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第三章

「これで契約は成立した。さあ、狩りの時間だ!」

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 「まず、助けるための条件だが、今後一切、我とアルベルトに干渉しないでもらおう。今回の顛末を口外するのも禁止だ。記録も残すな」

 ナイは指を一本立てる。
 あくまでこれは条件だ。アルベルトと魔剣の実力はダンジョンから溢れた魔獣を屠ることで示してしまっているが、今回はナイの実力も見せなければならない。
 そうなれば王国をはじめ、ありとあらゆる権力者が取り込もうとするに違いなかった。
 それを避けるための条件だ。

 「次に、報酬だな。知っているかもしれんが、このアルベルトは孤児院の出身だ。孤児院のことを気にかけている。そこで、王都の孤児院の経営権と王都の近くに新しく施設を建てられる土地が欲しい」
 「こ……孤児院の経営権?そんなもの……」

 そんなもの、どうするというのだろう?
 国王は首を捻った。
 孤児院の経営権など、むしろ負債といっていいようなものだ。下手に手に入れるとひたすら出費がかさむだけで何の利益もない。
 だからこそ、孤児院のほとんどは国営となっていた。
 時々奇特な道義心溢れる貴族が経営することがあるが、完全に無償の奉仕であり利益があったなどと聞いたことはない。

 「国営だと手出しできない部分があるからな。徹底的に手を入れて孤児たちを助けるためには必要なのだ。法を守って運営するだけだから、細かいことは気にするな」
 「はあ……」

 法を守るということは、人身売買などの、孤児院を隠れ蓑にしやすい違法行為をする気もないということだろう。
 報酬とは言えない報酬に、気の抜けたように国王は頷いた。

 「そうそう、アルベルトから取り上げた魔剣も返してもらうぞ。あれは本来はアルベルトのものなのだからな。それに、ここに置いておいても不運しか呼び寄せぬぞ?」
 「それは……確かに」

 今の状況は間違いなくあの魔剣が呼び寄せたものだろう。状況から間接的でしかないが、原因になったのは間違いない。
 その価値に目がくらんだが、やはりダンジョンコアの魔剣に手を出すべきではなかったのだ。
 国王は一も二もなく大きく頷くと、了承して見せた。

 「これが我の要求する対価だ。かまわぬか?」
 「もちろんだ!助けてくれ!」

 命の対価としては、国王にとっては安すぎる対価だった。
 国王の言葉にナイはニッコリとほほ笑むと、パチリと指を鳴らした。

 「?」

 指が鳴っても何も起こらない。
 全員が戸惑う中、不満げにナイがアルベルトの胸を肘で突く。
 
 「ん?なんだ?」
 「あれを出せ、あれを」
 「あれ?なんだ、ちゃんと言えよ。指を鳴らされても分からないぞ?」

 合図の意図が伝わらなかったらしい。
 せっかくカッコよく決めたのに……と文句を呟いているナイを無視して、アルベルトは腰のポーチから一枚の羊皮紙を取り出した。

 「契約書だ。貴族の口約束を信じるほど馬鹿なことはないからな。書類にまとめてきた。先ほどの対価についての詳細が書かれておる。読んでサインをするがいい」

 羊皮紙を差し出され、近衛騎士が受け取ってから国王に手渡す。
 国王はそれを読んで、眉を寄せた。

 「おおかた、追加の報酬としてアルベルトに貴族の娘でも嫁がせて、魔剣の主を間接的に言いなりにできないか考えていたのではないか?それとも無関係な貴族をけしかけてリスクなしで奪って研究させるか?そういうのも当然ながら禁止だからな」

 国王は答えない。
 もし何か言葉を口にしようとしたら、嘘が付けない呪いのせいで『そうだ』と答えてしまっただろう。
 魔剣を手にできないなら、その主であるアルベルトをなんとか取り込めないかと考えていたことを見透かされていた。

 羊皮紙には事細かく、それこそ国同士の条約に近いくらいの取り決めが記されていた。
 中には孤児たちの税についての記述など、文官でないと思いつかないような内容もある。

 読んだ後、国王はペンを手に取ってサインをした。

 「よし!」

 パチリ、と、またナイは指を鳴らした。

 「うわ!」

 同時に羊皮紙から魔法陣が浮かび上がる。

 「魔法契約!?」
 「当然だろう?貴族との契約なのだ。権力を笠に着て約束を反故にできる相手なのだから、用心しないとな。そこに書かれている通り、最悪命を奪うからな?気を付けろ?」

 魔法契約は条件付けで発動する魔法を契約者の肉体に刻む。
 契約に違反しなければまったく問題はない。
 強制的に解約する魔法も存在するが、失敗すれば契約違反として発動するためよほどのことがないかぎり試すものもいない。

 「これで契約は成立した。さあ、狩りの時間だ!」

 やけに通る声で、ナイは宣言したのだった。

 
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