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異世界で出会うお姉さん

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 僕は死ぬのかもしれない。訳の分からないまま、右も左も分からない場所へ転移させられた。黒い変な生き物に襲われて、死にたくないと走って、たどり着いた場所が行き止まり。
「死んじゃうのかな……」
 そう呟いたときだった。目の前で鮮血が舞った。その返り血を浴びた女性は、薔薇のように美しかった。

 時は遡り日本某所。
 僕の家は裕福だったのだろう。欲しいと言ったものは買ってもらえ、7歳という子供ながらに不自由をした記憶はなかった。そう溺愛してくれた両親が死んだ。僕が学校に行っているあいだに家に強盗が入ってしまったらしい。指導室に呼び出されそう伝えられた時は何も考えられなかった。もう会えないんだ。そう思うと涙が止まらなかった。信じられなかった。
 葬式も終わり、家に入れる頃になると、思い出が溢れ出てきた。一緒に川の字になり寝た寝室。一緒に和やかに食事をしたダイニング。何もかもが全て壊されてしまった。
 悲しみに打ちひしがれていると、いつの間にやらもう周りは暗闇に包まれていた。
「可哀想に……こちらへいらっしゃい」
 自分以外誰も居ないはずの、思い出の場所。いや、周りを見渡してみると闇よりも深い闇の中にいた。
「だれ?どこにいるの?」
 声のする方へフラフラと行くと扉がある。開けると眩い光に包まれ、見知らぬ草原へと繋がっていた。
「ここ、どこ?」
 姿は見えないが、また声がする。
「ここは先程までいた世界とは違う理で動いている世界。ここで運命の出会いがあるでしょう。貴方の旅に幸多からんことを……」
 そして時は進み、黒い生物に囲まれて今にも死を迎えようとしている、死を受け入れようとしているとき、助けに来てくれた騎士のような女性が血に濡れてこちらを見ていた。
「君のような子供が何故ここにいる!ここがどこだかわかっているのか!?」
 心配をしてくれているのかな。でも、僕はここで死んじゃってもよかったのに。そんなことを思っていると、肩を掴まれた。
「きみ、御両親はどこへ?なぜここにいるんだ?」
 先程とは違い柔らかい声音で語りかけられるが、そんなことはどうでもよかった。
「パパとママは死んじゃった……」
 そういうと改めて実感が湧いてきて泣きそうになるが堪える。
「どうして助けてくれたの?僕は死んでもよかったのに……声の言う通りに来たら知らない場所に来るし」
 そういうと頬を叩かれた。余りの強さに体がバランスを崩して倒れてしまう。起きる気力も無く、そのままでいると抱き起こされる。女性を見ると泣いていた。
「君のような幼子が……死んでいいはずがないだろう!頼る人がいないなら私がなる!だからそんな悲しいことを言わないでくれ……」
 僕は生きてても良いのだろうか。頼る人が誰もいないこの世界で、この女性を頼っても良いのだろうか。分からない。答えられない。だけど、1人で生きるのも耐えられない。
「……僕は何もできないよ。けど、いいの?」
 女性は僕を見て、抱きしめてくれた。両親が死んでから初めて感じた温もりに、堪えきれずに声を上げて泣いてしまった。
 ひとしきり泣いたあと、とりあえず近くの街へ行くことになった。手を繋ぎ歩きながら色々と教えてくれた。僕がいたところは死の森という所で、ベテランの冒険者でもいつ死んでもおかしくないほど強い魔物が出る場所だとのことだった。
「そうだ、私の名前はアイリス・レヴィア。騎士のようなナリをしているが、冒険者なんだ。君の名前は?」
 さっきも聞いたけど冒険者とはなんだろうか。僕がいた日本では聞いたことのない職業だ。その疑問も含めて自己紹介をしよう。
「僕は釘鷺雄くぎさぎゆうだよ。冒険者ってなに?」
「冒険者とはな、困った人を助ける仕事なんだ。その分危険も付き物だけどね。今日も死の森、君がいた森の魔物討伐だったんだが、その時に君を発見したんだ。襲われる前に助けられてよかったよ」
 素直にありがとうといえない自分が嫌になる。はやくこの自己嫌悪と悲しみを断ち切り立ち直りたいとも思った。
「ありがとう。レヴィアさん」
 その他色々身の上話をしていると、レヴィアの話す街、リューネに着いた。
 浮かぶ電灯、空中に映し出される文字、空を飛ぶ人や車。7年ちょっとしか生きていないが、それでもここが日本、いや、地球とは全く違うということが分かる。
「すごい……すごいすごい!」
 あの声が言っていた元の世界とは違う理で動いているということはこのことだったのだろうか。何で動いているのだろうか。とにかく気分が高揚する。
「あとでじっくりと説明してあげるからまずは私に着いてきてくれないか?」
 そう言われると、舞い上がっていた気分も沈下し、落ち着いてきた。黙って着いていくことにしよう。そして案内されたのは冒険者ギルドと看板に書かれたところだった。まるで物語の中の世界だと思う。
「僕も中に入るの?」
 そう言うと不思議そうな顔をされ、当たり前だろうと言われてしまった。正直こういう場所は荒くれ者が沢山いるイメージしかないため、少し怖いと感じてしまう。中へ入ると騒がしかって中の雰囲気が嘘のように静まり返り、次にはコソコソと話し声が聞こえてきた。
「おい……あのレヴィアが子供を連れてるぞ……」
「どっかで攫ってきたんじゃねーの?ギャハハ!」
 その声に反応したのか攫ったと言った男の元まで行き、腰に帯刀していた剣に手をかける。その時だった。自分以外の時が止まったように見えた、否、極限にゆっくりになったような感覚に陥る。レヴィアはその男に向かって8回切りつけたように見えた。そして納刀すると、その感覚は消失した。
 納刀した瞬間、男の装備から服から何まで、パンツを残しバラバラに切り刻まれた。
「お、おぼえてろよ!」
 そんな言葉を残し男は冒険者ギルドから走り去って行った。
「さぁ、行こうか。雄君。」
「今の、8回切りつけたの?今なんだけど、凄いゆっくりに見えたんだ」
そう言うとピタリと動きが止まり肩を掴まれた。
「み、見えたのか!?私の神速剣が!」
「う、うん。意識を集中させたらゆっくりになって……ダメだった?」
 すごい顔でこちらを見ているためいけないことをしてしまったのかと思う。するとそうでもなく、笑顔になった。
「君は、まだ幼いけど冒険者になるべきだ。その目があれば、生きていける」
 僕が冒険者に?それはそれで憧れるけど、怖い気持ちの方が勝ってしまう。
「で、でも僕怖いよ」
「ふむ、ではこれでどうだ?避けてみてくれ。何、決して当てはしないさ」
 そう言うと、剣に手をかけ、抜こうとする。無我夢中で避けようと集中すると、再び時がゆっくりになった。だが、ゆっくりになってもその神速剣は速く、何とか避けることは出来たが、それだけで幼いこの体には限界で、それだけで息が上がってしまった。
「やはり君は凄い!体を鍛えればなんにだってなれる!私が鍛えるから共にパーティを組もう!」
 おもわぬスカウト。でもこの人と一緒であるならまだ大丈夫なのかもしれない。それにここで断ってまた1人になるのも怖いため了承する。
 時は進み夜。早速訓練を開始することになり、この時間まで休み休みだが走り込みをさせられた。それが終わると、宿屋で一緒の布団に寝ることになった。
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