君とのキスは、涙味。

くすのき

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クリスマス・2



 そこそこ酷いだろうなと予想していたのだが、これは想定外だった。
 養護施設での体験、義母義兄との初顔合わせ、突然の一人暮らし、徐々に訪問回数を減らして平気で約束を破る父親、与えられるのは定型謝罪文とご機嫌取りの玩具と端金、それなりに気遣ってくれていた義兄の突然の裏切り、さらには自分の子より出来が良いというだけで敵視し、当時夏史の心の支えである愛猫に毒餌を盛って殺した義母、周囲に助けを求めようにも金と権力に封殺され我慢を強いられた幼少期――この状態で歪まず全うに育てなど誰が出来ようか。
 でもだからといって彼が僕にしてきた仕打ちへの免罪符にはならないし、したくない。けどそれとは別にいま僕は彼をもう独りにさせたくない。前に後藤先輩に一年後には何もかも忘れて笑っていると口にしたけれど、たぶん彼は無理だし、きっと壊れてしまう。
 我ながら本当にどうしようもない。そうため息が出る反面、誰よりも何よりも必要とされ執着してくれる現状に無上の喜びを感じてしまう。
 もしかしたら自分も結構壊れてるのかも、と頭の片隅にいれながら、たくさんたくさん夏史を抱きしめる。
 傲岸不遜に見えて、その実、敗軍の将で、ほぼ孤影悄然だった愛しい人。
 縋るように唇を重ねてくる夏史を受け止めて暫く、ようやく落ち着いたらしい彼が情けない声を吐いて、雪弥の肩口に顔を埋める。
 首筋にあたる猫っ毛が擽ったい。

「ふふっ」
「……俺いまスゲぇ格好悪ぃ」

 なにを今更。

「でもその方が人間味があって良いと思いますよ」
「そうは言うけど好きな子の前では格好つけたいって思うのが男の性だろ。雪だって覚えが――、やっぱ無し。今の忘れて」

 おおかた雪弥の口から交際遍歴を聞きたくなかったのだろう。
 可笑しなところで独占欲と嫉妬心を燃やしておいて、それでいて知ることを恐れている。以前の夏史には、いや彼の表層しか見ていない人間にはさぞ衝撃的な光景だろう。それを齎しているのは自分。そう思うと何とも言えない優越感が湧き上がった。そして同時にそんな彼を揶揄いたい、その結果どんな顔を見せてくれるのかという期待も膨らんでいく。

「好きな子……あ~!」
「っ、」

 夏史の形の良い眉が緩やかな下下がりとなり、唇を引き結ぶ。それを見届けた雪弥は楽しそうに吹き出した。

「…………雪?」
「ははっ、あーおかしっ。嘘。嘘です。そんな相手いませんよ」
「ほんとに?」
「ぷくくく」
「ゆーきー」
「ふふふ。本当に本当ですよ。だって僕の初恋は貴方なんですから」

 その瞬間、鳩が豆鉄砲をくらったように夏史は静止した。そうしてゆっくりと雪弥の発したそれをかみ砕き、三拍ほどかけて完全理解すると、漫画等などに散見されるパ行効果音を背後につけて輝いた。目の錯覚か、名前も知らない鮮やかな花も咲いている。
 無駄に眩しいんですが。

「ほんとにほんと?」
「はい」
「俺もな、雪が初恋なんだ」
「は?」

 なに嘘ついてんだお前。
 思わずそう突っ込みたくなるのを堪え、雪弥はジト目を浮かべるに留める。
 家庭環境はともかく、あれだけ人を侍らせて、これだけの外見を保有して、僕以外何人も抱いておきながら、恋の十個や二十個も経験してないなんてあり得ない。ついメンチ切ってしまった雪弥に、向けられた夏史は僅かに怯む。

「う、嘘じゃねえって。本当に雪がその……初恋なんだよ」
「じゃあ僕のどこに惹かれたのか言って。あ。穴って答えたら問答無用でビンタするからね」
「あ~……どうしても言わねえと、ダメか?」
「今すぐ歯を食いしばれ」
「アー!! 違う、違うからな! 断じて、断じて穴じゃねえ!!」
「じゃあ答えてください」
「~~~~っ。最初は新歓コンパの時、雪の隣がスゲぇ居心地良かったんだよ。あとその、初めてヤった時の体の相性と雪があんまりエロ可愛くて。それから昔PC教えた時、俺を須天グループの息子じゃなく、ただの須天夏史として見てくれたとこ……です」
「ちょっといいですか。なんか良い話風に纏めて濁してますけど、本音はやっぱり体じゃないですか! というかアレは立派に強姦ですからね! れっきとした犯罪。薬盛って何度も何度もナマで、なっ、中出しまでして。僕が警察いってたら余裕で捕まるんですよ。反省してください」
「それはまぁ……いや、俺、薬は盛ってねえから。雪が俺の酒を間違えて飲んだだけで、セックスは一応合意はとった。中出しも」
「はあ!?」

 記憶を遡れど、そんな記憶はない。
 夏史曰く、持てる手管を総動員してこれシたらもっと気持ちがイいと誘導して誘導して勝ち得たとのこと。
 ――夏史先輩よ、人は断じてそれを合意の上とは呼ばない。

「……ごめん」
「ハァ。今後誰彼構わず襲わないこと。それから男女問わず中出しも駄目ですよ」
「分かった。あのさ」 
「なんです?」
「言い訳に聞こえるかもしれねえけどナマでやったのも、中出ししたのも全部雪にしか、つうかあの時だけしかやってねえ。他は全部コンドームつけてたし、雪以外の相手はヤリモク、後腐れない奴だけで、あ! セフレは今は全部ちゃんと切ってるから……雪、どした? また熱でたか?!」
「うっさい、バカ。――――ハァ。なんでこんなクズなのに惹かれたんだろ、僕」

 赤面を見られまいと両手で隠す。こんな世界一最低で最っ高に最悪な宣言と弁明を聞いてしまったというのに、胸の高鳴りが止まらないとか、いよいよ終わっている。男の趣味が悪すぎていっそ呪われて、否、もう自分はそういう星の下に生まれたのだ。うん、そうに決まってる。
 火照った熱を散らすべく、二人仲良くアイスを食べる。少しばかり溶けてしまったが、それを抜きにしてもお高いバニラアイスは格別だ。味の濃さ、口当たり、香り。どれをとってもパーフェクト。
 水分不足も相まってあっと言う間に容器は空になった。どうして美味しいものほど直ぐに無くなってしまうのか。
 悲しみと名残惜しさ、そしてやり切れない虚しさを心に落とした雪弥は、ふと横からの視線を感じて頭を動かす。
 当然そこにいるのは夏史だ。
 彼はチョコレートよりも甘い、愛しいという感情をこれでもかと全面に押し出し、雪弥を肴にシャンメリーを傾ける。
 あの面白パッケージの棒アイスは夏史の胃に収まり、また逢えて嬉しいぞという謎の名言を記した棒はティッシュを下敷きにテーブルに置かれている。
 美味しかった?と問えば、屈指に残る味だったと、なんともふわっとした解答が返ってきた。つまり旨いのか不味いのかどっちなのか。不思議がる雪弥に、夏史は絶対口コミ書いてやると和やかながら謎の闘志を燃やしていた。本当にどっちだ。
 そんなちょっとよく分からない夏史を首を傾げていると、同じくテーブルに置いてあった夏史の携帯がロックな音楽を歌い出した。

「チッ、誰だよ…………はい。ああ、分かった……そうしてくれ。――あ゛? なんで雪に替わる必要があんだよ……チッ。雪、秀頼」
「あ、うん。もしもしお電話かわりました」
『あー、もしもし。雪君、俺おれー』
「うるさっ」

 受け取った受話器の向こうから響いてきた大変騒がしく、陽気な声に顔を顰める。
 あまり好ましくない、寧ろちょっといやかなり苦手な相手。けれど一応彼にも救助された恩があるため無碍にも出来ない。一つ息をつき、此処には居ない、携帯の向こうにいる彼に向けて頭を下げる。

「その節は大変お世話になりました。あの、怪我は」
『あー、大丈夫ダーイジョーブ。俺、こう見えて結構腕には自信があるんだよねー』

 礼を終えた雪弥は安堵に胸を撫で下ろし、空いている方の片手を軽く握ると、一度だけ喉を詰まらせ、口を開く。脳裏に過るのは怖いことをしてきた秋麿ではなく、一昨日まで優しくしてくれた秋麿だ。

「あの、秋くんは……無事、ですか」
『秋くん? あー! アイツなら問題なーし。てか雪君、自分を監禁した相手の心配とかどんだけお人好しなの』
「それはっ、」
「しょうもねえ伝言なら切るぞ」
『ちょちょちょ、待って。スマホ! 雪君のやつ、服とか含めて明日届けるけど他に何か要るもんとかあるか訊ーて!!』
「だとよ」
「あ、はい。でしたら部屋にある登校鞄もお願いできますか。あとその内ポケットに机の引き出しの鍵が入ってると思うのでそこ開けて入ってる物も全部持ってきていただけますか?」
『ええよええよー』

 エセ関西人らしき軽い台詞に雪弥は少しだけ口元を上げる。
 きっと僕があまり恐怖を思い出さないよう努めて明るく振る舞ってくれているのだろう。

「もういいな。俺達はもう寝る」
『はいよー。時間は後で連絡するわ。あ、夏史。くれぐれも愛しの雪君の寝込み襲ったら駄目だよー』
「やらねぇよ、バカ!」

 乱暴に切られる通話ボタン。

「…………アイツが悪い」
「まあ、人間的にはちょっと、いえ、かなり受け入れがたいですけど凄く悪い人ではないって今は爪の先くらいには分かってますから」

 それより、と雪弥は居住まいを正す。

「雪?」
「二つお願いがあって」
「ん?」
「少しの間だけでいいので泊めて貰ってもいいですか」
「……いーよ。最初からそのつもりだし、つーかずっと居ていい」

 夏史の許しに、無意識に強張って雪弥の体から力が抜ける。

「ありがとうございます。あともう一つなんですが……近い内に秋くんと会おうと思うので、その時は一緒にいてもらっても構いませんか」
「は?…………あぁ、いや、悪い! 怒ってるわけじゃねえんだ。まだ早すぎるんじゃねえかって話」

 確かにそうだ。
 いくらそこそこの月日を過ごしたとはいえ、相手は監禁犯。まだ傷の残る状態で、夏史を護衛にしてもその判断はあまりにも早計だった。
 だが必死に引き留める夏史に対し、雪弥は絶対に引きさがることはない。

「嫌です。僕は秋くんと会います」
「ならせめて来年」
「……僕は秋くんに酷い事をされましたけどそれと同じくらい僕も秋くんに酷い事をいっぱいしてきたんだと思うんです。だからちゃんと向き合って、謝って……怒らなきゃいけないんです。まだちょっと怖い、ですけど……」

 顔を伏せ、ぎゅうぅと拳を握りしめる雪弥に、夏史は溜め息をこぼす。

「分かった」
「じゃあ!」
「ただし! 何かあった時、俺じゃあ雪を守りながら制圧出来るか分からねえから秀頼にも頼む。それが飲めるなら会う」
「はい! はいっ!」



※あと2~3話で完結します。※
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