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同居人はイケメンな元級友。
夏史との出会いは新歓コンパ。
新入生の雪弥が大学内で迷子になった際、助けてくれた先輩に押し切られる形で参加した飲み会の席だった。
いまいちその場の空気に馴染めず、挙げ句その先輩に絡まれて困っていたところを彼に助けてもらったのだ。
夏史は社交性が高く、場の空気を読み、要所要所に的確なパスを回し、口下手な雪弥とも会話を弾ませ、居心地を良くしてくれた。
天は二物も三物も与えるものだとその時の雪弥は憧れ、同時に恋をした。
そんな事もあり、すっかり気を許してしまった雪弥だが、途中、強い眠気に襲われ、そこを夏史にお持ち帰りされて、なし崩し的に肌を重ねた。今思えば一服盛られていたのだろう。
以降はずるずると関係を続け、まあ関係といっても週に一度、呼び出されて寝るだけの薄っぺらいもので。
普通であればセフレだろうと誰でも察してしまうそれを恋愛経験の乏しい雪弥は誤認した。いや、敢えて見ない振りをした。だって好きだったから。
――けれど、それももう終わり。
愛を謳う蝉の声が木霊する。
私物を纏めたボストンバッグ片手に雪弥はアパートの鍵を開けた。
室外と同程度の熱気が肌を撫でる。
二週間ぶりの変わらない我が家に雪弥は肩を落とし、中にあるエアコンのリモコンを操作する。
ピッと機械音が鳴り、一呼吸遅れて起動したそれが温い風を吐き出した。
「母さんが掃除してくれたみたいだけど自分でも一回そう……じ」
言いながら雪弥の動きが止まる。
その目の先は机の上。キャラクター名も知らない小さな動物の玩具達だ。
悲しげに目を伏せた雪弥がそれを手に取って無言で撫でる。
彼等は皆、夏史から貰ったプレゼント……いやただ単に処分が面倒くさくて雪弥に渡しただけの飲料水のオマケ。
こんな物を宝物にしてたなんてと雪弥は自嘲気味に笑い、全て資源用のゴミ袋に入れた。その際、一滴の熱い水も中に落ちていく。
「……この恋心は何ゴミになるんだろうね」
ポケットの携帯が数度鳴り震える。
どきりと心臓が大きく脈打ち、恐る恐る取り出して――安堵した。
液晶に表示された通知主は父。
涙を拭い、タップしてみれば、雪弥の退院を祝う文言とスタンプが連続投下されていた。
「全く、父さんは……ん?」
新たに送られてきたメッセージに雪弥の目が大きく見開く。
『そうそう。お母さんにね、いま雪君の住んでるアパート、カビ臭くて体に悪そうだから新しいとこ探してるんだけど良いとこないって訊かれたよ』
『お父さんの知り合いにね、そこが地元の人がいて息子さんとのルームシェアしてもらえると有り難いって言ってるんだ』
『一応住所載せておくね。●●街三丁目5-1。名前は上白垣秋磨(かみしらがき しゅうま)君。その子の電話番号は090-××××-□□□□。秋麿君には一応もう話は通してあるよ。ルームシェアするなら鍵も渡したいから一週間以内に連絡してって。あ、それとね秋麿君、雪君と同い年で同じ大学に通ってるんだって』
「いや、個人情報と行動力……」
雪弥は頭を抱える。そして見計らったように、また携帯が鳴り震えた。
今度はなんだと目線を送れば父ではなく、母の一文字。
『お父さんから連絡いってると思うけど、お母さんもアンタの次の住居探してみたの。お父さんのが嫌ならこの中から選んでね』
次いでアパートの情報だろうURLが三つ貼付され、直後に拒否権はないという無情のメッセージ。
「なんで夫婦揃って行動力の権化なの……ん?」
続く〆の文章に雪弥の表情がくしゃりと歪む。
「優しさも夫婦揃いすぎだよ……」
『お父さんとお母さんは何時でも雪弥の味方だからね。辛い時は思いきって環境を変えてみなさい』
四日後。
菓子折を持参した雪弥は、ルームシェア先のご立派な一軒家の前にいた。
彼は右手をインターホンではなく、携帯のコミュニケーションアプリを起動し、父とのトーク画面を開く。
『おとん、ルームシェアちゃう。これ、シェアハウスや』
思わずエセ関西人になってしまうくらい混乱した雪弥だが、残念ながら一向に勧めてきた張本人からの釈明、既読はつかない。
もちろん住所は間違っていない。
呼び鈴を押すべきか、押さざるべきか暫し躊躇していると、玄関の方が先に開く。
「……あ。違っていたらすみません。川山雪弥さんですか?」
現れたのは王子様のような美形だった。夏史と並んでも見劣りしない、寧ろ張れるほどのイケメンだ。
返答のない、思わず見惚れた雪弥に彼が首を傾げる。
「あの?」
「あ、はい。川山雪弥です」
「やっぱり。あ、今ね、道に迷ってるんじゃないかって思って迎えに行こうって思ってたところだったんだ」
そう言うと小走りに駆け寄ってきたイケメンが雪弥の手を握る。
「改めて久しぶり、雪ちゃん!」
「え、え!?」
突然の事に雪弥は目を白黒とさせる。
そんな雪弥にイケメンの彼は一瞬不思議そうにして、直ぐさま合点がいったようにスマホを操作して、画面を向ける。
「ほらっ、小学生の時によく一緒に遊んだよね。錫成秋麿!」
画面に映る幼い少年の写真。
だがそれは今の青年とは似ても似つかない、天然パーマのもっさりとした冴えない見た目の男の子だった。
「……あ、あ~! もしかして秋くん!?」
「そう! その秋くん!」
「うわぁ、久しぶり。すごい格好よくなったねぇ」
「ハハッ。何その親戚のおばちゃん感。あ、立ち話もなんだから入って」
秋麿に腕を引かれて通された居間は雪弥の実家とは比べ物にならないほど広かった。
借りてきた猫のように縮こまってソファーに座る雪弥に秋麿は可笑しそうに吹き出した。
「そんなに緊張しないでよ。ここには俺しか居ないからさ」
「そうなの!?」
「そうだよ。んーどこから話したものかな。名字は親が離婚して……あ、麦茶でいい?」
「お、お構いなく。あ、これささやかな物だけど」
「ありがとう。あ、炆華堂の草餅。やった。俺、ここの好きなんだよね」
ほくほく顔で準備する秋麿に、雪弥は意を決して唇を開き、
「秋くん、あの」
「あ、水羊羹みっけ。雪ちゃん、水羊羹好きだったよね。食べる?」
「水羊羹!」
「アハッ。用意するから待ってて」
大好物の誘惑に負けた。
「……おいひぃ」
「雪ちゃん、昔から水羊羹好きだったもんね」
もむもむと幸せそうに頬張る雪弥を見ながら、秋麿が言う。
「いやでも本当、雪ちゃんがルームシェア受けてくれて助かったよ。実はさ、前にシェアしてた奴が問題起こしちゃってブチ切れた父さんに次は真面な奴にするか、アパート暮らしか選ぶよう脅されてたんだ」
「……え」
フォークに刺していた羊羹がぽとりと落ちる。
「けど中々相手が見つからなくてさ。あ、これ強制アパート暮らしだって悲観してたら親父から雪ちゃん紹介された時は本当渡りに船だったよ」
「そ、うなの」
「うん。でないと俺、絶対、というか間違いなく慣れないアパート暮らしで体壊してた! あ、そうだ。これ、家の鍵。部屋は二階だから後で案内するね。荷物はいつ運びこむ予定?」
「あ、それはまだ」
「そっか。じゃあ決まったら連絡欲しいから連絡先交換しとこうか」
「あ、うん」
本当は断るつもりで来たというのに矢継ぎ早の圧に負けて、気付けば雪弥の電話帳には新たな連絡先が一つ追加され、同居が決定してしまった。
「これから毎日楽しくなりそう! 改めてよろしくね、雪ちゃん!」
「う、うん」
邪気のない純度百%の笑顔にたじろぐ雪弥。だがその目を離した一瞬、彼の目が熱っぽく見つめていた事を雪弥は知らない。
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