転生?憑依? 中身おっさんの俺は異世界で無双しない。ただし予想の斜め上は行く!

くすのき

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Prologue

ヤバいのジェットストリームアタック


 一方その頃、セウグ子爵邸の前に一台の馬車が停まる。
 狼の紋章を掲げた高級馬車だ。
 車体は銀と青をあしらい、遠目でも目を惹くほど美しい。

 馬車の扉がゆっくりと開く。
 僅かに傾いた太陽の下、双子の美少年が姿を見せる。
 出迎えた子爵邸の者達から息を呑む音と惚けた眼差しが彼らに集中した。
 対して視線の矢を浴びせられた二人は慣れているのか、動じた様子はなく、ラシェルに近い面差しをした青年へ歩み寄った。

「やぁ」
「ようこそ、いらっしゃいました。セウグ子爵当主代理、マークス・フォン・セウグと申します」

 マークスと名乗る青年が恭しく頭を下げたのを皮切りに、我に返った使用人達もそれに続く。

「ご丁寧にどうも。ところで僕の愛しい婚約者はどちらでしょう。姿が見えないようですが」
「おい、フラウ! 僕のじゃなくて俺達のな。ま、アイツの事だからどーせ風邪でも引いて寝込んでるんじゃねーの」
「っ、」

 マークスの表情が正解に近いと確信した二人は、丁度良かったと顔を見合わせる。
 そしてマークスが心苦しさを前面に打ち出し、断りを入れようとしたのを遮る形で、フラウディオが指を鳴らす。
 すると控えていたロセッティ家の侍従が鞄を持ってマークスの斜め前に立った。
 その鞄に納められていたのは果物だ。それも子爵家の財力では生涯に一度お目にかかれるどうかの高級フルーツである。

「ラシェへのプレゼントです」
「手紙で食べてみてーって言ってたから持ってきた。丁度食べ頃だから剥いといて」

 暗に早く案内しろと伝えるお子様二人にマークスは背中に嫌な汗が流れるのを感じた。

「いえ、だからですね。今、弟は眠ったばかりで」
「起きるまで待ちますよ」
「俺達なら風邪もらうことなんかねーしな」
「フェル、行儀が悪いよ。すみません、最近ずっと手紙ばかりで兄は少々拗ねているんです」
「なっ、それはオメーもだろフラウ!」

 これは引き下がらない。
 密かに負けを悟ったマークスは表情に出さないよう留意しつつ、二人をラシェルの部屋に通した。
 すよすよと眠る婚約者の元に双子達が駆け寄る。

「眠る姿も可愛いなぁ……」
「熱はねーな」
「お二人共、弟は風邪ではなく疲労でして。そのもしかしたら直ぐには目覚めないかと」
「それは心配ですね。でしたら尚の事、傍で看病させて頂けますか」

 お願いしているようでありながら、フラウディオの背後には有無を言わせない威圧が滲んでいた。
 フェルディナントに至っては既にマークスなど眼中になく、婚約者の傍に控えるグレゴリーに敵意を飛ばしている。

「わ、分かりました。私は仕事がありますので何かご入用でしたら遠慮なく使用人にお申し付けください」
「助かります。ご無理を言ったようですみません」
「いえいえ。それでは」

 マークスが去り、室内が静まり返る。
 フェルディナント、フラウディオ、グレゴリーは何も言わない。ただ鋭い視線でグレゴリーを射抜く。



 * * *



「(え、これ、どゆこと?)」

 目覚めた俺の視界に飛び込んだのは、ハブとマングースだった。
 いや実際にそれらが居た訳ではなく、あくまでも比喩。この状況に当て嵌まる表現がまさにそれだっただけ。
 右手側にハブこと蛇の手先、グレゴリーがいて、左手側にマングースことロセッティの双子がいた。

 薄目に確認すればグレゴリーの方は特段二人に敵意は向けておらず、双子が一方的に睨みつけているといった状況だ。
 俺が招待されてる間に一体何があったのか。もしやグレゴリーが蛇の手先と露見したのか、それとも怪しい動きをしていたのか、後は……過去に俺の知らない何かしらの因縁があるのか。そう思えるくらい不穏だ。そしてとても起きづらい。

 寝た振りを続けて終息を待とうとするも、待てど暮らせどその気配は訪れない。時間が進むに連れ、気まずさと胃の痛みだけが天元突破しそうだ。
 もうどうにでもなれの精神で身動いだ瞬間、一気に空気が緩む。その隙に俺は如何にも今起きましたという呈でゆっくりと瞼を開け、数回の瞬きの後、左右に眼球を揺らした。

「あれ?」
「おはよう、僕のラシェ」
「フラウ」
「なに? 悔しかったらフェルも言えばいいじゃない」
「う、うるせー」

 頭上で二人の掛け合いが続く。
 もうグレゴリーには興味がない様子だ。ほっと胸を撫で下ろしながら、俺は状況が飲み込めてない演技をかます。
 そんな無駄のない無駄な演技力を身につけた俺に、フラウディオは砂糖菓子よりも甘いマスクで経緯を語ると、俺の体調を気遣った。とても首から下ゴリマッチョに呼ばれて寝てただけ!とは言えない。

「あの、お出迎え出来なくて」

 すみませんでした。
 そう言おうとした口の前にフェルディナントの指が伸びる。そしてそのまま俺の額へと上昇し、軽く小突いた。

「あいたっ」
「んな事でいちいち謝んな。それよりちゃんと飯食って寝てんのか」
「えっと一応」
「一応じゃねーだろ。お前は弱いんだからちゃんと栄養と睡眠取れ」
「ごめんね、ラシェ。こう言ってるけど、前の事もあって兄さんも結構心配していたんだよ」
「フラウっ!」

 照れ隠しか振り被ったフェルディナントの拳をフラウディオは華麗に避ける。
 本当に仲の良い兄弟だ。
 脳裏にかつての弟の姿が過ぎる。アイツも幼い頃は図星を突かれると必ず手を出してきたものだ。
 微笑ましい気持ちと同等に懐かしさと寂しさに駆られ、それを振り払うようにグレゴリーに上半身だけ起こしてもらう。
 途端、小競り合いしていた二人がピタリと動きを止め、何やら渋面を浮かべて俺、いや俺達を見た。

「どうかしましたか?」
「いや……」
「なんでもねーよ」

 絶対に何かあると踏むが、敢えて自分から地雷原に飛び込むほど俺も馬鹿ではない。この格好では失礼だから着替えると伝えれば二人は揃っていいと首を振る。
 俺は宜しくないのだが?

「ですが」
「まだ顔色が良くないから駄目。それよりお土産持ってきたんだ。ね!」
「おう、お前が食いたいつってたマウシュママンゴウ」
「……………………え」
「偶然手に入ってね。だから一緒に食べようと思って持ってきたんだ」
「わ、ワァ~。ウレシイデス」

 俺はどうにか表情筋を動員して笑顔を作る。

「(確かに手紙に書いたけども! 俺、ちゃんといつか自分で買いたいって添えておいたやん)」

 脳裏に結婚詐欺を働いた果てに殺害された事件の映像が過ぎる。
 だらだらと背中に冷や汗が流れる中、いつの間にか使用人が、切ったそれを盆に入れて持ってくる。そして受け取ったフラウディオが、フォークに刺したそれを俺の口元へ差し出した。
 首元に剣を突きつけられたような気分だ。
 恐る恐る口にすればあら不思議。甘い筈なのに何の味もしねぇや。

「美味しい?」
「おいひいです」
「俺のも食え」
「んごっ!?」
「フェル。喉に詰まらせないようにゆっくりあげないと」
「――あ、悪ぃ」
「らっ、らいしょーぶでふ」

 頬袋に膨らませた栗鼠の如く、吐き出さないよう手で口元を隠してなんとか笑う。
 多分いま過去一不細工な面になっているだろうが、子供の前でリバースするよりは遥かにマシと自らに言い聞かせる。
 そして次が来る前に掌を見せて断りを入れた。

「も、もうお腹いっぱいです」
「少なくね?」
「すみません。今あんまりお腹空いてなくて……お二人で食べてしまってください」

 まだ腹には余裕はあるが、8歳に給餌される三十路という絵面は精神的に余裕がない。せめて逆であれば幾らか――いや、どっちも駄目だわ。

「ラシェ?」
「あ、いえ。なんでもありません。それより殿下とは仲直りされましたか?」

 俺の問いに双子が渋面を浮かべる。
 それというのも俺が冤罪投獄されてから彼らの仲に亀裂が生じたらしい。

「別に喧嘩はしてねー」
「またそのような事を仰る。殿下からの文に、お二人に素っ気なくされて悲しいと綴られていました。それにあの件は殿下個人の責任ではないのですから、もう矛を納めてください」
「ねぇ、ちょっと待って。ラシェ、アルヴィスと文通してるの?」
「? はい、少々やり取りしております」

 最もあの行方不明事件があって、責任を感じた彼が嫌々ながらも出しているような物である。
 だが何故かフェルディナントとフラウディオは口元を覆って衝撃を受けているようだった。

「……アイツ、いつの間に」
「多分無自覚だとは思うけど、ちょっと気をつけた方がいいかも」
「あの、お二人とも?」
「あ、ごめんね。何でもないよ」

 何故かフラウディオの背後に、怒れる狼が見えた俺は反射的に頷いた。

「……フラウ。殺気はしまえ。ソイツが怯えてんだろ」

 普段暴走側に回る事の多いフェルディナントがフラウディオを諌める。
 珍しいと感心した直後、俺の口から照明器具用のリモコンを操作したような電子音が一つ鳴る。
 ガチギレの狼が其処に居た。
 ――俺は五体満足で婚約破棄出来るだろうか。

「フェルも人の事言えないじゃない。驚かせてごめんね。でもラシェに怒ってる訳じゃないから、そこだけは誤解しないで」
「アッ、ハイ」
「あ」

 何かを思い出したようにフラウディオが声を上げた拍子に俺の肩が盛大に揺れたのを見たフラウディオが苦く笑った。

「実は父さんから伝言を預かっていてね。あの婚約お披露目の代わりではないけど、僕らの十の初陣記念祭と合わせて身内だけでもう一回婚約式のやり直ししないかって」
「初陣記念祭?」
「俺らん家の伝統。子供が一人前になった証に魔物を狩るだけの簡単な奴だぜ。本当はもっと早く婚約式やりてーんだけど、準備とか色々あって悪ぃな」
「あ、いえ。全然大丈夫です」

 話を聞くに俺の世界での二分の一成人式のような物らしい。
 足の生えた常識が『あばよ!』と去っていく姿が脳裏に浮かぶ。

「僕は婚約式でなく結婚式でもいいんだけど」

 俺はよろしくないです。

「(どうしよ、これ。もういっそ公爵に直談判するか?)」
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