君と僕の関係は罰ゲーム

くすのき

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「適当に座ってて」

 冷蔵庫から紙パックジュースを取り出した久貫君が僕へと促す。
 現在地は彼の自宅。
 課題のために訪れた僕は若干上ずった声を上げながら、リビングの床に腰掛けた。
 同じ間取りなのに全く違う雰囲気と、充満する彼の匂いに、心臓が早鐘を打つ。

「ごめんね。今これしかなくて」
「い、いえ。お構いなく」

 グラスに注がれた橙色の液体。
 久貫君の好きなオレンジジュースだ。
 受け取ったそれを一口なめると、口内に柑橘特有の酸味と甘みが広がる。
 ただ得意でない僕にはその美味しさはいまいち分からない。ちびちびと飲み進めていると、隣に座った久貫君が僕を見る。

「ごめん。やっぱりまだオレンジは苦手だったかな」
「あ、いえ。飲めないわけじゃないので。それよりペアが僕で本当に大丈夫ですか」

 午後の講義で決まったペア課題。
 交流も兼ねてくじ引きで引き当てた僕のペアはまさかの彼だったのだ。
 宝くじには当たらないのに、どうしてこういうのは引き当ててしまうのか。
 自分の運を呪う僕とは対照的に、久貫君はこうして打ち合わせできるから逆に助かると爽やかに喜びを告げる。
 それにつきんと胸が痛む。
 きっと彼は僕でなくとも同じようにペア相手を招き入れて、同じように微笑むのだろう。

「あ、そうだ。課題やる前に昔のアルバム見る?」
「え」
「何か思い出すかもしれないよ」

 断りを入れる前に、既に用意してあったのか、久貫君が卒業アルバムを机に乗せる。

「確か俺達のクラスは……あ。ココ、ココ」

 指差した先は6年2組の写真一覧。
 証明写真のようにずらりと並んだ顔写真に、一抹の懐かしさを覚えつつも、僕は努めて初めて見た演技を続ける。

「すみません。どなたの顔も」
「そっか。じゃあこれ見て。木村だよ」

 そこには坊主頭の木村がいた。
 野球少年だったのか、その顔はよく日に焼けており、今の流行りを取り入れた姿からは正直似ても似つかない。

「えと、随分と違います、ね」
「でしょう。でも中身は全然変わってないんだ。お調子者で、今でも野球好きだし」
「あはは……」
「ほら。こっちは俺」
「久貫君はあんまり変わってないですね」
「そうかな。周りには結構変わったって言われるけど」

 愛想笑いを継続する僕に、その後も久貫君は頁をめくっては説明を続ける。
 僕の知らない出来事、僕の知らない友達、僕の居ない楽しかった思い出。

「――っていう事があってね」
「そう、なんですね」
「……ナツ。あんまり楽しくない?」

 楽しいわけがない。
 でも楽しそうに語る久貫君に水を差したくなくて、僕は曖昧に笑った。
 それでちょうど区切りがついたように、室内がしんと静まり返る。
 課題の打ち合わせをして早く帰ろう。
 口をわずかに開いた刹那、それよりも早く久貫君が言葉を発した。

「ナツ、一つだけ訊いてもいいかな?」
「え、あ、はい」
「ナツ。本当は小学生の時の記憶あるんじゃないかな?」
「っ、……なんでそう思うんですか」

 声が震えないよう気をつけながら、僕は彼の顔を直視出来なくて床を見つめる。
 綺麗な木目のフローリング。それが照明の光を受けて、僅かに輝きを増している。
 嘘は僕の為にならない。先輩の言葉の意味が、今になってよく分かる。
 すると手に自分のものでない温もりが伝わる。久貫君の手だ。
 驚き、見上げた僕が彼の瞳に映る。

「ごめん、ナツを追い詰めたいわけじゃないんだ。それにそう言ったのは木村でさ。俺は全く気付いてなかったんだ」
「っ、」
「いや多分俺は気づきたくなかったんだと思う」
「あの」
「ナツさ。昔、俺がクラスメートに言った言葉、聞いてたよね」

 僕は静かに目を伏せて俯き、小さく頷く。室内に再び静寂が戻った。

「あのさ」
「大丈夫です。ちゃんと分かってます。僕がずっと久貫君におんぶにだっこだったから、嫌な思いさせてしまってたんですよね。だからもう」
「ナツ――ナツっ!」

 勘違いしないし、迷惑かけないから。
 そう言おうとした僕の両肩を久貫君の手が掴んで揺らす。

「そんな事思ってない。思ってないから」
「いえ、無理しないでください。僕気にしてませんし、これからもちゃんと距離は」
「ナツ!」
「っ、」

 突然の大声に身が強張り、僕はきつく目を閉じる。

「あ、ごめん……」

 拘束の手が緩んだのに気づき、そろりと瞼を開けて恐る恐る彼を伺うと、そこには驚きの光景が待っていた。久貫君の顔が、傷ついたように曇っていたのだ。
 どうして。
 僕の脳内に疑問符が反復する。

「これだけは信じて。俺とナツとの関係は罰ゲームなんかじゃない」
「……嘘」
「嘘じゃない」
「じゃあ」

 どうしてあんな事を言ったの。
 僕はその言葉を飲み込む。
 人が口に出す言葉は無意識の本心が絶対に宿っているからだ。

「あれは格好つけたいっていうか、とにかく本心じゃなくてさ」
「――じゃあ僕が記憶が無いって言った時から今日までどうして何も言わなかったんですか?」

 僕の問いに今度は彼が押し黙った。

「っ、――僕、帰ります。課題は他の人にお願いして変わってもらいますね」
「待って!」

 正直もう顔を突き合わせられなかった。
 僕は手早く荷物を持ち、その場を立ち去った。
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