25 / 30
カルセイニア王国編
25
しおりを挟む
~アイザック王太子視点~
一連の流れを見ていたラシード王太子は、ヴォルフと手を繋いで退場するベルティアーナ嬢の背中が見えなくなるまで呆然と見つめていた。
そのラシード王太子の様子を無表情のレックスが冷めた目を向けていたことに気付いたのは私だけだろう。
ヴォルフが帰ってきたのはパーティーが終わってからだった。
大の女嫌いで、言い寄ってくる令嬢に一切見向きもしなかったヴォルフが、どこで見初めたのかベルティアーナ嬢に恋をした。
なぜそれに私が気付いたかと言えば、ほとんどのパーティーに参加しないヴォルフが1人の令嬢を助けるために2度、3度と現れれば私でなくても気付いた者はいただろう。
どんな話があったのかヴォルフがベルティアーナ嬢と手を繋いでホールから退場したのには驚いた。
まったく女に免疫のないヴォルフが失礼なことをしていないか心配だ。
なんと言っても私の側近のレックスの妹に粗相があって怒らせるようなことになれば困るのは私だ。
そんな心配をよそに、いつもの眉間に皺を寄せているのは変わらないがヴォルフはご機嫌で帰ってきた。
それが分かるのも私にとってヴォルフは可愛い弟だからだが⋯⋯何があった?
「ヴォルフ何かいい事があったのか?」
「あっ!兄上」
声のトーンもいつもより高い気がする。
「俺は可愛いそうですよ」
はあ?何を言っているんだ?
「俺って可愛かったんですね!」
「そ、そうだな」
弟だからな⋯⋯でも見た目は可愛い部類ではないぞ。
「兄上もそう思いますか!やっぱり俺は可愛い」
ベルティアーナ嬢⋯⋯一体ヴォルフに何を言ったんだよ!おかしくなって帰ってきたではないか。
私は心配になり、父上の元に向かってヴォルフとの会話をそのまま伝えた。
⋯⋯⋯⋯爆笑された。
『昔のヴォルフが戻ってきたみたいだな』
そうだ。昔のヴォルフはよく笑い、よく泣いて、素直で愛らしかった。
そんなヴォルフが変わってしまったのは、私が暗殺されそうになったところを見てしまったからだ。
それがヴォルフにとって身近な人を亡くすという意味を初めて知った出来事だった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
ヴォルフが物心ついた頃には私には王太子教育が始まっており、それでも時間の許す限りは一緒に過ごしていた。
いつも授業に向かう私を追いかけてきては泣いたことも何度もあった。
私が8歳、ヴォルフが5歳の時だ。
ヴォルフにも王子教育が始まった。
我々王族の家庭教師になるような人物は優秀なのはもちろん人柄や偏った思想や危険思想の持ち主でないか、ことも慎重に調べられ、何人もの候補の中から選ばれる。
「たくさん勉強して父上と兄上のお力になれるように頑張りますね」
家庭教師と相性がよかったのか、嫌がることなく毎日楽しそうに授業に向かうヴォルフに私も両親も安心したものだ。
ヴォルフもその家庭教師に懐いていた。
その家庭教師は素直で疑うことの知らないヴォルフに、笑顔の裏に隠された悪意があることも、ヴォルフを担ぎ上げ利用しようとする人物もいることも、なんなら私を排除しヴォルフを王位に就かせ操ろうとする者もいるだろうことも授業に盛り込んでいた。
まだ5歳のヴォルフに教えるには早すぎる内容で、理解するには難しいものだったはずだ。
だがヴォルフが6歳になった頃に事件が起こった。
一連の流れを見ていたラシード王太子は、ヴォルフと手を繋いで退場するベルティアーナ嬢の背中が見えなくなるまで呆然と見つめていた。
そのラシード王太子の様子を無表情のレックスが冷めた目を向けていたことに気付いたのは私だけだろう。
ヴォルフが帰ってきたのはパーティーが終わってからだった。
大の女嫌いで、言い寄ってくる令嬢に一切見向きもしなかったヴォルフが、どこで見初めたのかベルティアーナ嬢に恋をした。
なぜそれに私が気付いたかと言えば、ほとんどのパーティーに参加しないヴォルフが1人の令嬢を助けるために2度、3度と現れれば私でなくても気付いた者はいただろう。
どんな話があったのかヴォルフがベルティアーナ嬢と手を繋いでホールから退場したのには驚いた。
まったく女に免疫のないヴォルフが失礼なことをしていないか心配だ。
なんと言っても私の側近のレックスの妹に粗相があって怒らせるようなことになれば困るのは私だ。
そんな心配をよそに、いつもの眉間に皺を寄せているのは変わらないがヴォルフはご機嫌で帰ってきた。
それが分かるのも私にとってヴォルフは可愛い弟だからだが⋯⋯何があった?
「ヴォルフ何かいい事があったのか?」
「あっ!兄上」
声のトーンもいつもより高い気がする。
「俺は可愛いそうですよ」
はあ?何を言っているんだ?
「俺って可愛かったんですね!」
「そ、そうだな」
弟だからな⋯⋯でも見た目は可愛い部類ではないぞ。
「兄上もそう思いますか!やっぱり俺は可愛い」
ベルティアーナ嬢⋯⋯一体ヴォルフに何を言ったんだよ!おかしくなって帰ってきたではないか。
私は心配になり、父上の元に向かってヴォルフとの会話をそのまま伝えた。
⋯⋯⋯⋯爆笑された。
『昔のヴォルフが戻ってきたみたいだな』
そうだ。昔のヴォルフはよく笑い、よく泣いて、素直で愛らしかった。
そんなヴォルフが変わってしまったのは、私が暗殺されそうになったところを見てしまったからだ。
それがヴォルフにとって身近な人を亡くすという意味を初めて知った出来事だった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
ヴォルフが物心ついた頃には私には王太子教育が始まっており、それでも時間の許す限りは一緒に過ごしていた。
いつも授業に向かう私を追いかけてきては泣いたことも何度もあった。
私が8歳、ヴォルフが5歳の時だ。
ヴォルフにも王子教育が始まった。
我々王族の家庭教師になるような人物は優秀なのはもちろん人柄や偏った思想や危険思想の持ち主でないか、ことも慎重に調べられ、何人もの候補の中から選ばれる。
「たくさん勉強して父上と兄上のお力になれるように頑張りますね」
家庭教師と相性がよかったのか、嫌がることなく毎日楽しそうに授業に向かうヴォルフに私も両親も安心したものだ。
ヴォルフもその家庭教師に懐いていた。
その家庭教師は素直で疑うことの知らないヴォルフに、笑顔の裏に隠された悪意があることも、ヴォルフを担ぎ上げ利用しようとする人物もいることも、なんなら私を排除しヴォルフを王位に就かせ操ろうとする者もいるだろうことも授業に盛り込んでいた。
まだ5歳のヴォルフに教えるには早すぎる内容で、理解するには難しいものだったはずだ。
だがヴォルフが6歳になった頃に事件が起こった。
2,041
あなたにおすすめの小説
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
【完結】ええと?あなたはどなたでしたか?
ここ
恋愛
アリサの婚約者ミゲルは、婚約のときから、平凡なアリサが気に入らなかった。
アリサはそれに気づいていたが、政略結婚に逆らえない。
15歳と16歳になった2人。ミゲルには恋人ができていた。マーシャという綺麗な令嬢だ。邪魔なアリサにこわい思いをさせて、婚約解消をねらうが、事態は思わぬ方向に。
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi(がっち)
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
王妃の仕事なんて知りません、今から逃げます!
gacchi(がっち)
恋愛
側妃を迎えるって、え?聞いてないよ?
王妃の仕事が大変でも頑張ってたのは、レオルドが好きだから。
国への責任感?そんなの無いよ。もういい。私、逃げるから!
12/16加筆修正したものをカクヨムに投稿しました。
素直になるのが遅すぎた
gacchi(がっち)
恋愛
王女はいらだっていた。幼馴染の公爵令息シャルルに。婚約者の子爵令嬢ローズマリーを侮辱し続けておきながら、実は大好きだとぬかす大馬鹿に。いい加減にしないと後悔するわよ、そう何度言っただろう。その忠告を聞かなかったことで、シャルルは後悔し続けることになる。
聖女が落ちてきたので、私は王太子妃を辞退いたしますね?
gacchi(がっち)
恋愛
あと半年もすれば婚約者である王太子と結婚して王太子妃になる予定だった公爵令嬢のセレスティナ。王太子と中庭を散策中に空から聖女様が落ちてきた。この国では聖女が落ちてきた時に一番近くにいた王族が聖女の運命の相手となり、結婚して保護するという聖女規定があった。「聖女様を王太子妃の部屋に!」「セレスティナ様!本当によろしいのですか!」「ええ。聖女様が王太子妃になるのですもの」女官たちに同情されながらも毅然として聖女の世話をし始めるセレスティナ。……セレスティナは無事に逃げ切れるのだろうか?
四年くらい前に書いたものが出て来たので投稿してみます。軽い気持ちで読んでください。
【完結】仲の良かったはずの婚約者に一年無視され続け、婚約解消を決意しましたが
ゆらゆらぎ
恋愛
エルヴィラ・ランヴァルドは第二王子アランの幼い頃からの婚約者である。仲睦まじいと評判だったふたりは、今では社交界でも有名な冷えきった仲となっていた。
定例であるはずの茶会もなく、婚約者の義務であるはずのファーストダンスも踊らない
そんな日々が一年と続いたエルヴィラは遂に解消を決意するが──
私があなたを好きだったころ
豆狸
恋愛
「……エヴァンジェリン。僕には好きな女性がいる。初恋の人なんだ。学園の三年間だけでいいから、聖花祭は彼女と過ごさせてくれ」
※1/10タグの『婚約解消』を『婚約→白紙撤回』に訂正しました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる