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12歳編〜まだまだ続くよ漬物は〜
ろーく
「事前の打ち合わせ通り、聖騎士はフェルディナント率いる攻守部隊が押さえる。聖騎士周りは槍部隊が当たって。魔法部隊は全員に身体強化と防御魔法、それから撹乱に徹して。弓兵部隊は牽制を、可能であれば各部隊の隊長の指示に従って味方の支援をしてもいい。ただし深追いはしないこと。それからもし敵方が抜けてきた場合は出来るならそちらのブロックを優先してほしい」
フラウディオの指示に皆、文句一つ溢すことなく、鬨の声に近い雄叫びを上げて了解する。入学からまだ日が浅いというのに戦闘方針の決定がスムーズに進んでいる。
そのあまりの鮮やかさに、俺は言葉を忘れて見入った。
かつて目にしたトッププレイヤー同士のVRMMO――仮想現実大規模多人数同時参加型オンラインゲーム――のギルド戦の記憶が蘇る。囮、釣り、ブロック、攻撃対象操作、個々の能力を熟知した上での阿吽の呼吸、立ち回り……。
もちろん歴戦の彼等と並べるのも烏滸がましいと彼等を知る者達からはお叱りを受けるかもしれないが、今の俺にはそれに近い片鱗と感動が確かに感じられた。
「お前はどちらが勝つと思う?」
「どちらの技量も把握しておりませんので、なんとも」
「そこはフェルとフラウと答えるところではないのか?」
お前仮にも婚約者だろ、と向けられたご尊顔には呆れの色が多分に滲んでいた。まあ確かにこの場での望ましい解答は婚約者選択なのだろうけども、俺のゲーマー目線解答も決して間違いではない。
「逆に殿下はどうお考えですか」
アルヴィスは片手を顎の下に添えて私見を述べる。
「入学間もないとはいえ彼処まで一期生を統率した手腕は見事だが、相手は一年経験を積んだ者達だ。その相手にどこまで食らいつけるか、だろうな」
思ったよりしっかり分析してた。
一方、会場では一期生の弓兵部隊が横六十センチはあろう梓弓を弓がけ引き絞る。ギリギリという音が幾重にも重なり、やがて一斉にビンッと音を立てて弦が空気を切り裂く。放たれた矢は中空を駆け、両者の間に落ちた。
多方向から嘲り笑いが聞こえてくる。
身体強化を施したところでその距離から届くわけなどあるまいに、という嘲笑だ。彼等の頭にはそれが次への重ね手になるとは露ほども思い至らない。
そして三拍ほどの時が流れた頃、突き刺さった矢を中心に猛烈な砂煙が舞う。その結果――自らの浅慮さを露呈した彼等は他観客から嘲笑され返すという醜態を晒した。
羞恥と憤怒に駆られ、鬼の形相を浮かべながらミカエラに叩き潰せと声援を送る。いや復讐を代行してと迫らん勢いだ。
それを聞いたらしい斬り込み隊長フェルディナントに僅かな笑みが走る。
「らぁっ!」
一気に砂煙を抜けて前方守備隊である二期生を切り伏せた。続けて勢いそのままにもう一人葬る――実際には二人とも殺してはいない――。
その後、次の獲物に襲いかかるかと思いきや、フェルディナントはそこで姿を消した。瞬間移動したのではない。彼の後続にいた守部隊が盾を地面に突き立て、そこを起点に再度砂煙が舞ったからだ。
遅れて二期生の魔法部隊が風の魔法――殺傷能力はない――でもって払い除けんとするが、一期生達の方が早い。退いた先から砂で覆われ、完全な鼬ごっこだ。
そうこうしている内に敵方の二期生達が一人また一人と削られていく。
二期生総人員の四分の一程度にも満たないが即席の初集団戦にしては順調な滑り出しに一期生側の声援が大きくなる。このまま押し切れ。一期生の底力を見せてやれ。すました聖騎士野郎をぶっ倒せ。みんな頑張れ……と何やら一部、個人的私怨を含んでいたが、雰囲気、戦況ともに概ね一期生有利に傾いているように見えた。
だが、二期生側もやられてばかりではない。魔法部隊の半数が固まり、彼等は一斉にその手を大地へつけた。
〈隆起する大地〉
途端に魔法が発動し、フェルディナントを含めた先発攻守部隊の足元を中心に剥き出しの大地が波のように脈打ち、彼等の平衡感覚を狂わせてくる。それだけではない。その隙を見計らい、先発隊のカーテンと化していた砂煙はあっという間に取り払われ、彼等の姿が顕わになる。
そんな中、二期生の総大将たるミカエラが供も護衛も引き連れず、単身走り出した。
まるでドラ〇エの動く石像の突進、否、人里に降りた巨猪の猪突猛進さながらの迫力だった。
向かう先は一期生参謀司令官フラウディオの元。両者の距離が徐々に近付きつつある中、フラウディオは冷静に自身の木剣を握りしめる。
おそらく短期決戦を選択したがために戦力の殆どを前方に回したのが裏目に出てしまった。故にフラウディオに支援の手は今少し届かない。
聖騎士ミカエラとの一騎打ち。
その様子に俺だけではなく、アルヴィスや殆どの観客達も息を飲む。
二人の剣がぶつかり合う。
木剣同士では凡そ奏でられない、上がる筈のない金属音が鳴り響き、辺りに突風じみた衝撃波が吹き荒れた。
だがしかし発生源である二人はそこで終わらない。叩いて被ってじゃんけんぽんのジャンケン抜き被り物抜きを高速で出し続けているかのよう。
その姿に観客一同はまた声援を忘れて息を飲む。先ほどが緊張によるものだとしたら、今のはまさに絶句。目の前で始まった異次元の攻防、いや攻攻に脳が処理を遅らせていた。
回復に要した時間は一分弱。誰ともなく歓声があがり、それは伝染病のように他の者を巻き込んで興奮の極致へと誘っていく。
――俺一人を除いては。
驚愕、困惑、興奮……そのどれでもない納得の感情をもって戦闘風景を眺める。喩えるなら大多数が初見の中、再放送番組を見るかのようなものである。
「フラウディオの奴、いつの間にあれほど腕を上げたんだ……」
驚愕を表に、目を見開いたアルヴィスが喘ぐように言葉を漏らす。そこから察するに彼も未だ観客同様、絶賛手品にしてやられた口らしい。
誰も彼もミカエラの前に居るのが、フラウディオ・ディ・ロセッティであると信じて疑わない。それどころかレベルの高いそれに今も手に汗を握り、成り行きを固唾を飲んで見守っているほどだ。
鳴り止まない歓声と競うように打ち奏でられる激しい剣戟音。
いったい何時まで続くのか。
誰もがそう思った矢先、突如として終わりはやってきた。二人が同じタイミングで後方に跳んだためだ。
驚くべきことにあれほどの大立ち回りを披露した二人の息は切れていない。
そして今度は互いの隙を探るように剣を構えたまま鷹のように睨み合い、その場から微動だにしない。辺りでは未だ他の者達が奮闘を繰り広げているというにも関わらず、両者の間にだけは一切の音が消えたようだった。
暫定フラウディオが右に動けば、ミカエラは左に動く。決して距離が縮まらない中、先に仕掛けたのはミカエラではなかった。
その動きは疾風。生きた大砲が目にも追えない速度で朽葉の色を残し、ミカエラへと振り下ろされる。
回避不能な神速の剣。観客の誰もが自分に向けられたものでないにも関わらず、その一撃で命を奪うと言わんばかりのそれにきつく目を閉じる。
だが――。
現実は予想とは異なった。
固く閉ざしていた目蓋を開き、恐る恐る開いた世界に飛び込んできたのは、神速の一撃を見事受け止めたミカエラだった。
観客達のボルテージが一気に上がる。
そこへ爆発音がした。
それはミカエラが一騎打ちのために置いてきた、掃討を任せた仲間達のいる方角だ。
「うわぁあああ!」
一期生のものではない野太い悲鳴。それが立て続けに湧き上がるほど、あちらは大変なことになっていた。
「大将を引きつけてしまえば後は烏合の衆だ! 全員落ち着いて各個撃破していけ!!」
指示を出すフェルディナント・デ・ロセッティの姿。
そこでようやくアルヴィスやミカエラ含む観客達一同が手品の種を見破った。現在ミカエラの側にいるのは弟に化けたフェルディナントであり、二期生側にいるのは兄に化けたフラウディオである、と。
想像もつかない、否、相手方を少なからず舐めていたとミカエラは自らの唇を悔しげに噛み締める。対してフェルディナントは悪戯が成功した子供のように愉しげに言葉を紡ぐ。
「どうだ? すっかり騙されただろ。俺らガキの頃から入れ替わりやってたからな。初見の奴にゃ、まず見破れねーんだわ」
「……あぁ。すっかりしてやられたよ」
苦々しげに吐き捨てるミカエラ。
「んじゃま、フラウ達がやり終わるまで先輩には、もー少し付き合ってもらうぜ」
自分達の勝利を確信したフェルディナントの笑顔に、ミカエラは内心で舌打ちを溢す。絶対に救援には行かせない、というフェルディナントの意思を察してだ。
単身趣くべきではなかったと愚痴をこぼし、ミカエラは剣を握り直す。そこには例え敗北しようとも最後の最後まで足搔くという強い決意があった。
二人が再度睨み合う。
そして――、
「なっ、」
予期せぬ終わりを告げた。
地表が焦げ上がり、嫌な臭いを放つ中、ミカエラは対戦相手であるフェルディナントを背に自分ごと光の盾で覆い、観客側の一角を睨めつけた。
そう。
この地表の焦げは観客側、騎士科一期生でも二期生でもない第三者がフェルディナントへ向けた攻撃魔法によるものだ。
突然の出来事に会場内は水を打ったかのように静まり返り、今尚、睥睨するミカエラに釣られた形で人々の目が集中する。
そこはミカエラの熱狂的信者達が陣取る席だ。その内の、やや見目の良い茶髪茶目の少年が青ざめた表情でもって震えていた。恐らく彼が犯人なのだろう。
彼が恐怖に恐れおののいていると、正義感や義憤に駆られた観客達が警備の者達を待たず、我先にと拳を振るう姿が視界に入る。
「殿下、止めてください!」
制止を促した俺に、アルヴィスは何故と非情な顔をする。
「あれはフェルに危害を加えんとした愚か者だ」
「だとしてもでございます」
「……其方の婚約者が狙われたのだぞ。あれぐらい」
「例えどのような理由があろうとも他者への違法行為を肯定してはなりません。まして貴方様は皇太子。法と秩序を守らねばならない筆頭です。その貴方様が率先して司法を軽んじ、違憲行為を見逃してはなりません。そして、どうか彼から司法、いえ学園側から正しく裁かれる権利と更生及び反省の機会を奪わないでください」
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「彼を此方へ」
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上半身を九十度前に傾けた彼が謝罪を口にする。
「本当に申し訳ない」
「いや……お前の所為じゃねーだろ」
フェルディナントの言う通り、ミカエラは悪くない。だがそれはミカエラが次期パエラトン公爵でも聖騎士でも無ければ、の話だ。
「彼いやあの場にいる者は皆、私を慕う者達だ。今回を含めて彼等が私の為にしたことであれば、その責は当然私に帰着する」
「あっそ。つーか完全に白けちまったけどよー、これどうなるんだ?」
「あぁ、それについては……」
ミカエラの瞳が審判の講師を捉える。
そちらでは現在進行形で他講師だろう男達と共に難しい顔で話し込んでいる。依然、被害者である二人を無視したまま。
僅かな嫌悪の色が杜若――菖蒲色より赤みの強い紫――に揺らいで消える。
彼等に一言物申すのかと思いきや、ミカエラの足は仲間達の元へ動いていく。そして到着一番、彼はフェルディナントにしたとき同様、深く深く頭を下げた。
二度目のざわつきが現場に走る。
「迷惑を掛けて申し訳ない。此度の件は全て私の不徳の致す所だ」
「頭を上げてください、総大将!」
「そうですよ。貴方は何も悪くないじゃないですか」
それを皮切りに彼への擁護と襲撃に対する心配の声が口々に飛び交う。
ミカエラの目に熱いものが込み上げる。
「っ、感謝する。そしてこれは身勝手な頼みだが此度の演習、私は一期生達に勝ちを譲りたいと思っている」
重苦しい静寂にきつく目を閉じる。
緊張で流れた汗が大地にあたり弾けていく様が嫌に遅く感じられる。
「僕は構いません」
「俺も」
「私もです」
返ってきた答えはYESばかり。
涙を隠すようにミカエラは再度頭を垂れた。
***
――結果、合同演習は一期生の勝利で幕を閉じた。
俺は養護教諭の許可を得て、救護室内へ足を踏み入れる。活躍した婚約者達は打ち上げのため、この場には俺とポチ、ダチョウの一人と二体のみ。
消毒液特有のつんとする香り――窓は開いている――が鼻を突き、ポチが臭そうに顔を顰める。
辺りをぐるりと見渡す。
実務兼救護場の他に簡素な寝台が三つ。内二つは空いており、残りは全てを拒絶、自分の世界に引き籠もるように純白のカーテンで区切られている。
俺はそれに手を掛け、中の人物を刺激しないようゆっくりと身を入れる。教諭曰く薬で無理矢理落ち着けたとのことらしい。怪我も治癒した。
(少しだけでも話せたらいいんだけど……まあ無理ならまた日を改めて訪ねるしかないか)
そう判断した俺が静かに近付いたとき、呆然自失の茶髪茶目少年が朧気に俺を見た。
「………………だ、れ」
「初めまして。ラシェル・フォン・セウグと申します」
おそらく回らない脳の引き出しを漁って、それでも思い至らない名前に少年は緩慢な仕草で瞬きを繰り返す。それに苦笑いを浮かべながら、俺は内緒話をするように声を潜めて話し掛ける。
「貴方が攻撃した、いえ、操られて狙撃したフェルディナント・デ・ロセッティの一応……婚約者です」
少年の鳶色――赤暗い茶褐色――が大きく見開き、次いで喜びと恐怖が支配する。
「っ!」
「あ、待って。無理に起き上がらないで。俺は君の味方だから、ね?」
なるたけ優しい声を出して、この上なく怪しさ漂う文言を発しながら、少年をベッドに戻してやる。
そう、俺には彼が進んでフェルディナントを攻撃したわけではないと理解していたからだ。いつもの頭上文先生――但し今は体勢により顔の真上――によって。
ウルティア・マル・アスクレイア
アスクレイア伯爵家次男(13)
レイフィスト学園二期生
熱狂的なミカエラ信者
専攻は魔法科
魔法属性:炎
魔法具による精神支配を受け、フェルディナント達を攻撃した
現在:対人恐怖症を誘発中
「貴方は何者かの魔法具により精神支配を受け、望まない犯罪に手を染めた可能性があります」
可能性も何もそうなのだが、突っ込まれる事を見越して敢えてぼかす。
それを聞いたウルティアは見る見る内に瞳を潤ませ、頷きながら大粒の涙を溢す。
「ゆっくりで構いません。覚えていることを俺に教えてもらえませんか」
「……すず……き、うに、うでが、かなくて……からだ、じぶんの、ものじゃ、いみたいで」
「鈴の音が聞こえた直後に、体の自由が聞かなくなったということですね」
精神支配系魔法具。
それ等は往々にして対象となる者のごく近くにて発動させなければならないもの。
……だとすれば犯人はあの場でウルティアの、極めて近くにいた人物ということになる。俺は内心で舌打ちを溢す。
救助を優先したが故にそこまで気を配れなかったからだ。
子供で同じ子供を口封じをさせようとした外道は、その混乱に乗じて既に逃亡をはかっただろう。
例えこれから捜したとしても砂漠の中で一本の針を探すようなもの。見つかる確率は極めて低い。加えてこんな荒唐無稽な話を信じてもらえるかどうか。
「……せめて証拠である精神支配の魔法具さえ見つかれば」
「それはどういう事だ」
俺以外誰も通さないようお願いしたにもかかわらず、聞き覚えのある固い声が俺の後ろから聞こえてきた。
振り返った先に立っていたのは、騎士科二期生の総大将だ。
今どのような感情を滲ませているかまるで悟らせない無表情に、僅かに恐怖が走る。もしも頭上に戸惑っている一文が無ければきっと立ったまま気絶していたかもしれない。
「あ、あの」
「もう一度訊く。精神支配の魔法具とは何だ」
被疑者を取り調べる刑事のような威圧を含んだ声で尋ねられる。
「そ、それは……っ!」
何故か焦燥感と後ろめたさに後退した瞬間、俺の目がミカエラの後方を捉えた。
「ポチ、ダチョウ! フェル様とフラウ様、誰でもいいから知らせて。コイツ、敵!!」
俺は開いた窓目掛けてポチとダチョウを力いっぱい放り投げる。
一拍。俺の命令を遂行せんと巨大化したダチョウにより俺の全身を懐かしの足の痺れが駆け巡る。
ぐらりと傾く体。それでも俺は少しでも伝言を残すべく、取り出したペン先を指で刺し、掛布の下に『ヘビ、ゴードン』と書き記す。
「ラシェル君!?」
突然の出来事に困惑しつつもミカエラは、手を貸そうと駆け寄る。
せめて彼にも逃げてもらおう。そう決意した矢先――
リィ~ン。
品の良い風鈴の音色にも似た鈴の音が鼓膜を揺らした。
(クッソ……)
全身の痛みそのままに体の自由が徐々に徐々に奪われていく。
そんな俺を見てミカエラの後方にいた教授風の男が、にやりと笑った。
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