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第二章
「それ?ああ、これはお前らの装備だ」
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アルベルトと初心者パーティーはダンジョンに入った後は長期の休暇をするようにしている。
これはダンジョンで戦った後は思わ身体の不調がある可能性があるからだ。
直後は興奮状態で気付かないが、後になって身体の調子がおかしくなることがあるのだ。
特に初心者の場合はその傾向が高く、数日経ってから関節や筋肉に違和感を感じだすものもいた。
冒険者を続けていけばそういったことも少なくなるが、それでも無くなるわけではなく、ベテラン冒険者でも事情がない限り激しく戦った次の日は身体を休めるのが普通だ。
もちろん、休暇と言っても個々の訓練は続けており、純粋な休みとは言いにくい。
それに、初心者の場合は生活のために他の仕事をしている者も多くいるため、結局は戦闘行為をしないというだけに過ぎなかった。
そして、ナイとアルベルトたちが出会ってから十日後。
「今日どうするんだろうね」
「ゴブリンダンジョンは閉鎖されてるんだろ?それに、オレたちはどっちにしても入れないし」
そう言いながら、ヴァネッサとシモンは同時に果実水の入ったカップに口を付けた。
初心者パーティーのメンバーたちは冒険者ギルド併設の飲み屋でアルベルトが来るのを待っていた。
飲み屋と言っても待ち合わせなどに利用されるためアルコールの入っていない飲み物も充実しているし、出発前に腹を満たすための食べ物もある。
椅子がなく背の高いテーブルだけの立食形式なのも、飲み過ぎを防止するためだろう。
「え?ダンジョンに入れないの?」
ネリーがミルクの入ったカップを両手で傾けながら尋ねた。
「オレたちは何にもできなかったけどさ、一応あのダンジョンを攻略したパーティーの仲間って扱いになってるだろ?攻略したダンジョンには入れなくなるんだよ。知らなかったのか?」
モーリスが説明しながらも『何もできなかった』と言うときに少し悔しそうな表情を浮かべた。
モーリスはアルベルトに指導してもらって強くなったつもりだったが、スプリガンを前にして身体がすくみ、本当に何もできなかったのだ。
それが悔しくて、この十日間も過剰なくらいの自主訓練を寡黙に続けていた。
彼が説明したとおり、攻略したダンジョンには、攻略に参加した人間はダンジョンコアの力で入れなくなってしまう。理由は不明だが、冒険者の中では常識だった。
「そっかー。じゃ、今日は何するの?」
「西の森にでも行くんじゃないか?ダンジョンほどじゃないけど、あそこも弱めの魔獣がよく出るらしいし。森の索敵はダンジョンとまた違うからやりがいあるし、そうだとありがたいな」
ネリーはあの後もあまり変わらない。相変わらずどこかポヤポヤした雰囲気を漂わせている。
なんだかんだ言って、彼女が一番精神的に強いのかもしれない。エルフは繊細な者が多いと聞くが、その血が入っているはずの彼女にはその欠片も繊細さはない。
猫から人間になったナイを最初に受け入れたのも、彼女だった。
シモンはモーリスと同じく思うところがあったのか、索敵と罠解除の訓練の量を増やしていた。
以前のより、おちゃらけた雰囲気が少し落ち着いてきていた。
「今日会ってから相談するんじゃない?アル兄ィも忙しいみたいだし、孤児院にも全く来なかったから今日まで相談できなかったんだよねぇ」
ヴァネッサはため息交じりに言ったが、アルベルトの事情も理解している。
どう見てもトラブルメーカーのナイを受け入れたことで、孤児院に顔を出すどころではなかったのだろう。
ヴァネッサの言葉は愚痴のように聞こえたが、実のところあのナイに巻き込まれているアルベルトを心配してのものだった。
「ナイちゃんも来るのかな?来るよね?ナイちゃんかわいいもん!」
そんなヴァネッサの内心も知らず、ナイと仲良くなったネリーは明るい。
「……お、おい……あれ……」
不意に、モーリスが声を上げた。
視線の先は冒険者ギルドの入り口に向いている。
残りの三人もそちらに視線を向けると、冒険者ギルドにいた周囲の者たちの視線もそちらに向いていた。
「よお!すまん、待たせたな!」
そう声を上げながら歩いてくるのはアルベルトだ。
しかし……。
アルベルトは肩にナイを乗せていた。
肩車ではない。
左肩に腰かけるように、ナイが乗っているのである。
アルベルトは落ちないようにナイの足を片手で支え、ナイはというと、アルベルトの頭を抱きかかえるようにて腕を絡ませていた。
時々、アルベルトの髪の匂いを嗅いだり、頭を摺り寄せたり、毛繕いをするように髪を舐めたりしているが、アルベルトはまったく気にしていない。
アルベルトが初心者パーティーのテーブルに近づいてくると、それに合わせて周囲の視線も動く。
これ以上ありえないくらい、冒険者ギルドにいる人間たちの注目を集めていた。
「……アル兄ィ……それは……?」
「それ?ああ、これはお前らの装備だ」
モーリスは肩に乗っているナイについて尋ねたつもりだったが、アルベルトは持っていた荷物を掲げて見せた。
荷物は大きな布袋で、動かすとガチャリと音を立てる。
「その、ナイが作ってくれたんだ。後で見せるから楽しみにしとけ」
冒険者ギルドの中なのでアルベルトは声を落として初心者パーティーに告げたが、それよりも皆、ナイの状態が気になった。
「久しぶりだな!」
自分の名前を呼ばれたことでナイも目の前の状況に気づいたのか、初心者パーティーにやっと声をかけた。
アルベルトはそんなナイに対して笑顔を浮かべ、頭を軽くなでる。
「えと、久しぶり」
「ひさしぶり……」
「おはよう」
「久しぶりだね!」
そんなアルベルトとナイに、モーリスたちは戸惑い弱々しく挨拶を返したが、唯一ネリーだけが通常運転で溢れんばかりの笑顔だった。
「今はダンジョンに入れないからな。今日は南の平原に行くぞ。新しい装備の具合を確かめたいしな……って、今日はやけに静かだな。なんかあったのか?」
アルベルトたちが入ってきてから、冒険者ギルドの中は静まり返っていた。
皆、無言でアルベルトとナイを注目していた。
アルベルトは周囲を見渡すが、誰もが目が合いそうになると、サッと目を逸らした。
アルベルトはその間も、自然な動作でナイの身体を撫でていた。
「……いや、何もないと思うけど……アル兄ィ、移動しようか」
居たたまれなくなったヴァネッサがそう提案し、アルベルトは不思議な状況に首をかしげながら同意した。
そしてアルベルトたちが出ていくと、冒険者ギルドは大騒ぎとなる。
こうして、瞬く間にアルベルトは少女愛好者のレッテルを貼られたのだった。
これはダンジョンで戦った後は思わ身体の不調がある可能性があるからだ。
直後は興奮状態で気付かないが、後になって身体の調子がおかしくなることがあるのだ。
特に初心者の場合はその傾向が高く、数日経ってから関節や筋肉に違和感を感じだすものもいた。
冒険者を続けていけばそういったことも少なくなるが、それでも無くなるわけではなく、ベテラン冒険者でも事情がない限り激しく戦った次の日は身体を休めるのが普通だ。
もちろん、休暇と言っても個々の訓練は続けており、純粋な休みとは言いにくい。
それに、初心者の場合は生活のために他の仕事をしている者も多くいるため、結局は戦闘行為をしないというだけに過ぎなかった。
そして、ナイとアルベルトたちが出会ってから十日後。
「今日どうするんだろうね」
「ゴブリンダンジョンは閉鎖されてるんだろ?それに、オレたちはどっちにしても入れないし」
そう言いながら、ヴァネッサとシモンは同時に果実水の入ったカップに口を付けた。
初心者パーティーのメンバーたちは冒険者ギルド併設の飲み屋でアルベルトが来るのを待っていた。
飲み屋と言っても待ち合わせなどに利用されるためアルコールの入っていない飲み物も充実しているし、出発前に腹を満たすための食べ物もある。
椅子がなく背の高いテーブルだけの立食形式なのも、飲み過ぎを防止するためだろう。
「え?ダンジョンに入れないの?」
ネリーがミルクの入ったカップを両手で傾けながら尋ねた。
「オレたちは何にもできなかったけどさ、一応あのダンジョンを攻略したパーティーの仲間って扱いになってるだろ?攻略したダンジョンには入れなくなるんだよ。知らなかったのか?」
モーリスが説明しながらも『何もできなかった』と言うときに少し悔しそうな表情を浮かべた。
モーリスはアルベルトに指導してもらって強くなったつもりだったが、スプリガンを前にして身体がすくみ、本当に何もできなかったのだ。
それが悔しくて、この十日間も過剰なくらいの自主訓練を寡黙に続けていた。
彼が説明したとおり、攻略したダンジョンには、攻略に参加した人間はダンジョンコアの力で入れなくなってしまう。理由は不明だが、冒険者の中では常識だった。
「そっかー。じゃ、今日は何するの?」
「西の森にでも行くんじゃないか?ダンジョンほどじゃないけど、あそこも弱めの魔獣がよく出るらしいし。森の索敵はダンジョンとまた違うからやりがいあるし、そうだとありがたいな」
ネリーはあの後もあまり変わらない。相変わらずどこかポヤポヤした雰囲気を漂わせている。
なんだかんだ言って、彼女が一番精神的に強いのかもしれない。エルフは繊細な者が多いと聞くが、その血が入っているはずの彼女にはその欠片も繊細さはない。
猫から人間になったナイを最初に受け入れたのも、彼女だった。
シモンはモーリスと同じく思うところがあったのか、索敵と罠解除の訓練の量を増やしていた。
以前のより、おちゃらけた雰囲気が少し落ち着いてきていた。
「今日会ってから相談するんじゃない?アル兄ィも忙しいみたいだし、孤児院にも全く来なかったから今日まで相談できなかったんだよねぇ」
ヴァネッサはため息交じりに言ったが、アルベルトの事情も理解している。
どう見てもトラブルメーカーのナイを受け入れたことで、孤児院に顔を出すどころではなかったのだろう。
ヴァネッサの言葉は愚痴のように聞こえたが、実のところあのナイに巻き込まれているアルベルトを心配してのものだった。
「ナイちゃんも来るのかな?来るよね?ナイちゃんかわいいもん!」
そんなヴァネッサの内心も知らず、ナイと仲良くなったネリーは明るい。
「……お、おい……あれ……」
不意に、モーリスが声を上げた。
視線の先は冒険者ギルドの入り口に向いている。
残りの三人もそちらに視線を向けると、冒険者ギルドにいた周囲の者たちの視線もそちらに向いていた。
「よお!すまん、待たせたな!」
そう声を上げながら歩いてくるのはアルベルトだ。
しかし……。
アルベルトは肩にナイを乗せていた。
肩車ではない。
左肩に腰かけるように、ナイが乗っているのである。
アルベルトは落ちないようにナイの足を片手で支え、ナイはというと、アルベルトの頭を抱きかかえるようにて腕を絡ませていた。
時々、アルベルトの髪の匂いを嗅いだり、頭を摺り寄せたり、毛繕いをするように髪を舐めたりしているが、アルベルトはまったく気にしていない。
アルベルトが初心者パーティーのテーブルに近づいてくると、それに合わせて周囲の視線も動く。
これ以上ありえないくらい、冒険者ギルドにいる人間たちの注目を集めていた。
「……アル兄ィ……それは……?」
「それ?ああ、これはお前らの装備だ」
モーリスは肩に乗っているナイについて尋ねたつもりだったが、アルベルトは持っていた荷物を掲げて見せた。
荷物は大きな布袋で、動かすとガチャリと音を立てる。
「その、ナイが作ってくれたんだ。後で見せるから楽しみにしとけ」
冒険者ギルドの中なのでアルベルトは声を落として初心者パーティーに告げたが、それよりも皆、ナイの状態が気になった。
「久しぶりだな!」
自分の名前を呼ばれたことでナイも目の前の状況に気づいたのか、初心者パーティーにやっと声をかけた。
アルベルトはそんなナイに対して笑顔を浮かべ、頭を軽くなでる。
「えと、久しぶり」
「ひさしぶり……」
「おはよう」
「久しぶりだね!」
そんなアルベルトとナイに、モーリスたちは戸惑い弱々しく挨拶を返したが、唯一ネリーだけが通常運転で溢れんばかりの笑顔だった。
「今はダンジョンに入れないからな。今日は南の平原に行くぞ。新しい装備の具合を確かめたいしな……って、今日はやけに静かだな。なんかあったのか?」
アルベルトたちが入ってきてから、冒険者ギルドの中は静まり返っていた。
皆、無言でアルベルトとナイを注目していた。
アルベルトは周囲を見渡すが、誰もが目が合いそうになると、サッと目を逸らした。
アルベルトはその間も、自然な動作でナイの身体を撫でていた。
「……いや、何もないと思うけど……アル兄ィ、移動しようか」
居たたまれなくなったヴァネッサがそう提案し、アルベルトは不思議な状況に首をかしげながら同意した。
そしてアルベルトたちが出ていくと、冒険者ギルドは大騒ぎとなる。
こうして、瞬く間にアルベルトは少女愛好者のレッテルを貼られたのだった。
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