転生?憑依? 中身おっさんの俺は異世界で無双しない。ただし予想の斜め上は行く!

くすのき

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Prologue

俺のポーション、沢庵だってよ


 正午過ぎ、自宅内の木製扉をラシェルこと俺は押し開ける。
 ツンとした薬草の香りが鼻を突く。
 そこは調合室と呼ばれており、薬を調合する為に必要な材料と道具が所狭しと並んでいる。その左手側には、新たに併設した子供用と思しき低い机があり、その上にメスシリンダーや乳鉢、乳棒といった少数の器具が置かれている。
 使用感の少ないそれを視界におさめつつ、俺はそちらに向かって歩き出す。
 奥にいた白衣の男が俺に気付き、慌てて恭しく頭を下げた。苦笑いした俺はそれに軽く手を上げて応える。
 到着したと同時に器具を手に取る。
 王室御用達の高級店の紋章が、きらりと光る。
 これは、あの婚約お披露目パーティー中に発生した皇太子行方不明事件において冤罪投獄された俺に皇家から謝罪と感謝を込めて贈られた品だ。
 俺としては降って湧いた婚約破棄の機会だったが、悲劇のヒロインムーブをかまそうとする俺よりも早く怒髪天どはつてんの婚約者、というかロセッティ公爵家の勢いに気圧され、いつの間にか被害者である俺がセウグ子爵と共に必死に宥めるという摩訶まか不思議な展開となり、気付けばこうなっていた。
 ちょっと意味が分からない。

「(まぁお陰で当面の社交から離れられるから結果オーライかな)」

 気持ちを切り替えて、小さく祈る。
 どうか今日こそ成功しますように。
 日本の参拝でお馴染みの二礼二拍手を終え、俺は静かに気合いを入れる。
 そうして卓上に並んだ回復薬の材料、トトーン草を水を張った鍋に落として、よく掻き混ぜる。
 その瞬間、俺は盛大に顔をしかめる。
 原因は鍋から漂う臭いだ。
 近い物で喩えるなら腸内環境が不調のときの屁。もしくは卵の腐ったような臭い。
 薬師曰くトトーンに内在する魔素が水と合わさった際に起こる化学反応だそうだ。
 喉元に込み上げる酸い物を飲み込んで、ひたすら手を動かす。
 臭気発生時間はそれほど長くはないのだが、それなりに酷い仕様というか罰ゲームだと思う。いや、実際過去には労役作業として多くの囚人が担当していたらしいが、そのあまりの臭気に死人が出て取り止めたとのこと。人の命を救う物を作ろうとして人の命を奪うとはこれ如何に。
 遠い目を浮かべながら続ける事十分、漸く立ち昇る激臭が消失し、朝露に濡れた草の香りが鼻腔を擽る。
 後はこれを火にかける。
 若干の重みを感じる鍋を持ち上げて移動しようとした矢先、短距離走世界記録保持者の如く現れたさっきの白衣の男が、慌てて俺の手から鍋を引ったくった。

「ラシェル様。危のうございますと昨日も申し上げたではありませんか!」
「そんな大袈裟にしなくても、いい加減一人で運べるよ」
「なりませんっ! 貴方に重い物や危険物はなるべく触らせるなと子爵様方からきつく仰せつかっているんです」

 お叱りを受けるのはこっちなんだぞと言外に滲んだそれに、俺は仕方なく肩を竦めコンロの上に鍋を置いてもらう。
 あとは中火で煮込んで灰汁を取り除き、魔力水なる物を加えた後、落とし蓋をして暫く煮る。それで中の量が半分程度になったら火を消してトトーン草を取り除き、粗熱を取る。そして最後に清潔な布でせば、回復薬の完成だ。

「よし、出来た。今度こそ――」

 仕上がったそれを注視する。
 すると通知音が耳奥に伝わり――


 【ラシェルのポーション】
 回復量は極めて少ない
 微量の聖なる力を含んでいる
 回復薬として期待してはいけない
 味:沢庵


「またかよチクショウっ!」
「どうかなさいましたか、ラシェル様!?」
「ごめん、なんでもないっ!」

 何でもなくないけど!
 彼に見られないよう、べしべしと机を叩く。

 あのダンジョン攻略――果たしてそう称していいかは微妙――から現在。
 俺は両親推薦の絶賛引きこもり中だ。
 表向きは療養りょうようとし、臣下の務めを果たしたにも関わらず容疑者扱いされた事でこれ幸いにネタにしようとする社交界から距離を取るためらしい。
 俺としても連れ回されて外堀を埋められるような真似は避けたかったので渡りに船と頷き、引きこもった訳なのだが、どうにもぼぅっと過ごし続けるのは性分に合わず、何かやりたくなって唯一両親からお許しの出た回復薬作りを日課にしたというのが今までの経緯だ。
 そこまでは良かった。

 再度、作成した回復薬を眺める。
 沢庵味のポーション。
 何度手を変え品を変え、製法さえ変えても毎回出来上がるのはコレばかり。
 キュ◯ピー三分クッキングでも少しは見た目が差異があるというのにね! しかもこの沢庵、居なくなった俺の祖母が漬けた沢庵そのままの味なんだぜ。意味分かんねーわ。

 一頻り落ち込み、完成したそれを手にした俺は出入り口の扉を潜る。
 その扉の先には待機していた護衛がいた。俺はその彼の元に立ち、沢庵もとい回復薬もどきを差し出す。

「グレゴリー。飲んで」
「……了解致しました」

 僅かな間を置いてグレゴリーと呼ばれた騎士は、俺の沢庵を呷った。次いで膝を折り、俺と目線の高さを合わせる。

「どうだった?」
「大変個性的な味でございました」

 つまり不味いんだな。
 顔には出さず、俺は「そっか~」と無垢な子供を演じ、心の中で彼に詫びる。

「(ごめんな、グレゴリー。でも俺、最低でもあと728日はお前にこれ飲ませ続けるんだわ)」

 グレゴリーの頭上の文字を見る。


 グレゴリー・フォートマス
 役職:元皇太子護衛、現ラシェルの護衛
 正体:過激派組織ナァガ幹部の子飼い
 任務:表向きは護衛、裏ではラシェルの監視
 <補足>
 皇太子行方不明事件の際、上司の命令に従ってラシェルを牢へ収監するも、その後全ての責任を取らされ皇太子護衛の任を解かれた(上司含む他は口頭注意のみ)
 ラシェルの護衛についた経緯は、ヨルベ陛下――正確にはナァガの愛人――の差し金である

 !Warning!
 指輪を介して心臓に邪気の爆弾が仕込まれている
 爆弾の範囲はセウグ領全体
 解除に必要な沢庵:残り728本


 これ本当に間に合うかな。
 乾いた笑みを溢した刹那、突如視界が暗転する。次いで自動再生した別動画のようにこの場とは関係のない別地点の光景が瞼の裏に鮮烈に浮かぶ。
 その結果、立っていられなくなった俺は、グレゴリーに身体を預け、そのまま意識を閉ざした。

 そして次に意識を取り戻した時、俺が最初に見た者は――

「久しいな、たくあんの民よ」

 ムキムキマッチョの電気鼠もどきだった。

「……………………ハァ」
「なんだその溜め息は。失礼だぞ」
「すみません、イーザ・ナァミ様。色々と言いたい事は沢山ありますが、まずこれだけは言わせてください。――俺を沢庵の国の国民みたいに言うのマジやめろ」
「軽いジョークだ」
「いや笑えないから」

 俺は肺腑の中の空気を全て出し切る勢いで息を吐いてから、上を見上げる。
 暗闇の中、薄く発光した聖獣が俺に向けてサイドチェスト――ボディービルダーが胸を強調したところを横から見せる格好――を披露している。
 もし俺以外の第三者が目撃した場合、きっと立ったまま気絶した事だろう。
 首から上は愛玩動物、発する声は有名声優が如き美声。なのに首から下は悪夢だ。
 なにこの三位一体の反対を猛スピードで突っ走る生き物。

「どうした。随分と気落ちしているように見えるが」
「お前の所為だよ。……というか此処何処です?」

 暗くてよく分からないが、何となくあのチュートリアルダンジョンではないように感じる。

「話があってな。無理矢理波長を合わせた。所謂精神世界じゃな。現実の其方は問題ないぞ」
「いや問題しかねーわ。というか更に光らないでくれます?」

 某夢の国のパレードを彷彿とさせる煩い電飾と化したイーザ・ナァミに殺意が芽生える。

「気に入らなかったか?」
「そういう問題でもなくて、あ~……もういいです。それで話ってなんです」

 今頃家族と使用人が騒いでいる事だろう。それならば反応せず用件だけとっとと伺って帰してもらうべきだ。

「おお、そうであった。其方に授けた祝福についてじゃ。役に立っているか?」
「あ~……」
「? 立っていないのか?」
「あの、その前に念の為にお訊きしたいんですけど、その祝福ってポーションで合ってますか?」

 正直間違いであってくれと願うが、煩い電飾はサイドチェストをかましたまま、満足そうに頷く。

「どうした、その変な顔は。役に立たなかったか?」
「いや役に立つか立たないかで言えば現在進行形でまあまあ助かっていますが……」
「が?」
「何で味を沢庵にしたんです?」

 恨みを込めてジロリと睨みつければ、イーザ・ナァミは可愛らしく首を傾げる。

「儂はそこまで指定してないぞ」
「――――――――え?」

 どういう事だ。
 目を瞬かせる俺に、イーザ・ナァミは格好を崩すことなく持論を展開する。

「ふぅむ。過去にある付与術師が自らの好む物ほど属性付与がしやすいと言っていたな。故にお前のその沢庵とやらも、その類ではないか。お主は普通の者より魔力が低いからな」

 悲報:沢庵味の回復薬、俺が原因だった件。

「……イーザ・ナァミ様、祝福の強化って出来ます?」
「無理じゃ」

 盛大に眉を下げてこの世の終わりを迎えたと言わんばかりの俺に、イーザ・ナァミは慌てて言葉を紡ぐ。

「べ、別に意地悪でも其方に素質が無いからと言う訳ではない。単に聖獣一体が祝福を与える場合、一人につき一回までと制約がかかっておるのじゃ」
「そうですか……」
「そう悄気るでない。どうしても変えたいならば他の聖獣を頼れば良い。儂の紹介なら近場に」
「あ、そういうの結構です」

 真顔のまま食い気味に拒否る。
 どうせ異世界ファンタジーの聖獣なんてどうせダンジョンとかダンジョンとかダンジョンにしか居ないに決まっている。そんなものは冒険主人公がやっとけ。
 俺はセウグ夫夫の自慢の息子となって、ラシェル君と替わるその日まで一人穏やかに生きるのだ。だから波乱万丈サクセスストーリーとか某週刊雑誌のような努力友情勝利なんてお呼びじゃない。

「其方に向上心はないのか?」

 ほっとけ、ゲテモノ。
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