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前門の火種、後門の爆弾
しおりを挟むたっぷり三拍。
「ちょっと失礼!」
断りを入れてクローゼットに戻る。勿論籠城するつもりはない。ただ藁納豆を隠す為のUターンだ。
光の速さでアイテムボックスを開いて中に叩き込む。続いて深呼吸し、何事も無かった呈で外に出る。追及されたら誤魔化すのは至難の業なのでその前に先手を打つ。
「お見苦しい所をお見せして申し訳ありません。あの、貴方様が此方にいらっしゃったという事は何かございましたでしょうか?」
平静の仮面を装着したまま微笑む。
そんな小手先の技が通じてかそれとも情けをかけてくれたのか、ナハトはつい先程この部屋から魔力の違和感を感じて訪れたのだと告げる。どうやら心配をかけたようだ。それに歓喜と後ろめたさを覚えつつ、深く頭を垂れる。
そして色々あり発散の為に魔力を行使したのだと自ら暴露する。加えてついさっき手にしていた藁もそれに由来する物だと伝えた。詐欺師は九割の真実に一割の嘘を混ぜると聞くが、今のが正にそれだなと思うと非常に胃が痛い。
どうか突っ込まないでくれと祈りながら俺はひたすら笑みを向ける。
一秒の長さが数分のように長く感じる。
しかしそれは唐突に終わりを告げた。
若干訝しむように眉を顰めた彼が急に距離を詰めたのだ。
「これはどうした」
硬い指が首筋に触れる。
はて、何かあったか。首、首、首……と思案してポンコツ脳がようやっと正解を提示する。
ラディウスがつけたキスマークだ。
『続きはまた今度しようね』
あの行為が脳内を反芻し、インフルエンザで高熱を出したように全身が熱くなる。
「? 体温が上がったぞ」
「え、あ、ななな、なんでもありません!!」
一歩後退し浮かんだ光景を散らすように首を振る。でもそれが返って怪しさを増したらしくナハトの表情が厳しいものへと変わっていく。
「アイツだな」
「あ、いえ、違っ……くはないんですけど、その色々ありまして、痛っ」
掴まれた腕が痛い。
「すみません、離して」
「アイツが好きなのか」
何を言ってるのだと見上げた直後、息が詰まる。
目の前に真剣な面持ちのナハトがいた。
「っ、以前の俺はそうだったらしいと認識しておりますが、今は一人の臣下として尊敬しております」
「本当か?」
「本当です! ――あの、俺からも一つ宜しいですか。ユーベルヤード様はその、俺の事を」
「憎からず思っている」
つまり自覚したばかりである、と。
「御心を寄せて頂いて有り難う存じます。しかしながらユーベルヤード様」
「なんだ」
「それは――錯覚ではないでしょうか」
ナハトの表情、纏う空気に鋭さが増す。
敵意や殺意ではないとはいえ、推しから向けられる負の感情に恐怖よりも胸の痛みの方が強い。目の奥が温度を上げ、全身が小刻みに震え始める中、不意に放たれていたそれが消え去る。
「すまない」
「ふぇ」
腕を掴んでいた手が頬へ移動する。
「あ、あの」
「錯覚じゃない」
そのままナハトの顔が近付き、羽根が触れるような柔らかなキスが贈られる。
俺はそれに反応する術を持たなかった。突然の出来事に思考回路が完全にショートしていた。
「分かったか」
覗き込むように問うナハトを、俺はぼんやりと眺める。
「嫌なら拒め」
ゆっくりとその美しい顔を俺に近づけるナハト。
俺の唇に彼のものが重ねられる。同時に魔力を流し込まれたのか、とても気持ちのいい心地良さが体内に広がる。
「ん……ぅ……ぁ……ふ、ぅ」
こんな事をしてはいけない。そう思うのに唾液を通して流し込まれる度、思考が崩れてしまう。それくらい抗い難い。
最初の内は突っぱねようと彼の胸を押しかけていた手は今では添えるだけになっていた。そんな俺の状態を理解してか、ナハトの片手が俺の後頭部を固定し、もう片手は腰の後ろに回される。それはもうしっかりと抱き寄せられ、抜け出す事は出来そうにない。
唇が離れるのと同じタイミングで腹の奥が甘く疼いた瞬間、紅玉の瞳が俺を強く射抜く。普段宝石のように煌めくそれが欲に濡れていた。次いで俺の股間に硬いモノが押し当てられる。
「あ……」
それは男の象徴。少しずつ硬度を増していくそれに、俺の全身が再び高熱にあてられたように熱くなる。
「やっ」
「錯覚でこうはならない」
そう言いながら尚も押し当てられる。
これまで……というか田中時代、こんな風に男に迫られた事はない。それどころか身体を合わせた事もなかった。全て情報媒体、フィクションの中の出来事が自分事になった事で、俺の心は強く弾んだ。
しかしそれらを噛み砕いて処理する時間はない。
推しが自分に欲情している。その事実に嬉しいやら恥ずかしいやら止めて欲しいやら心が、頭が占領されてしまっていた。
俺は小さく頭を振る。このまま流されてはいけない。
「分かりました。分かりましたから一旦離れてください。このままだと落ち着いて話も出来ませんし、誰かに見られたら」
主にラディウスに。
目撃されたら最後、刃傷沙汰どころか戦争待った無しである。
「別に構わない」
俺が構うんだが???
「っ、大体婚約もしていないのに、こここ、こんなのはふしだらです!」
「なら婚約すればいい。既にお前の家には申し入れた」
「え」
今なんと申した。
「今日の昼にエンジュ侯爵に文を宛てた」
「お、おまっ」
「返事はまだ来ていない」
しれっと吐いた衝撃の爆弾もとい発言に俺は陸に打ち上げられた魚Part2となる。
「――どうした?」
どうしたもこうしたもない。
流石に抗議しようと口を開いた刹那、少し遠くから爆発音が鳴り響いた。
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