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歯車はズレていく。
瞑った目を開けば、目が合う。
気の置けない友人の捕食者として、否、雄としての一面。
「はぁ……雪ちゃん、雪ちゃん」
砂糖よりも甘く、ココアよりも諄い声。なのに今はただただ怖い。目の前の彼が彼であって彼でない、別の生き物のようだ。
側頭部がズキズキと痛む。酸欠か、高熱か、或いはその両方か。痛みの幅が狭まっていくのが分かる。
そして雪弥の異変に気付いた秋麿が、ようやっと動きを止めた。
必死に名を呼んで体を揺するが、今の雪弥にはそれに答える余裕はない。――ただ意識を閉ざす一瞬、普段の秋麿に戻ったようで、雪弥は少しばかりの安堵を覚えた。
「雪ちゃん、雪ちゃん!……あ、眠った?」
少々荒い呼吸ながらも緊急事態でないと察した秋麿は安心すると同時に仕出かした事の重大さに膝を突く。
だが脳内を占めるのは三割の後悔と――七割の充足感。
雪弥の髪を一房掬う。
口づけると嗅ぎ慣れたものと異なる洗髪料の香りがした。
「ごめんね、雪ちゃん……でも俺、アイツにだけは譲りたくないんだ」
閉じた雪弥の目から、涙が一筋零れ落ちる。這わせた舌で舐め取ると甘い味がした。
手の中で携帯が震える。
「……コイツ」
覗いた液晶には、夏史の文字。
秋麿の顔面が嫌悪に染まる。
数ヶ月、雪ちゃんと付き合った、いや、良いように使っただけの野郎が。
「(こっちはガキの頃から雪ちゃんが好きだったんだ)」
秋麿と雪弥の出会いは小学生の時。
親の転勤三度目の転校先だ。
あの頃の秋麿は今とはかけ離れた陰の者で、人と話すのも関わるのも大の苦手だった。
そして子供というのは残忍なモノで他者と違う、やり返してこない大人しい者を甚振るのを往々にして好む。最も一部ではあるが、残りの傍観者の九割も似たようなものだ。
当然秋麿もそのターゲットになった。
毎日が地獄だった。教師に相談しても、親に相談しても解決するのはその時だけ、いやそれどころか暴行傷害脅迫の犯罪者達は更に陰湿となり、秋麿を苦しめた。
せめて一矢報いようとポケットにカッターを入れて学校に行った際、事態は好転した。いつものように犯罪者達に呼び出され、とうとうポケットに手を伸ばした時、雪弥が現れたのだ。
当時別クラスだった彼は秋麿の顔が極力映らないよう配慮しながら、暴行現場を警察に録画通報してくれた。
そうして警察が来た事で事態を重くみた学校側がようやく重い腰を上げ、重要な証拠を得た秋麿の母親は犯罪者達の親を相手取り損害賠償請求を起こし、秋麿は晴れて平和を手に入れた。
あの頃から雪弥は秋麿のヒーローであり、初恋の人だった。
助けられてからまた転校するまで彼と遊び、彼への恋心を育んだのだ。
いつかまた出会えたら彼に相応しい男になる為に、ひたすら自分を磨いた。
大学で再び出会えた時は運命だと思った。でもその時はもう彼は夏史の玩具で。助けたかった。けどもし拒絶されたら、そう思うと怖くて恐ろしくてずっと二の足を踏んでいた。
そんな時、神は自分に微笑んだ。
恋い焦がれ、隣に並び立ちたかった彼がこの家に来てくれたのだ。当初は同棲を断るつもりだったようだけれど、流れと勢いに任せて押し切った。
恋愛の猛者である女性達の助言にも律儀に従った。それでやっとこの関係を変えるお許しが出た途端に、これだ。
許せない。
到底、許せるものではない。
彼に相応しいのは自分だ。
アイツではない。
「雪ちゃん、俺がアイツなんかよりずうっと大事にするからね」
秋麿は嗤う。それはゾッとするほど怖ろしく、恍惚とした笑みだった。
「ふふ、ふふふ……」
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