26 / 28
話し合いという名の、
当初年内を予定していた話し合いは諸々の都合を考慮した結果、年明けに移行した。
三箇日最終日。まだまだお目出度い空気の冷めやらない巷とは裏腹に、上白垣邸は重苦しい空気に満ちていた。
その中でデフォルメされた熊の座布団に座した雪弥は正面を見据える。その対面――小さなローテーブルを挟んだ先には同居人がいた。
少し窶れただろうか。幼少期を彷彿とさせる暗いものを発し、目線は下、否、後ろを気にするようにその切れ長な瞳をチラチラと動かす。
視線の先を追えば、一メートルほど距離を開けたやや斜め後ろ、普段なら台所を面したそこに男が立っていた。
その人は後藤秀頼。今日この日の為に招集した、もしもの時の制圧要員だ。
軽薄、軟派、不真面目、不適当、チャラ男など不名誉な称号を欲しいままにする彼がいま、別人のように秋麿の一挙手一投足に目を光らせていた。
確かにこれは落ち着かない。
室内は沈黙が続き、暖房の音が嫌に大きく聞こえる。その中で雪弥と秋麿両名は言葉を探っているようだった。
何を言うべきか、何から話すべきか、何と声をかけるべきか。
そうやって唇の開閉を続けること暫し、逡巡に逡巡を重ね、いつの間にか強く握られていた雪弥の手を、横から伸びてきた大きな手が優しく包む。
手の持ち主は夏史だ。彼は大丈夫だと言わん気に、手と同じく包み込むような微笑を浮かべ雪弥を見ていた。
それだけ。それだけだが雪弥の心に勇気の芽が咲いた。
「久しぶり。秋、くん」
発した声は少しだけ震えていた。
遅れて秋麿の体も僅かに揺れる。そして怒るでも責めるでもないただの挨拶を受けてようやく彼が面を上げた。
瞬間、雪弥の脳内に遊園地ではぐれた時の幼い弟の姿が過る。安堵、哀感、驚喜、立腹……それ等が綯い交ぜとなって泣き出す一歩手前。それによく似ていた。
「なんで」
「うん」
「なんでそんな風に言えるんだよ」
「なんでだろうね」
「っ。俺、雪ちゃんに酷いことしたんだよ! やっちゃいけないことしたんだよ! 分かってるの!?」
「分かってるよ」
「分かってない! 全然分かってないよ!! もっと怒れよ! 罵れよ! 大嫌いって、言えよ!」
堰をきったように自分への罵倒を、断罪を要求する秋麿に雪弥は圧倒される。秀頼と夏史と同様で、夏史に至っては思わず雪弥の前に手を出し、彼を庇うほど。
「えっと。落ち着いた?」
「………………はい」
差し出したジュースを飲んだ秋麿が恥ずかしそうに頷く。
いつもの秋麿だ。泣きながら怒鳴られる前は多少困惑したけれど今はさほど怖くない。心理学専攻の知人曰く、自分より興奮している者がいると一周回って冷静になれるあの現象だろうと雪弥は当たりをつける。
「じゃあ僕からもいい、かな?」
「っ、うん」
「今までごめんっ!」
「………………へ?」
非難の言葉を覚悟していた筈が突然の謝罪に秋麿の目が点になる。ついでに夏史達も点にした。
「いや、なんで? なんで雪ちゃんが謝るの?」
「僕も被害者だけど加害者だから」
見ない振りして破綻した夏史との関係を、痛みを、これまた見ない振りで
秋麿の好意を友情と勝手に定義づけて甘えて利用した。たとえ雪弥本人に悪気はなくても、たとえ秋麿自身が下心を持っていたとしても、傷つけた事実は決して変わらない。
だが秋麿は吼える。
「そんなの、雪ちゃんは何も悪くないよ! 俺が全部、全部悪いんだよ」
「秋くん……」
この八日の間に一体何があったというのか。疑問符を浮かべていると、何故か得意顔をした秀頼が視界に入る。そして彼は表情を変えないまま握った拳を見せてくる。
「(……なるほど。彼が教育的指導を入れたという訳か)」
「あのさ、秋くん」
「俺は雪ちゃんが思ってるほど良い人なんかじゃないんだよ。寧ろ卑怯者なんだ」
「卑怯者?」
「うん。雪ちゃんがソイツに弄、酷い仕打ちを受けてた時」
そう言って秋麿が夏史を一瞥する。
「拒絶されるのが怖くて、俺は雪ちゃんが苦しんでいるのに手を差し伸べることも、助けようともせずただ見てたんだよ」
「はぁ」
「雪ちゃんが好きって言っておきながら、俺は雪ちゃんと自分が嫌われるリスクを天秤にかけて自分を選んだ。それに言われたんだ。こうしてシェアハウスっていう偶然の接点がなければ俺はずっと雪ちゃんに関わることも出来ずずっと見てるだけって。……否定出来なかったよ」
自嘲気味に笑う姿は何処か痛々しい。
そして――、
「それの何がいけないの?」
「「「は?」」」
三方向から間抜け声が飛んだ。
そんな中、雪弥は淡々と続ける。
「だってさ、好きな人が苦しんでいたとしても必ず助けなきゃいけない法律なんてないよ」
「いやあの、雪ちゃん」
「確かに一般論としては助けるべきって言われるんだと思うよ。でもさ全ての人がそれを出来るわけじゃないとも思うんだよ。でもそうなると秋くんの理論じゃ、その人達は全員卑怯者になっちゃわない?」
それはあんまりだ。
人は強く、それでいて弱い。
「僕は秋くんを卑怯者だなんて思わない」
「雪ちゃん……」
「ただ無理矢理キスをされるのも触られるのは凄く怖かったけど」
「それは……ごめんなさい」
「僕も秋くんの好意を友情にして甘えてしまってごめんなさい」
二人は互いに頭を下げ合う。
「そして改めて。僕は秋くんの気持ちには応えられないんだ。ごめんね」
「……そっか」
秋麿は苦笑しながらも吹っ切れたように雪弥を見る。
「そんなにソイツが好き?」
「……うん」
「雪ちゃんって男の趣味悪いね」
「僕も心底そう思う」
フフッとはにかんだ雪弥は重なった夏史の手を取り、恋人繋ぎに変える。
「雪……!?」
「だからね、約束を破らないよう見張って、お爺ちゃんになるまで縛りつけて尻に敷くってこの前決めたの」
「雪?!」
「……そっか。じゃあ俺からソイツに一つアドバイス。雪ちゃんはね、しっかりしてるみたいに見えるけど、実は時々服を裏表間違えて着ちゃう抜けてる面があるけど、指摘すると一日中凹んじゃう繊細さを持ってるよ」
「しゅしゅしゅ、秋くん!」
「それはそれは……有益な情報をどうもありがとう。『た だ の』同居人くん。あ、でも俺の家に居る時は俺の服も含めてそんな着方はしてなかったけどなー」
「夏史先輩っ!!」
突然始まるマウント&暴露に、暴露された側の雪弥は羞恥に顔を染め上げ、体を震わせる。それを見て苦笑いを浮かべる秀頼……なんかもう滅茶苦茶だ。
「あぁ、そうだ。これは知ってますか。雪ちゃんは洋食より和食派なんですよ。とりわけ俺の作る卵焼きが一番好きでね。良ければレシピ教えましょうか?」
「それは助かる。俺は洋食派でお互いに好物が作れるよう教え合ってるけどそれはまだなんだ」
「二人ともいい加減に、しなさーい!!」
かくて仲直り兼話し合いは、雪弥の雷と説教が落ちたところで終わりを告げたのだった。
帰りの道中、車を運転しながら夏史が言う。
「あ~……悪かった」
「全くですよ。次やったら夏史先輩の嫌いなトマトフルコース朝昼晩作りますからね!」
「それはガチで困る」
「じゃあしないでください」
ぷりぷりと頬を膨らませる雪弥。
「……なぁ、雪」
「なんですか。交渉は受け付けませんよ」
「そうじゃなくてさ。俺が言うのもなんだが、あれで本当にいいのか」
「いいんですよ」
雪弥は秋麿を許した。その上でまた友達としてやり直そうと告げたのだ。
「された事はどうやったって消えないけど、それを上回るくらい秋くんには助けられて、たくさんたくさん恩があるんです。それに何より僕は秋くんが大好きなんですよ」
「……そっか」
「あ、好きって言っても友達の好きですからね」
「ハハッ。知ってるよ」
「ならいいです。あ、それより後藤先輩あっちに置いてきて良かったんですか?」
「あー、大丈夫じゃね?」
「なんですかそれ」
「俺もアイツの考えが全部読めるわけじゃねーし。でも、ま、あの腕っ節なら問題ねーだろ」
良く分からないが付き合いの長い夏史が言うなら、というか秋麿を教育的指導したらしいなら問題ないだろう。
納得した雪弥は硝子越しの外を見る。まだ十時を回っていないとあって初詣帰りの人々がちらほらと歩いていた。
因みにこの半年後、秋麿と秀頼がくっつき、二人が驚愕することになるのだがそれはまた別のお話。
あなたにおすすめの小説
happy dead end
瑞原唯子
BL
「それでも俺に一生を捧げる覚悟はあるか?」
シルヴィオは幼いころに第一王子の遊び相手として抜擢され、初めて会ったときから彼の美しさに心を奪われた。そして彼もシルヴィオだけに心を開いていた。しかし中等部に上がると、彼はとある女子生徒に興味を示すようになり——。
恋人なのはこの場だけ
斯波良久@出来損ないΩの猫獣人発売中
BL
従姉妹の姫ちゃんに誕生日プレゼントとしてねだられたのは幸運リボンだった。喫茶『みぇるふぇん』で恋人限定ラブラブパフェを注文した人しかもらえないというリボンはその名の通り、幸運をもたらしてくれるらしい。姫ちゃんが見せてくれたSNSの検索画面にはいくつものご利益コメントが載せられていた。てっきり姫ちゃんと行くのだとばかり思っていたのだが、二組の隼人君と行くように伝えてきて――。
隣国のΩに婚約破棄をされたので、お望み通り侵略して差し上げよう。
下井理佐
BL
救いなし。序盤で受けが死にます。
文章がおかしな所があったので修正しました。
大国の第一王子・αのジスランは、小国の王子・Ωのルシエルと幼い頃から許嫁の関係だった。
ただの政略結婚の相手であるとルシエルに興味を持たないジスランであったが、婚約発表の社交界前夜、ルシエルから婚約破棄をするから受け入れてほしいと言われる。
理由を聞くジスランであったが、ルシエルはただ、
「必ず僕の国を滅ぼして」
それだけ言い、去っていった。
社交界当日、ルシエルは約束通り婚約破棄を皆の前で宣言する。
2度目の恋 ~忘れられない1度目の恋~
青ムギ
BL
「俺は、生涯お前しか愛さない。」
その言葉を言われたのが社会人2年目の春。
あの時は、確かに俺達には愛が存在していた。
だが、今はー
「仕事が忙しいから先に寝ててくれ。」
「今忙しいんだ。お前に構ってられない。」
冷たく突き放すような言葉ばかりを言って家を空ける日が多くなる。
貴方の視界に、俺は映らないー。
2人の記念日もずっと1人で祝っている。
あの人を想う一方通行の「愛」は苦しく、俺の心を蝕んでいく。
そんなある日、体の不調で病院を受診した際医者から余命宣告を受ける。
あの人の電話はいつも着信拒否。診断結果を伝えようにも伝えられない。
ーもういっそ秘密にしたまま、過ごそうかな。ー
※主人公が悲しい目にあいます。素敵な人に出会わせたいです。
表紙のイラストは、Picrew様の[君の世界メーカー]マサキ様からお借りしました。
俎上の魚は水を得る
円玉
BL
前作「釣った魚、逃した魚」の番外・後日談です。
https://www.alphapolis.co.jp/novel/546817982/116507482
番外編なのに長くなりそうなので別タイトルでアップすることにしました。
本編を読んでないと、伝わりきらないところが有ると思います。
厳密に言えば、後日談と言っても本編のラストシーンよりは少し前に遡ります。
建国の儀の翌年となります。
二人の生活を楽しんでいた召喚神子・三倉貴史(タカ)と護衛騎士であり伴侶のマクミラン。
マクミランがうっかり漏らした神子の誕生日を耳にした王家が、それを放っておくはずも無く。
『神子様生誕祭』を執り行うことに。
次第に大仰になっていく事に引き気味だったが、王家の計らいで温泉地が貰えることになったタカは、俄然発奮することに。
ただひたすらラブ語りなだけで、さほどの危機が訪れることもなく、メリハリ的には薄目です。
どちらかと言えばコメディ寄りかなと思います。
本編「釣った魚、逃した魚」は終始マクミラン目線(攻目線)でしたが、
本作では、神子様・タカ目線(受目線)になります。
本編「釣った魚、逃した魚」では崇拝恋慕しているマクミラン目線だったので、大分神子様が神秘的に美化されています。
今回、神子様本人目線なので、所詮は今時の日本人。そこそこ俗です。
あと、一応、今回も調子に乗らないように文字数2300以下の縛りを設けてみました。
ですが、連載回数を30話で締めたかったので、
ラスト近くの回から、文字数2300を越えてしまいました。
予約投稿にて、毎日更新します。
ムーンライトさんにも投稿しています。