君とのキスは、涙味。

くすのき

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僕はもう騙されない。


「雪ちゃん、最近調子良さそうだね」
「……そう?」

 秋麿の問いに、書籍から目を離した雪弥は小首を傾げた。

「そう。ご飯だって一口多く食べられるようになったし、唇のカサつきも前より良くなってる」
「秋くん、ちょっとキモい」
「ええっ!?」
「嘘。冗談。実はね、悩みが一つだけ減ったんだよね」

 卓上の携帯に視線を移す。
 あの診察から四日。
 毎日欠かさず受信していた電子の手紙がぴたりと止んだのだ。

「そっか。良かったね」
「……何かは訊かないの?」
「気にはなるけど雪ちゃんが話したくなったら聞く」
「秋くんは相変わらずイケメンだねぇ。僕が女の子なら惚れちゃうかも」
「っ、でしょ!」

 まあそれより、と前置きした秋麿が自身の携帯画面を見せてきた。
 そこには大手飲食店のメニュー表。

「お昼の出前、何が良い。ちなみに俺は月見うどん肉増し増し葱たっぷり大きな海老天付き」
「なにその呪文。というか偶には麺以外にしない? 先週の日曜も蕎麦で、先々週なんか煮麺だよ」
「そうだっけ? あ~でもなんか最近冷えるから温かいものが無性に食べたくなるのかも。あとね、ここのクーポン、今日で期限切れちゃうからさ。それで雪ちゃんはどれ食べたい?」
「僕の意見ガン無視!?……じゃあ、この生姜しょうがの卵あんかけうどん」

 りょーかいと気の抜けた声で、秋麿は注文画面を操作する。
 本当にイケメンな男である。
 あくまでクーポンの有効活用と自分の食欲を満たすためと豪語しながら、その実、雪弥の体調と懐具合をおもんぱかってのこと。――顔だけのあの男とは天と地の差だ。
 目蓋の裏にチラついた夏史の泣き顔を払うように雪弥は小さく頭を振る。

「どしたの、雪ちゃん?」
「なんでもない。あ、そうだ。明日の共同レポの人にメッセージ送らないと」

 自然な態度で級友へのメッセージを打つね、と断りを入れて雪弥はコミュニケーションツールアプリを開く。
 タップするのは当然同期ではなく、ある一人の男とのトーク画面。
 その文字入力箇所に短いメッセージを書き込んで送信する。
 内容は昼の挨拶と催促だ。
 すると送信して1秒足らずで既読がつき、決めてないの五文字が打ち込まれる。次いで、保留に対する謝罪とも読み取れるごめんなさいの文字。
 そうして、つい、と過去のログを見た雪弥の胸に仄暗い喜びが湧き上がる。
 そこには、後藤秀頼からの強制やり取りが終わりを告げ、代わりに雪弥から彼に当てた既読スルーを許さない強制やり取りが表示されていた。
 『おはようございます。何時にしますか?』
 『しない』
 『こんにちは。決心はつきましたでしょうか?』
 『ついてない。動画は消したから』
 『こんばんは。僕はいつまで待てば宜しいでしょうか』
 『ごめんなさい。本当に動画は消しました。許してください』
 日に三度。
 毎日忘れず送りつけ、二日を過ぎた辺りから泣きが入り始めた。
 きっと彼は通知を受ける度、罪悪感と恐怖に苛まれることだろう。

「(でもまだ足りない)」
「雪ちゃん?」
「あ、ううん。……あれ、宅配みたい。僕が出るね」

 インターホンの音で我に返った雪弥は慌てて携帯を閉じて玄関に向かう。
 青の制服がよく似合うお兄さんから受け取った荷物は二つ。一つはアメリカに単身赴任中の父、もう一つは……。

「ハァ……」

 差出人不明の便箋びんせん
 それが誰からの物であるか理解した雪弥は顔を曇らせる。

「雪ちゃん、誰からー?」
「あ、うん。父さんから手紙と本が届いたみたい。部屋に置いてくるね」
「あ、うん」

 咄嗟に封筒を隠した雪弥は、そそくさと階段を上り、宛がわれた部屋の扉を開ける。そして後ろ手で鍵をかけると小包みではなく、封筒の封を切った。
 ふわり。覚えのあるシトラスの香りが鼻腔を擽った。
 雪弥の顔が無理矢理笑おうとして失敗した不細工なものに変わる。
 花の便箋には、ごめんの一文。雪弥は無言で携帯を起動し、花の検索をかける。
 結果は、白いアイリス。
 そしてその下に目を走らせた刹那、雪弥の表情が辛そうに歪んだ。
 『白いアイリスの花言葉:あなたを大切にします』

「ハハッ……嘘吐き」

 鍵付の引き出しを解錠し、手前に引く。また微かにシトラスの香りが舞う。
 中には同一人物からだろう三枚の一文花便箋が重ねられていた。
 ラズベリー、十五本のカモミール、ディアスシア。
 あの日から今日まで雪弥の元に届くようになった花と謝罪の手紙――夏史からの手紙。
 四枚のそれを重ね、雪弥はまた鍵をかける。まるで自分の心にも鍵をかけるように。

「大丈夫……大丈夫……僕はもう騙されたりなんてしない。これはパフォーマンス。パフォーマンスなんだから……絶対に信じたりしない」

 自分に言い聞かせるように二回繰り返し、雪弥は秋麿の待つリビングへと足を動かした。




※補足の花言葉※

・ラズベリー(木苺):深い後悔。
・十五本のカモミール:ごめんなさい。
・ディアスシア:私を許して。私を信じて。
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