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12歳編〜まだまだ続くよ漬物は〜
俺の、俺の、俺の話をきけ〜
しおりを挟むじくじくと痛む側頭部を押さえ、肺腑全ての空気を吐ききるように深く息をつく。
今頃、現実世界では大層な騒ぎとなっていることだろう。目覚めた後を想像するだけで面倒臭い、とても胃が痛い。
聖獣との交信は不定期と伝えていれば、いやそもそもきっちり時間指定しておけば。そう一頻り嘆いた後、思考を切り替えた俺は顔を上げる。
まだポージングを続けるイーザ・ナァミ。
冬の空気と同等な冷たさを誇る台所用水栓の水に触れたような感覚が俺を襲う。
もう触れたら負けの精神だ。
ロセッティ公爵夫人仕込みの品のいい俺の謝罪に、正面の聖獣の口から戸惑いのこもった一音が宙に溶ける。
そこを一気に畳み掛けた。
「先ほどは大変失礼致しました。このたびはイーザ・ナァミ様にご報告と謝罪、そして誠に勝手ながら知識を拝借したく、分聖獣様を通してお取次ぎをお願いした次第です」
続いて口にした内容は纏めて4つ。
名義借りの謝罪と今後の使用許可。
グレゴリーの一件。
上記派生の聖戦士及び過去の歴史講義。
首辛いから座れ。
――以上だ。
その場に胡座をかき、沈黙を守るイーザ・ナァミ。それは優先順位を思案しているというより、返答に窮するものだった。
もし仮に神と秘密保持契約か、それに準ずる誓約を交わしてなら仕方ないが、そうでないのならどういう了見なのか。
あまり急かしたくないが、今は悠長に待つ時間もない。
差し障りがあるのならそれに該当しない部分もしくは足掛かりだけでも強く促す。
体感にして一分。
根負けしたらしいイーザ・ナァミが軽く息をつき、頭皮を掻いた。
「まず名義使用に関しては、儂の名誉を著しく貶める物でないなら、さして問題はない」
「有り難う存じます」
「次にグレゴリーなる者についてだが、儂には語れぬ。だがその者が蛇の子飼いである以上、お主の水薬は与えん方がよい」
「分かりました」
「歴史の講義についてもじゃ。儂ら聖獣は太古の神との誓約により、聖戦士を含めた四人についての指南は著しく制限されておる。――あまり力になれずすまぬ」
図体はどうあれ真摯に頭を垂れる姿に嘘はなさそうだ。
「ただこれだけは言うておく。聖戦士は決して悪ではなかった」
「悪ではない?」
聖獣はそれ以降口を閉ざす。つまりはそれが伝えられる限界範囲なのだろう。
「しかし祝福を与えた儂も儂じゃが、お主も大概奇天烈よな。アヤツを思い出すわ」
まるで青春時代を懐古するかのように遠くを見つめるイーザ・ナァミ。
「……とても大事な方だったんですね」
「いや全く」
「は?」
「寧ろ問題児であった。皆、アヤツの奇行に戦々恐々とし、時に逃げ回るくらいにな――いや年寄りの昔話だ。忘れておくれ」
これほどの個性の暴力がそこまで言うなんて一体どんな方なのだろう。
「それより分聖獣を通して人の世を見ていたが、其方等も中々大変そうではないか」
「あぁ、ゴンザレス様ですね」
「分聖獣だ!」
自棄に力強く訂正する辺り、ゴンザレスの名はお気に召していないようだ。
「アッ、ハイ。とにかく視界共有されていらしたんですね。では自ら外にお出にはなられたりは」
「儂には門の守護があるからな。まぁ分聖獣の力が強く育てば可能性はあるかものぅ」
是非ともそのまま守護っていてくれ。
「それからお主には言おう言おうと思って事があってな」
「あれ、もしかしなくてもお説教の流れですか?」
「そのまさかじゃ。まったく毎度毎度一人で突っ走りおって。もう少し周りを頼れ」
「あはは。耳が痛いですね」
「その内、痛い目をみるぞ」
表情を引き締めたイーザ・ナァミが上半身を傾けて顔を近付ける。
「無意識か意識的かは定かではないが、お主は頼る人間をかなり絞る傾向にある。それではいつかお主自身だけでなく、身内も蛇にしてやられかねん」
「――お言葉ですが敵が何処に潜伏している判然としない以上、下手に行動を起こすのは危険です。俺は公爵家とその影に守られていますが、家族はそうではありません。俺が奴等ならまず弱点をおさえます。そうなればセウグ家には対抗出来るだけの戦力はありません。ロセッティ公爵家に丸ごと庇護を求めたとしてもそこに絶対の保証はないではありませんか」
「しかしじゃな」
「――――――俺が助けを求めた所為で人が死ぬのはもう、嫌なんですよ」
顔を見られないよう静かに目を伏せる。
目蓋の裏に鮮烈に甦る土砂降りの雨。
そこに濡れた我が子を抱きしめる女と、その手の中で動かない少年。
女の金切り声が俺を詰る。
強く拳を握り、瞳を閉じる。
胸の内に巣食うのは罪責感。
俺が助けを求めたが故に起きた俺の罪。あんな思いを味わうのは一度で十分だ。
力無く笑う俺の頭にイーザ・ナァミの手がそっと振れる。そして何処か乱暴でありながら優しい手つきで撫で回した。
祖母の撫で方に良く似てる。
目蓋の裏に浮かんだ彼女の姿に鼻の奥がつんとした最中、回転性の目眩が襲う。
現実世界に戻る兆しだ。
僅かに離れがたい気持ちを抱えながらイーザ・ナァミの手を掴み――でも俺は現実世界に引き戻される。
そしてすぐ俺を呼ぶ三つの声が鼓膜を揺らした。
「「「ラシェ(ル)!」」」
目を開けると、そこは美形だらけだった。
直木賞作家ばりに表情しながら苦く笑う。
視界全体に映るアルヴィス、フェルディナント、フェルディナント。
美形三兄弟が揃って不安そうに俺を覗き込んでいた。
「えっと……おはよう、ございます?」
「おい、さっさと診ろ!」
アルヴィスの指示に従い、三人の医者が有無を言わさず聴診器や触診、問診と忙しなく動く。そうして一拍ほどで離れていった彼等が何やらスクラムを組む。
「おい、コソコソ話してねーで病名!」
「もしや何か厄介な病ですか?」
「いや、あのお二人共」
制止を促す俺を無視して、双子が医者に詰め寄る。しかし医者から告げられた診断は――
「異常ありません」
そら、そうだ。
「嘘をつけ。いきなり倒れたのだぞ。何か大きな病が潜んでいる筈だ」
「あのー……」
「ラシェ! 気持ち悪くない? 何処か痛む?」
「あ、いえ。大丈夫です。それでその」
「大丈夫だ。直ぐに別の医者を手配して」
「いや、ですから!」
「安心して。どんな病でも絶対に治してみせるから」
お願いだから、全員、人の話きこう?
「大丈夫! 大丈夫です! ちょっと眠くて寝落ちしただけですから!!」
「「「そんな筈はない!」」」
そんな筈なんです!
「だから俺の話聞いてっ!」
因みに十人を越える医者から健康優良児のお墨付きを貰えるまで、三人の暴走は止まらなかった。
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