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第三章

「祝福を」

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 この場で平民が勝手に口を開くのは無礼な行為だ。

 しかし、ナイの言葉は国王や式典を進行している文官に向けられたものではなく、近づいてきた近衛騎士へのものだ。
 ギリギリ、無礼になるかならないかの境目くらいの、微妙な位置である。
 まあ、無礼打ちでもされかけたなら、全員に魔法をかけて逃げればいいかと適当に考えているナイである。

 「……なんだ?」

 近衛騎士は怒ったような響きを含んでいた。
 近衛騎士ともなれば下位とはいえ騎士爵を持っている。気安く声をかけられる存在ではない。

 「そのように怒気を含ませなくても、献上については私どもも了承しております。ただ、我がパートナーであるアルベルト以外がその魔剣に触れると危険だと忠告しておきたいと思っただけでございます」
 「なに!?」

 ナイの言葉で、謁見の間が騒めいた。
 ナイはというと、普通の娘のような話し方が上手くいっていることに一人感動していた。

 「その魔剣はダンジョンコアから与えられたもの。ダンジョンコアが個人に与えたものは、その個人の手を離れると呪いを放ち元の持ち主の下に戻ろうとする性質があるとか。ご注意ください」

 ナイは頭を下げたまま横を向いて近衛騎士に笑いかける。
 その笑顔に騎士はわずかに怯んでアルベルトの魔剣を奪おうとしていた手を止めた。

 「小娘!そのようなこと、当然ながら我らも知っておる!!」

 並んでいた貴族たちの列から、一人の男が躍り出た。
 その男にナイは見覚えがあった。

 <む。どこかで見た顔だな。魔導士のようだが……>

 見覚えはあったが、どこの誰だかまでは思い出せない。
 名前を憶えていない程度なら、どうせ賢者ブリアックに関係していた有象無象の内の誰かだろうと考えるのをやめた。

 「そうですか」
 「小娘!お前ごときが考えるようなことはこの魔道騎士団装備部の部長、ウーゴ・メラス伯爵がすでに理解し対策を取っておる!ここにはこの国最高の魔法封じがかけられている場所だ。他国が全力で仕掛けてた魔法であっても封じることができるものだ。たかが剣一本に込められた魔法など恐れるる必要なない!」

 まるで舞台俳優のように大仰に言ってのけた。
 近衛騎士は国王の顔を伺い、国王が小さく頷くのを見てからアルベルトの腰の魔剣に手をかけた。

 「差し出がましい口をききましたね」

 またナイが話したことで、近衛騎士の動きがまた止まった。

 「この国の安寧を願うゆえの言葉でした。お許しください。ただ、忠告させていただいたこと、努々お忘れにならないように」
 「……」

 近衛騎士は少し考えた後に、アルベルトの魔剣を手に取った。
 そして、何事も起こらないことを確認してから、慎重にベルトから魔剣を取り外す。

 「ふう……」

 ナイの脅しが効いたのだろうか、近衛騎士の動きは腫物に触るような繊細でゆっくりとしたものだった。
 近衛騎士は魔剣を手に、国王の玉座の前に進み、片膝を付くと国王に魔剣を捧げ上げた。

 「……これで式典のすべてが終了した。アルベルトよ、下がることを許す」

 文官の声が響き、アルベルトとナイは謁見の間を退出した。
 
 <魔剣を取り上げればもう用無しか。淡白なものだな。さて、魔剣に仕込んだ魔法はこの国に益となるか街となるか……>

 「祝福を」

 謁見の間を出る瞬間、ナイは最後の言葉を伝える。
 その声を聴いたのは、横を歩くアルベルトだけだ。
 アルベルトは起こったことに対応しきれず、先ほどまでかけられていた麻痺の魔法の効果が残っていたこともあって呆然としていたが、その言葉を聞いた途端に眉間を寄せて嫌そうな表情ナイに向けた。

 「うお!」

 ナイの後ろで近衛騎士の叫び声が響く。
 近衛騎士は捧げていた魔剣を支えきれず、両手で抱えだす。

 「な、なんだ!急に重く……もうダメだ!」

 近衛騎士の手から魔剣が滑り落ちる。
 滑り落ちた魔剣は切っ先から床へと落ちていく。

 床は大理石だ。
 それに魔剣は鞘に入った状態で紐で結わえてある。
 誰もが魔剣は床に転がるものだと思ったが、結果は違っていた。

 キンという甲高い音とともに、魔剣は鞘を割り大理石の床に突き刺さったのだった。

 鞘はきれいに二つに分かれ、弾けるように飛んで行く。それは見事に放物線を描き、成り行きを見つめていた貴族たちの足元に転がった。
 剥き身となった魔剣は大理石に深く、刀身の半ばまでを食い込ませたのだった。

 「いったい何が!」

 この異常事態にその場にいたすべての人間の目が剣に集まる。
 その瞬間、魔剣から光が発せられ、それは魔法陣の形となった。
 数メートルの広さに広がる魔法陣は、床へと紅色の光を落とす。

 「なぜ魔法封じが発動しない!?」

 苛立った声の主は、魔道騎士団装備部の部長ウーゴ・メラス伯爵のものだったが、それに答えられる人間はすでに謁見の間を退出していた。
 
 
 
 
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