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第二章

「ふふ。欲情しておるのか?本当に人間はいつでも欲情できるのだな。かまわぬぞ?」

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 結局、その日の夜はナイは精霊の庵から帰ってこなかった。
 そこはかとなく不安を感じつつも、同じ場所で寝ずに済んだことにホッとしながらアルベルトは眠りについたのだった。




 そして朝。
 アルベルトは寝返りを打とうとして上手くできないなくて目を覚ます。

 寝ぼけながらも状況を確認すると、足の上に何かが乗っているような重みを感じた。

 「……なんだ?」

 首を持ち上げて下半身を見ると、布団が不自然に盛り上がっていた。

 「まさかな」

 嫌な予感があるものの、それを信じたくなかった。
 そして、一気に布団を剥ぐ。

 「!!」

 一気にアルベルトの顔から血の気が引く。

 そこにいたのはナイだった。
 アルベルトの嫌な予感は大当たりだった。
 寝ている間にベッドに潜り込んできたのだろう、アルベルトの足の間に挟まって体を丸め、太腿を枕にして寝ている。
 
 アルベルトはパンツのみ。ほとんど裸だ。
 それをまったく気にする様子もなく、アルベルトの太腿に腕を絡ませて気持ちよさそうに眠っていた。

 アルベルトのゴツゴツとした下半身にナイの流れるような髪が広がり、水の流れのようだ。
 浅黒い肌との対比でナイの肌はさらに白く見え、まるで輝いているようだった。

 「うぐぅ」

 アルベルトは叫びにならない奇妙な音を喉から漏らした。
 ドドドドドドドと、心臓は激しく脈打ち、一度引いた血の気を過剰なまでに送り出して全身を真っ赤に染めていった。
 アルベルトは血管が切れて頭が吹き飛ぶんじゃないかと思えるほど頭に血が上り、めまいを覚えた。

 「なっ!!」

 なんでこんなところで寝てるんだ!と叫びたかったが、声が出なかった。
 
 その時、ナイの目がゆっくりと開いていく。
 アルベルトは高鳴っている心臓の音がナイを目覚めさせたと思い手で胸を押さえるが、もちろんそんなことでその高鳴りが止まるはずもなかった。

 金色の瞳が姿を現し、真っ赤になっているアルベルトの顔に向けられる。
 ナイは軽く握った手で軽く自分の顔を撫でると、大きく口を開いて欠伸をした。

 「なんだ、起きたのか」
 「なんでこんなところで寝てるんだよぉ!」

 先ほど出なかった叫びが、やっと出た。
 しかし、身体は固まったように動かせなかった。

 「……昔からお気に入りの場所だ。身体がすっぽり収まって、暖かくて気持ちいい」

 いきなり詰問され、ナイは不機嫌に答える。
 自分の股の間から上目遣いで睨まれ、アルベルトは耐え切れずに目を逸らした。

 「昔からって……ああ、猫!そうか、猫はそういうことするよな!猫だもんな!そう、猫だった。猫だ!」

 ここにきてやっと、アルベルトはナイが猫だったことを思い出す。
 猫が暖かい寝場所を求めて飼い主の布団に潜り込み、添い寝したり上に乗ったり股の間で寝たりすることはよくある。
 
 アルベルトは<これは猫だ、これは猫だ、これは猫だ>と、自分を落ち着かせるための呪文を心の中で繰り返した。 

 「何を焦っておるのだ?む?」

 ナイは自分のすぐ横にある、硬いものに気づいて目をやる。
 そして形の良い目を細め微笑んだ。

 「ふふ。欲情しておるのか?本当に人間はいつでも欲情できるのだな。かまわぬぞ?」
 「ばっ、馬鹿野郎!それは朝の生理現象で、欲情してるわけじゃ!それにお前は猫!というより、まだガキだろ!オレは大人だぞ!お前なんかに欲情するわけないだろ!どけ、降りろ、オレから離れろ!!」

 アルベルトは叫びながらもナイには手を出さず、身動きすらできない。
 今、触れたら何かが終わりそうな気がしていた。

 「……つまらぬな」

 一言呟き、ナイは興味をなくしたように表情を消した。そして、ベッドから降りる。
 それと同時に、アルベルトは飛び起きて洗面場に走っていった。
 
 水瓶に溜めてある水に、頭から突っ込む。
 それから数十秒、水瓶の水はアルベルトの荒い息で激しく泡立った。

 「ぷは!」

 アルベルトが頭を上げると周囲に水が飛び散る。
 頭から滴る水は、アルベルトの身体どころかパンツまでぐっしょりと濡らした。
 周囲の床も水浸しだ。

 アルベルトは眉の下がった情けない顔で周囲の散々な状況を見渡し、肩を落としてため息を漏らすのだった。
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