38 / 98
新たな脅威④
しおりを挟む支部内が一気に湧いた。
恐慌、驚愕、混乱。耐えきれなくなった一部が逃走をはかり、それに釣られるように数人が後に続く。
中に残ったのは職員と出遅れた者、硬直した者、赤いのっぺらぼうの顔先にいた冒険者達だけだ。
我が目を疑う事件に俺の心臓は絶えず早鐘を打ち、全身からは波が引いたように血の気が引いていく。
あれは一体何だ。
疑問符が脳内を占め、魔物とは異なる鉄錆の臭いに酸い物が込み上げる。
自然と現場を避けるように動いた目が仲間達を捉えたその時、俺は無意識に彼等の元へ駆け出していた。
「皆!」
「ユニ、大丈夫だった!?」
到着して直ぐ、真っ青なレオが俺の肩を掴んだ。
「お、俺は大丈夫。皆は」
「見ての通りだ。しっかしとんでもねえのが現れたな」
「新種というのも頷けル。文字を残すあたり知性は窺えるが誰に対してかは解らン。全体か或いは此方側に知り合いでもいたカ」
「――いや、あんなエキセントリッククレイジーな魔物と知り合いなんて普通いないんじゃないかな」
「だな。ぱっと見、心当たりのありそうな奴もいなさそうだ」
冷静に会話を重ねるレオが、そっと俺の手を握る。微かだがその手は震えていた。
「あ、あの」
「ルディ君?」
何時の間にか反対隣に陣取っていたルディが、俺の裾を軽く引く。
その不安げな表情と上目遣いに、不謹慎にも愛らしさと庇護欲が刺激される。
「な、なんで皆さんそんなに落ち着いているんですか」
「単純に経験とまだ今は次が来ないと考えているからだな」
「なんですかそれ」
「いいか。知性があろうがなかろうが、魔物は狡猾で残忍だ。そういう奴は必ずと言っていいほど獲物を甚振る。まるでそれが主食みてえにな」
「な、なるほど」
という事は少しの間は安全ということだ。ほっと胸をなで下ろすと、ラムが次の爆弾を投下する。
「けどまあそれほど長くはないと思うがな。それとこれから支部から聴取を受けるだろうが、その後は全員速やかに長期間用の食糧と装備を整えておいた方がいい」
「へ」
「オレの予想が正しけりゃ、間違いなくあの魔物の射線上にいた冒険者は外に出されるだろうからな」
「どっ、どうして!?」
「民間人を巻き込まない為ダ」
納得のいかないルディ同様、俺も暫しの間、疑問符を飛ばしていたが、彼等の意図に気付き、下を向く。
手段はどうあれ、街に魔物が侵入した。そして冒険者と職員を殺し、あの宣戦布告ともとれるメッセージ。
この中の誰かを恨み、または執着している可能性が極めて高い。
もし“次”の交戦が街中で起こった場合、民間人が犠牲になる。したらばその怒りは何処に向くか。
間違いなく、支部と冒険者だ。
ただでさえ魔物増加の件で、俺達の心象が悪いこの状況を、支部はなんとしても避けようとする。
農作物の摘心と同じだ。
苗の内にそれを繰り返す事で、縦ではなく横への生長を促し、果実等の収穫量を増やす。
用は不要なものを取り除くのだ。
「仮に冒険者狙いであれば外に出してしまえば一時的に住民の安全は守れる上に、次の備えまでの時間稼ぎにもなる、か」
「そんな!! 支部は俺達を守ってくれないんですか!?」
「支部はあくまで冒険者の身元保証と依頼主との橋渡し役に過ぎないよ。もし保護するとしたら」
お貴族様の親類縁者だけ。
吐き捨てるように言ったレオの顔は酷く険しい。
「レオ?」
「あっ、ごめん。大丈夫」
「あ、あ……っ」
顔面蒼白のルディが、膝から崩れ落ちる。周囲を一瞥すると、聞き耳を立てていた、若しくは自力で思い至った連中も同様だった。残りは――。
「怖いわ」
「大丈夫だ。俺がいる」
「けど」
「お前の事は俺が命を賭けて護る!」
「アンタ……」
夫婦らしい男女や、恋人達が丁寧に死亡フラグを建設していた。
「無事生き残ったらその時は冒険者なんか辞めて二人で暮らそう」
「ええ。アンタとなら何処へだって」
よく血生臭い現場でキスが出来るな。やや呆れ顔で視線を逸らすと、傍らのレオの顔に、驚愕の色が乗っていた。
「レオ?」
「あ、いや、なんでもない。なんでもないよ!」
「とにかく聴取が終わり次第、オレ達は二手に分かれて門の前に集合だな」
「まっ、待ってください!」
幾分か持ち直したルディが、必死の形相で俺達に縋り付く。
「僕も、僕も連れていってください!」
「え、あの」
「まあそうなるわな」
「決して、決して足手纏いにはなりません。だから!……だから置いていかないで」
弱々しい懇願に不覚にも胸が高鳴る。流石ヒロイン(♂)。
「どうすル、リーダー」
「そこで俺に訊く!? いやまあそうなるか。そうだね……彼は兎も角、オズと一緒に行動していたから。彼がついてくるなら戦力的には悪くない提案だとは思う」
「へぁ!?」
「どうしタ、オズ」
「い、いやなんでもね、ねえよ!」
「……そういう事だ。良かったな」
「あ、ありがとうございます!」
結果的にラムの予想は、九割正解した。ただ――。
「すみません。もう一回、言ってもらえますか。シブマス」
氷点下の中、裸で放り出されたような冷たさが身体を突き刺す。
「そこの兄ちゃん、ユニ・アーバレンストだけ置いていけ、と言った」
無慈悲な命令が支部長室に響き渡った。
197
あなたにおすすめの小説
雫
ゆい
BL
涙が落ちる。
涙は彼に届くことはない。
彼を想うことは、これでやめよう。
何をどうしても、彼の気持ちは僕に向くことはない。
僕は、その場から音を立てずに立ち去った。
僕はアシェル=オルスト。
侯爵家の嫡男として生まれ、10歳の時にエドガー=ハルミトンと婚約した。
彼には、他に愛する人がいた。
世界観は、【夜空と暁と】と同じです。
アルサス達がでます。
【夜空と暁と】を知らなくても、これだけで読めます。
2025.4.28 ムーンライトノベルに投稿しました。
【BL】無償の愛と愛を知らない僕。
ありま氷炎
BL
何かしないと、人は僕を愛してくれない。
それが嫌で、僕は家を飛び出した。
僕を拾ってくれた人は、何も言わず家に置いてくれた。
両親が迎えにきて、仕方なく家に帰った。
それから十数年後、僕は彼と再会した。
やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。
毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。
そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。
彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。
「これでやっと安心して退場できる」
これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。
目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。
「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」
その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。
「あなた……Ωになっていますよ」
「へ?」
そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て――
オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。
たとえば、俺が幸せになってもいいのなら
夜月るな
BL
全てを1人で抱え込む高校生の少年が、誰かに頼り甘えることを覚えていくまでの物語―――
父を目の前で亡くし、母に突き放され、たった一人寄り添ってくれた兄もいなくなっていまった。
弟を守り、罪悪感も自責の念もたった1人で抱える新谷 律の心が、少しずつほぐれていく。
助けてほしいと言葉にする権利すらないと笑う少年が、救われるまでのお話。
隣国のΩに婚約破棄をされたので、お望み通り侵略して差し上げよう。
下井理佐
BL
救いなし。序盤で受けが死にます。
文章がおかしな所があったので修正しました。
大国の第一王子・αのジスランは、小国の王子・Ωのルシエルと幼い頃から許嫁の関係だった。
ただの政略結婚の相手であるとルシエルに興味を持たないジスランであったが、婚約発表の社交界前夜、ルシエルから婚約破棄するから受け入れてほしいと言われる。
理由を聞くジスランであったが、ルシエルはただ、
「必ず僕の国を滅ぼして」
それだけ言い、去っていった。
社交界当日、ルシエルは約束通り婚約破棄を皆の前で宣言する。
君に望むは僕の弔辞
爺誤
BL
僕は生まれつき身体が弱かった。父の期待に応えられなかった僕は屋敷のなかで打ち捨てられて、早く死んでしまいたいばかりだった。姉の成人で賑わう屋敷のなか、鍵のかけられた部屋で悲しみに押しつぶされかけた僕は、迷い込んだ客人に外に出してもらった。そこで自分の可能性を知り、希望を抱いた……。
全9話
匂わせBL(エ◻︎なし)。死ネタ注意
表紙はあいえだ様!!
小説家になろうにも投稿
【完結済】どんな姿でも、あなたを愛している。
キノア9g
BL
かつて世界を救った英雄は、なぜその輝きを失ったのか。そして、ただ一人、彼を探し続けた王子の、ひたむきな愛が、その閉ざされた心に光を灯す。
声は届かず、触れることもできない。意識だけが深い闇に囚われ、絶望に沈む英雄の前に現れたのは、かつて彼が命を救った幼い王子だった。成長した王子は、すべてを捨て、十五年もの歳月をかけて英雄を探し続けていたのだ。
「あなたを死なせないことしか、できなかった……非力な私を……許してください……」
ひたすらに寄り添い続ける王子の深い愛情が、英雄の心を少しずつ、しかし確かに温めていく。それは、常識では測れない、静かで確かな繋がりだった。
失われた時間、そして失われた光。これは、英雄が再びこの世界で、愛する人と共に未来を紡ぐ物語。
全8話
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる