二度目の人生は、地雷BLゲーの当て馬らしい。

くすのき

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新たな驚異②

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 仕事終わりに立ち寄った支部は、かつてないほど賑わっていた。
 珍しく重なったのかと思いきや、受付に詰め寄っていた大半は、冒険者でない者達ばかりだった。

「ちょっとどういう事よ」
「ですからいま此方も調査中でして」
「だからそれがいつ終わるか訊いてんだよ。明日、それとも明後日?」
「早く片付けて貰わないとこっちも商売上がったりなんだ」
「ですから! それも私どもには分からないんです」

 これは離れた方がいいだろう。

「当分手続きは無理そうだナ」
「何か飲み物でも頼もうか?」
「いや耳触りな金切り声だらけの中、酒飲んでも旨くねえよ。なんか腹に入れるだけにしとこうぜ」
「よーす。疾風迅雷」

 酒場の方へ近付くと、すっかり出来上がった同業が親しげに話し掛けてくる。

「吃驚しただろ、あれ」
「何かあったのかい?」
「あったっつーか商人連中と外仕事の奴等が難癖つけてんだよ」
「難癖?」
「魔物が増えたのはどういう事だー、てな」
「あぁ、なるほど」
「まっ。俺らにゃ関係ねーし、逆に言や食い扶持が増えて魔物様々だけどなァ」

 間違っていないだけに否定できない。無難な愛想笑いを返すと、遇われて未だ興奮冷めやらない女性が此方に向かってきた。

「ちょいとアンタ達!」
「……なんダ」
「なんだじゃないよ、なんだじゃ。こんな真っ昼間から大の男が飲んだくれて。ハァー、情けないったらありゃしない」
「…………あ゛?」

 その場にいた冒険者達の空気が、ピリッと凍る。

「図星かい。恥ずかしかったら今からでも魔物を殺してきなよ。あぁ、それともアンタ達、食い扶持が欲しくてわざと倒さないんじゃないのかい。あ~嫌だ嫌だ。これだから冒険者ってのは」
「……もっぺん言ってみろや、婆!」

 がしゃあん、と男がグラスを叩き割る。それだけであれほど騒がしかった室内は水を打ったように静まり返り、視線の矢が集中する。

「い、いきなり大きい音を出すんじゃないよ!」
「あ゛。いいからさっき言ったこともう一回言えや婆」

 そこで漸く冷静になれたのだろう。
 冒険者達の冷たい視線が方々から絶えず突き刺さり、女は助けを求めるように辺りを見るが、誰もそれに応える様子はない。

「ねぇ、お姉さん。これ見て」
「は、なに……!?」

 テーブルの上に載せられた大量の小鬼の耳に、女の表情が引き攣る。

「これね、俺達が今日狩ってきたの。凄いでしょ。だから支部で換金しようと思ってたんだけど、いま受付が大繁盛してたみたいだから皆で食事でもして待ってよーってなったんだ」
「それがいったい何だって」
「お姉さんの旦那さんだって、お給料貰うときに時間がある時、食事くらいするよね。何で俺達は駄目なの?」
「だ、駄目だなんてアタシは」
「じゃあなんで“情けない”って言ったの? 俺達はやるべき仕事をきちんとこなしているのに悲しいよ」

 あくまでも無害な子供を装い、女の主張に疑問を呈する俺に、冒険者達の表情から剣呑さが消えた。

「……そうだナ。ユニの言う通りダ」
「なあ、マダム。俺達は遊んでるわけじゃねえ。仕事終わりもいりゃあ、今日が休みの奴だっているんだ。それをわかっちゃもらえないか」
「それはっ、」
「でもお姉さんの言う事も分かるよ。魔物の数凄く多いんだもの。嫌になるよね!」
「! そうなんだよ。アタシの旦那も商人で、こんなに魔物が出るから心配で心配で」
「解る。大事な人に何かあったらと思うと怖いよね。俺達も最近、魔物が増えておかしいなって思ってたの。あ、お役所の方は何か言ってたりする?」
「それが全然なのよ」
「うわぁ、それ困るよね。市民の安全や街道の方は国案件なのに」
「そうなのよね。アタシも解っちゃいるんだけど、つい。ご免なさいね」
「解って貰えたならいいよ~。旦那さん、無事に帰ってくるの祈ってるね」

 ばいばい、と手を振って女性が去っていく。

「お前、やるじゃ」「ごめん。そのブツ仕舞ってもらえる。臭くて吐きそう」

 おえっ、と嘔吐く俺に、同業の男は破顔した。

「最高だわお前」
「当然ダ。ウチの自慢だからナ」
「どさくさに紛れて頭ワシャらないでよ」
「相変わらず仲がいいこって。じゃあな」
「ユニ、水貰ってきたよ」
「しっかし国も把握していない、或いは敢えて黙してるか分からねえってのは不穏だな」

 時期的に大森林ダンジョン前から。
 俺がゲーム内容を熟知していれば見当がついたかもしれないが、何も分からず情報待ちは正直落ち着かない。

「大丈夫だよ、ユニ」
「……レオ。うん」
「あ、ユニさーん!」
「え。あ、ルディ君」

 入口の方からやってきたルディが、驚異的な速さで隣にやってくる。

「ユニさんは依頼終わりですか」
「あ、うん。ルディ君も?」
「はい! あ、いけない。オズさん置いてきちゃいました」

 なぜ、そこでオズ?
 疑問符を頭上発射していると、三拍ほど遅れてオズが歩いてきた。

「か、勝手にいくんじゃねぇよ!」
「(ん?)」
「すみません。ユニさんに会えたのが嬉しくて」
「ごめん。ちょっとコイツ借りる」

 面を喰らう彼。俺は直ぐさま席を立ち、オズを連れて隅へ移る。

「な、なに」
「……正直に言え。お前、星夜だろ」
「ななな、なんで」
「見りゃわかんだよ。何でそうなった。オズは?」
「いや、その。俺もよく解んないんだけど、なんていうかな。融合?みたいな」
「はぁあああ?」

 消えたんじゃないのかよ。






 一方のルディ達。
 視線だけ二人から離さないルディが尋ねる。

「ユニさんとオズさんって仲良いんですか?」
「いや、滅茶苦茶悪いな」
「悪いんだ……そっか」

 あからさまに安堵したルディに、レオが愁眉を寄せる。

「まあ、ユニと一番仲が良いのはレオだからナ」
「! そうだね」

 今度は二人の表情が入れ替わった。

「ユニとは同室だし、大抵いつも一緒にいるから」
「っ、……そういえばユニさんにペンダント渡してくれました?」
「渡したよ」
「!? 何か、何か言ってませんでしたか?」
「いや。――お金の心配くらいかな。駆け出しなのに大丈夫かって」

 がーん、と効果音がつくほどルディは肩を落とす。だがそれも一瞬の事で。

「あ、でもでも迷惑とか要らないは言ってないですよね!」
「まぁ……それは」
「なら全然良いです!」





 その時だった。
 支部の建物入口が開き、物が倒れたような音の後、悲鳴が響き渡る。
 ほぼ全ての冒険者が席を立ち、自身の得物に手を掛けて音の先を注視する。

「た、大変だ」

 そこに居たのは傷だらけの冒険者チームだった。

「おい、何があった」
「魔物……魔物が出たんだ」
「ハァ!? 魔物なんて外に幾らでも」
「違う! あれは普通の魔物じゃねえ! 見たこともねえ、新種の魔物だ!!」
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