとするが、指の力を抜いても振り回しても板は手から離れなかった。

 「一度魔力を流すと、一定時間が経過するまで手がくっ付くようになっている。ほら、次の光点が現れたぞ」
 「え?待て、止めろ!」
 「意識を集中しろ。成功すれば問題ない」

 ナイは絶叫するアルベルトを見て爆笑していた。
 アルベルトは涙目だ。
 デントン嬢だけは、柔らかな笑みを浮かべて見守っているだけで平常運転だった。

 「てめぇ!覚えてろよ!あとでぇええええ!!」
 「集中しろ」
 「てめえ、もうやめだ!変態メス猫!お前も、こんなもん作った賢者も最悪だ!!」

 アルベルトの本気の叫びに、ナイはクククと声を潜めて笑った。
 そして痛みに耐えているアルベルトに擦り寄ると、その汗の流れる頬に白い手を当てる。
 
 「アルベルトはそれでいいのか?」
 「はぁ?」
 
 アルベルトにとって、手にくっ付いている魔力操作の練習板は拷問道具でしかない。
 魔力をうまく操作できず、ひたすら痛みだけを与えてくるのだから。
 やめる以外の選択肢は頭に無く、ナイの言っている意味が分からなかった。

 「この訓練をやめれば、力は手に入れられないのだぞ?お主も冒険者であれば強大な力を手に入れ、それを凡人たちに見せつけて栄誉を手にすることを望んだことがあるだろう?それが目の前に転がっているのに諦めるのか?」

 その言葉に、アルベルトは息を飲む。
 痛みに耐えて歯を食いしばっていた所為で、グゥと喉が音を立てた。

 「この痛みは身を傷つけている訳ではなく、幻だ。その幻に耐え、目の前の板に集中し、魔力操作を覚えるだけで魔剣の力を万全に使いこなせるようになるのだ。目的地が見えているというのに、男がちょっとした痛みで先に進むことを諦めるのかと聞いているのだ?」
 「……」

 ナイは正面からアルベルトの顔を覗き込む。
 金色の瞳にはアルベルトの苦悶の表情が映っていた。
 その表情はただ痛みに耐えているだけではなく、ナイの言葉によって葛藤して苦しんでいるようにも見えた。

 「力を得れば、孤児院の子供たちも守れるぞ。儲けることもできて、生活に余裕も持たせられる。満足いく教育を受けさせることで将来の不安も拭えるぞ」
 「……わかった。続ける。ちゃんとしたやり方を教えろ」
 「流石だな。そう言ってくれると思ったぞ」

 アルベルトの表情が、覚悟を決めたものに変わった。
 ナイは、アルベルトの汗の浮かぶ額に桜色の唇を寄せた。

 その後、アルベルトはナイの詳しい説明を受けて訓練を続けた。

 <苦痛で判断力を狭め、都合よく思考を誘導する。主殿が使っていた手法だ。まだ迷いがあるようだから最後の一押しに使ってみたが、ここまで上手くいくものとはな>

 ナイがそんなことを考えていたなど、アルベルトは知る由もない。
 
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