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12歳編〜まだまだ続くよ漬物は〜
なーな
ゴードン・ヤイル・タダンドリア。
彼は男遊びの激しい助平男爵とその使用人である母との間に生を受け、庶子にしては珍しい、平凡な子供時代を過ごした。
そんな彼が過激派組織ナァガに身を置いた切っ掛けは学生時代、研究論文への助言を求めに行ったときだ。
もはや何徹か数えることさえ億劫だったある日、世界的研究者の方々が学園都市に招待された事を知った。
当時の師からは荒唐無稽と一笑に付され、どうにも行き詰まっていたゴードンは彼等に教授してもらおうと決意した。
見識深い彼等なら自分には無い視点で道を切り開いてくれるのではないかと期待して――。
従業員の制止を振り切り突撃した接待先、そこでゴードンが目撃したのは誇り高き学術員とはかけ離れた淫獣の姿だった。
衝撃的だった。だがそれでも彼等も人間だから、論文の為にと必死で抑えつけた吐き気と残っていた期待は次の瞬間、粉々に打ち砕かれた。
奴等は研究者などではなかった。
ゴードンの汗と涙の滲んだ論文を、目を通す事なく放り捨て、あろうことか嫌がる自分を組み敷き、暴いた。
『お前も論文を献上するならその内、引き上げてやるぞ』と言いながら。
そこでゴードンは知ったのだ。
学術員の闇を。
研究者達の頂点、崇拝すべき先達は腐りきった老害の巣窟だと。
許せなかった。
だがそれ以上にそんな老害共を崇め奉った自分に心底吐き気がした。
今思えば違和感は幾つもあったのだ。
毎年変化する文章の言い回しに多彩な学術テーマ、不規則な句読点、定期的な解雇に学術院を去る弟子。
醜い。学問に寄生する化け物。
だからゴードンは決意した。
必ずやあの化け物共を一掃し、学術界を本来あるべき姿に正すのだと。
だがそれは茨の道だった。
上を目指せば目指すだけ奴等の老獪さを目の辺りにした。奸策を弄し、何度も窮地に追い込まれた。
それでもゴードンは諦めなかった。
学問を愛していたから。
でもそれが折れたのは、奴等に辱めを受けて自殺した母の手紙を読んだ時だ。
愛する母から自分に宛てた怨嗟。
自分を全否定する文言。
ゴードンの中で何かが音を立てて壊れた。
自分は一体何の為に……。
失意のどん底に突き落とされ、もう生きていても仕方ないと剣を握りしめた時、ナァガが声をかけてきた。
彼等はゴードンにこの世界の真実を語り、真に敬愛すべき本物の研究者に引き合わせてくれた。
Ⅴ爺。
学園都市の老害とは比べ物にならない、彼こそが真なる知の探求者だった。
彼はゴードンの研究論文を一目見ただけで理解、賞賛し、新たな切り口を示した。
憧れた。同時に彼の子供が欲しかった。
だが胎の機能を壊されたゴードンにはそれは難しく、ならばせめて彼と並び立ち、相応しい、いや追い越すほど優秀な研究者となろう。その為にゴードンは血の滲む努力を重ね、Ⅵにまで登り詰めた。
なのに――
「彼は死んだよ」
「……………………え」
「フェルディナント・ディ・ロセッティによってね」
彼は殺された。
「ハハッ……聖騎士を貰うついでに良い拾い物をした」
床に倒れ伏したラシェルを見、ゴードンは仄暗い笑みを零す。
ラシェル・フォン・セウグ。フェルディナント・ディ・ロセッティの婚約者。
あちらが先に大事な物を奪ったのだから、こちらも同じように奪わなければ。
「フフッ……フフフフ」
* * *
剥き出しの大地に、饐えた臭い。
僅かに波紋を刻む蝿の集った泥水。
そんな不衛生極まりない場所に三人の男がいた。その内の一人、過激派組織ナァガ幹部Ⅵことゴードンは残りの二人に冷酷な眼差しを向ける。
一人はⅠの右腕の指示で捕獲したヨルベ皇国の聖騎士ミカエラ・リュ・パエラトン。
もう一人は貧相な一般生徒。
何処に出しても紛れそうな平凡さを纏い、優秀とは程遠い見た目ながら、多少勘の切れる少年である。
どちらもⅤ爺の復讐完遂に必要な人材だ。
二人共まだ精神支配に犯されているようでどちらも瞳に光沢はなく、虚ろな様子でゴードンを、いや前を見据えている。
彼等から目線を外したゴードンは、奥に配置した計器の群れへ向き直る。
そのまま暫し計測を続けていると、先に支配を脱したミカエラの声が聞こえてくる。
「っ、ここは……っ。ラシェル君、ラシェル君、しっかりするんだ!」
「……ぅ」
それほど大きな声ではないものの、此処が地下である所為で嫌でもよく響く。
ラシェルの無事――彼自前の麻痺は除く――を確認し終えたミカエラは檻の中からゴードンの姿を捉え、目を瞠る。
「これはどういう事ですか、タダンドリア教授っ! 何故貴方が我々にこのような真似を!」
その杜若に憤りと困惑、あと僅かに恐怖の色が走ったのをゴードンは見逃さない。
やはりどれだけ持て囃されても所詮は子供。その現実にゴードンの笑みが深くなる。
同時に意地悪してみたいという欲求が湧き上がり、彼はこの場において最も相応しくない、担当生徒に対するような穏やかな声音で言い聞かせる。
「ミカエラ君。疑問を感じた時は真っ先に解答を求めるのではなく、自らの頭で考えなくては。優秀なパエラトンの名が泣きますよ」
「っ、貴方は!」
仄暗い優越感に心が満たされていく中、それは直ぐに掻き消された。
「なら俺が代わりに解答しましょう。貴方は過激派組織ナァガ幹部Ⅵ。俺達を拉致した理由は実験材料と報復、でしょう」
断言した平凡もといラシェルの口調からは絶対の確信が感じられた。
ゴードンは微かに眉を顰める。
全て見破られている。なぜ。
「あぁ、ついでにあの合同演習の一件もアンタの仕業か」
「……ほぅ。私の正体を看破した事も驚きだが、計画まで把握しているとは。……貴様、誰の手の者だ」
小馬鹿にしたようにラシェルが笑う。
「あれ? 疑問を抱いた時はまず自分で考えなきゃいけないんじゃなかったの?」
特大のブーメランである。
やり返されると思ってなかったゴードンの額に青筋が浮かび上がる。
「貴様、この状況が分かっていないのか! 私の気分次第で貴様達の命はないのだぞ! 出てこい!」
ゴードンが奥の方へ向けて呼びつける。すると一拍して、可笑しな動きで歩く“獣人らしき女”が現れた。
のたり、のたり。
鉄格子で隔てたその先から、尾骶骨周辺より獣の尾を伸ばしたそれ――この世界に絶対いない筈の存在が近づいてくる。
だがその動きは凡そ人のモノではない。腐敗臭を纏わせ、女性いや女の形を模した生物がゆらゆらと大きくその体を揺らしながら鉄格子前で足を止める。
そしてそれは二人を視認したのと同時、人間でいえば心臓の辺りが沸騰した湯のごとく膨れ上がり、破裂した。
広範囲に飛散した濁った血液がべちゃりと音を立てて地面を汚す。
爆発は一度きりで収束するも、爆発先である心臓部は空洞――否、珠のような物を生み出した。赤黒い紅玉、いや目だ。
軟式球にほど近い動物眼が、前後左右に驟き、最終的に彼等を視界に収めた。まるで生きているかのよう。
全身が総毛立つ。
異常な速度でラシェルの口の中に酸い物が溜まり、えづきかけると同時に眼の前のそれの正体が明かされた。
◆合成型ホムンクルス(失敗)◆
Ⅴ爺の研究を引き継いだⅥが作成
真なる創世神の一柱を模した
先代聖獣マ・ガミィの魂(一部)有り
【作成法】
先代聖獣マ・ガミィを反魂した後、死霊化からの奴隷含む貧困街の住民666人と強制交配させ、意図的に遺児とした命をゴードンの研究、人造人間と組み合わせる
消滅に必要な柴漬け
157本
悪心を押しのけるほどの憤怒が全身を支配する。なぜここまで非道を貫けるのか。
ラシェルは疑問を覚えるが、相手は過激派組織ナァガ。訊くだけ無駄だと自らに言い聞かせた。――もっとも語られたところで一切理解なぞ出来ないだろう。
それよりもミカエラ死亡回避と同数の柴漬け本数に注目する。恐らくこれがあってミカエラ本人の飲用では数が変動しなかったのだ。
ラシェルはごく自然にミカエラの腕を引いて一歩後退し、相手方から目撃されぬよう真横へ視線を向ける。
そこに一見何もない空間。
だがラシェルいや俺の眼は隠れ人を、はっきりと見抜いていた。
それはロセッティ公爵夫人より宛てがわれていた影の一人。
彼に向けて、まだ動かないでと唇の動きだけでお願いする。
了承してくれたかは定かではないが、了承してくれたものと信じて俺はミカエラの背中に指をやる。そしてそのまま反応しないでと文字を書く。
ミカエラの体が一度だけビクリと動き、俺を窺うが指示に従って合成型ホムンクルスへと視線を戻す。
「……ほほぅ。貴様らにもこれの素晴らしさが分かるか」
黙した俺を感動したと解釈したゴードンは冷やかに笑う。
だが俺には心底どうでもいい。
――アイテムボックスは持ってますか。YESなら右足を動かして―
右足が動く。
――しばづけはある?――
これにもYES。
――驚かないで聞いて――
揺れる右足。
――あの化け物は、しばづけ157本で殺せる――
ミカエラが盛大に振り返った。
顔は何言ってんだコイツとアリアリと物語っている。……うん、分かるよ。俺も柴漬け157本で眼の前の化け物殺せるって言われたら、正気を疑うし、同じ顔する自信しかない。
だが今は信じてもらう他ない。
真剣に見返す俺にミカエラは覚悟を決めたのか、一つ頷いた。
俺は一歩前に出る。
「なんだ。命乞いでもするか……そうだな。裸になってその場に土下座するなら助けてやっても良いぞ?」
圧倒的優位に酔いしれたゴードンが俺に対し、嗜虐的な笑みを浮かべる。
無論、そんなつもりは絶対にないだろう。生意気な子供の醜態を見届けた後で殺される俺の表情を待ちわびているのだと、その表情が証明していた。
「命乞いはしない」
「……ほう」
ゴードンの眉尻が上に上がる。
「どうせ見逃す気なんざ更々ないだろ。ならさ死ぬ前に教えて欲しいんだよね。その、素晴らしい……生き物について、貴方が“一人”で完成させたんだろ。あ、もちろん只とは言わないよ。教えてくれるなら、俺もさっきの質問に答えるよ」
「……時間稼ぎのつもりか?」
「いーや。どちらかって言うと学術的興味かな」
その言葉に考え込む素振りを見せるゴードンに、神の如き研究成果を前にして何も知らぬまま死ぬのは死んでも死にきれないと訴える。
本心ではまるで思っていないが、こういった手合は相手が自身の、周囲に理解され難い物事に関心を示し、豚を煽てる勢いで賞賛し尽くされると驚くほどコロッと口を滑らせてくれる。さながら女慣れしていない童貞が商売女の営業トークを本気にして好意を募らせるみたいに。
そして思惑通り、ゴードンも彼等と同類だった。へー、そうなんですね、流石です、尊敬します。俺の使い回しの相槌とヨイショに気を良くしたゴードンは合成型ホムンクルスだけではなく、聞いてもいない自身の研究についてまで口を滑らせてくれた。
「特別に、特別に君には私の研究を見せてやろう。おいっ! アレを持ってこい」
「!?」
ゴードンが合成型ホムンクルスに命じて持ってこさせたのは、一枚のタブレット。
その画面に映るものを見て、俺は眼を丸くする。
「おおっ、やはり君にもこれの凄さが分かるのだな。これこそ神の最強兵器オ・セーロだ」
それは8×8の正方形の盤に白と黒の丸駒が並んだ、盤上遊戯であった。
絶句した俺にゴードンは続ける。
「まだ全てを解明出来てはおらんが、私はかつての神々がこれで世界を破壊し、その強大な力ゆえ封印した太古の兵器と睨んでいる!」
オセロにそんな力は、ねーよ!!!!(全ギレ)
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