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第三章

「貴様との婚約を破棄する!」

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 「貴様との婚約を破棄する!!」

 第二王子フリアンの声が広間に響き渡った。
 ここは王城の『緑の広間』。広間としては中ほどの大きさで、国内の貴族のみで行われる夜会用の広間である。

 時はすでに夜。
 天井には魔道具によって煌々と光るシャンデリアが飾られ、昼と変わらない明るさを保っている。
 令嬢たちのドレスは鮮やかで、まるで咲き誇る花のようだった。

 この夜会はダンジョンから溢れた魔獣を撃退できたことを祝う祝宴だ。
 ただ、昼間に行われた謁見のごたごたのせいで、国政にかかわる高位貴族の一部は出席していなかった。

 「な!突然なにをおっしゃるのですか!フリアン殿下っ!!」

 突然の発言に、公爵令嬢であるソニアは戸惑いの声を上げる。
 良く通るその声は、第二王子の声よりもはるかに多くの注目を集めることとなった。
 
 「貴様は王家に名を連ねるものとして相応しくない!」
 「何故ですか!!?」
 「決まっておるだろう!虐めをするような人間は許されないからだ!」

 第二王子は横に立っていた令嬢の肩を抱いた。
 その令嬢は第二王子が最近寵愛していた男爵令嬢だった。
 男爵令嬢は生まれたての小鹿のように不自然なまでに震えている。

 「ロレーナ、もう怯える必要はない。君を虐めるやつはもういなくなる」
 
 男爵令嬢も第二王子に答えるように、その身体をしっかりと密着させた。

 「貴様がロレーナを虐めていいたことは分かっている!貴様は婚約破棄の上、国外追放とする!!」
 「そんな!わたくし、虐めてなどおりません!」
 「きゃっ」

 公爵令嬢ソニアが声を上げた絶用のタイミングで、男爵令嬢はかわいらしく悲鳴を上げて身をすくめて見せた。

 「嘘を言うな!」
 「嘘ではありません!」

 第二王子と公爵令嬢は睨み合う。
 第二王子は勝ち誇ったような微笑みを浮かべ、侯爵令嬢は突然の婚約破棄に抵抗するため限界になっているのだろう、令嬢にあるまじきことだが必死の表情でその目に涙を溜めている。
 手にしている羽根扇は握りしめられ、今にも折れそうだった。

 「ふふふ……そんなことは分かっている!嘘をついているのはロレーナだ」
 「はい?」
 「ふえっ?」

 第二王子の意外な言葉に、公爵令嬢どころか男爵令嬢まで奇妙な声を上げた。
 この様子を伺っていた周囲の貴族たちも驚きに目を剥いている。

 「私は貴様のようなプライドだけは高くて可愛げのない女を妻になどしたくなかったのだ。そんな時にロレーナが現れた。ロレーナはお前を落としいれて私の妻になろうと計画していたからな。それを利用させてもらうことにした」
 「……あの、フリアン殿下……?」

 いきなりの告白だ。
 しかし第二王子はどこか自慢げに言葉を続ける。周囲の目は奇妙なものを見るような、困惑と好奇心の入り混じったものに変わっていた。

 「ロレーナは微弱ながらも魅了の魔法を使っていたからな。貴様が国外追放された後に魅了魔法が判明するという筋書きだ。魅了魔法を使われていたことで私はお咎めなし、ロレーナは拷問の末に死ぬ筋書きになっている」
 「そんな!わたくしは魅了魔法など使っておりません!」

 男爵令嬢は突然自分に向いた言葉の矛先に、彼の腕を振り払って距離を取った。

 「それは、わたくしですわ。フリアン殿下に浮気させれば、有利な条件で婚約破棄ができると思いましたので」
 「はい?」

 今度は公爵令嬢が当然といった風にあり得ないことを話し始めた。
 先ほどまでの混乱した様子が嘘のように、その言葉は落ち着いていた。

 「だって、こんなバカ王子と一生添い遂げるなどありえませんでしょ?私のことを愛さないくせに束縛だけは強くて。結婚後も愛人を作らせてもらえそうにありませんし」
 「何を言って」
 「だから、貴方の母の形見のネックレスに、フリアン殿下を魅了する魔法を仕込んだのですわ。フリアン殿下を魅了できればよし、バレてお馬鹿な男爵令嬢が殺されるもまたよしの、どうなってもわたくしに得のある計画のはずでしたのに。まさか、逆手に取って、わたくしを国外追放しようとするとは予想外でしたわ」
 
 男爵令嬢は驚きのあまり交互に第二王子と公爵令嬢を見つめている。
 
 「そんな。私はただ第二王子に近づいて、高慢ちきなソニアを引きずり落とせば王族の一員になれて贅沢し放題だと思っただけなのに!」

 男爵令嬢は床に座り込み、本気で泣き始めた。

 「公爵令嬢が男爵令嬢を虐めたところで、よほどのことがないと罪に問えないですわよ?それだけの身分さがありますもの。フリアン殿下はそこを強引に進めるおつもりのようでしたけど」
 「一応、最後の後押しとしてこの婚約破棄劇の後に、ロレーナが暗殺者に命を狙われる算段になっておる。調査するとソニアが裏組織とつながって、貴様の罪が露見して国外追放が確定となる裏工作済みだ。もちろん私の仕込みだと分からぬようにしてあるので、本気の暗殺者にロレーナが殺されていたかもしれんがな」
 「もうやだ……」

 泣き叫ぶ男爵令嬢だけの声が響き渡る。
 周囲で見ていた者たちは、誰一人としてこの異様な状況についていけなかった。

 ……この喜劇の舞台であった場所が謁見の間の下……それも魔剣が突き刺さって魔法陣が展開されている真下であることに、今の時点で気付いた人間はいない。
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