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3.魔術師、『男でも孕める薬』を作りはじめる
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城下にあるジャフィーの館は、魔術研究に特化した作りになっている。
あらゆる材料が並び、広い実験室があり、その強度は通常の建物の数倍を誇る。そんな館の一室で、広い机に大きな紙を広げ、あれこれと設計図を書きつけながら、傍らで資料を抱えているミトへとジャフィーは尋ねた。
「知ってた?」
「何をです」
「ルグレアが、男色家だってこと」
黒髪にぱっちりとした黒目が可愛らしい、どこか猫めいた童顔をしたミトは、こう見えてジャフィーより一つ年上の宮廷魔術師である。つまりは筆頭宮廷魔術師であるジャフィーの部下でもあるのだが、今はルグレア直々の『監視役』の命令が優先されるから、ジャフィーの言うことには従わない――どころか、ジャフィーの一挙手一投足を、スパイのようにルグレアに報告さえするだろう。わかっていながら、己が受けた衝撃を和らげる方法を他に思いつかず、軽口めかしてジャフィーは尋ねた。
ミトはわずかに眉を寄せ、困ったような顔で答える。
「……はあ。まあ、噂には」
「えっ、噂になってたんだ!? なにそれ、俺知らないんだけど」
「そうですか」
「そうですか、って……ええ? 俺より君のほうが早耳だなんてことある?」
ミトは口数が少なく生真面目な性格で、そんな彼女が周りの噂話に混ざっているところを想像するほうが難しい。そのミトが知っていて、情報収集は怠っていないつもりの自分が知らないなんて、そんなことが起こりうるのか。思わず疑いの目を向けても、ミトはそれ以上何も喋らなかった。ジャフィーはミトから情報を引き出すことを諦めて、手元の設計図を見返しながら唇を尖らせる。
「……そっか、わりと有名な話だったってことか。なんだよ、ルグレアも水臭いよなー。もっと早く言ってくれればさあ……」
ぼやきながらも、ジャフィーの頭は、ルグレアの求める『男でも孕める魔術』のために高速で回転する。
魔術の開発は、つまりはモノ作りだ。過去の事例をかき集め、不足している部分の実現方法を考える。組み合わせ次第で上手くいかないこともあるし、逆に、できなかったことがなぜか成功したりする。設計、開発、試験の繰り返し。今回は人体に長期で影響するものかつ、自分自身にかけなければならないので、魔術ではなくて魔法薬の形をとったほうがいいだろうか? 少し考えて、そうしよう、と決断する。
「……うん、今回は薬にしよ。そうすりゃ実験とかも楽だし、作り置きできるし、需要増えても対応できるし」
呟いて、設計図の一部を書き換える。そしてぼやく。
「薬にするならなおのこと、もっと早く言ってほしかったよなー。材料もすぐには集まらないし……。ほんと、なんで今更なんだろ? もっと早く対応してればさあ、後継ぎだ何だ煩く言われ続けなくて済ん、…………何その顔」
ふと見た先で、ミトがなんとも物言いたげな、同時に何も言えないみたいな顔をしている。体をほぐしがてらジャフィーが首を傾げると、ミトは何とも言い難い顔のままにジャフィーに尋ねた。
「いえ、あの……貴方はその、いいんですか?」
「俺? いいって、何が」
ジャフィーはいつだって、ルグレアの願いを叶えるだけだ。魔術を作れと言われれば作る。ミトがもどかしげに唇を曲げる。
「何って……ルグレア様の子を産みたいんですか?」
『なんだ、そんなことか』とジャフィーは思った。ミトは本当に素直だなとも。ジャフィーはひらひらと手を振って笑った。
「いや、そんな、ほんとに俺に使うわけ無いじゃん?」
「……えっ!?!?」
ミトが、心の底から驚愕したような声を出す。ジャフィーはからからと笑いながら続けた。
「え、何、ミトってばあれを信じたわけ? 俺が産むならって? ないない、あるわけないじゃん!」
あんな、その場の思いつきでしかなさそうな暴言を、真に受けるほうがどうかしている。それを言ったらこの命令自体がその場の思いつきのようだったが、『男を孕ませる魔術』が全く欲しくなければ思いつきだってしないだろうからそれはいいのだ。
「言われたときは流石にビビったけどさ、あんなのただの嫌がらせだよ、嫌がらせ。てか、この『仕事』そのものが嫌がらせ、っていうか、『罰』っていうか……どうせ作れないと思ってる気がするんだよな。『こんなの作れないから許してくれ、もう余計なことしないで大人しくしてるから~』って、泣きついてくるとでも思ってるんじゃない?」
「……それは、まあ、そうかもしれませんが……?」
考え考え、不承不承、といった感じの同意だった。何をそんなに渋るところがあるのか。何かを無理矢理飲み込んだ顔で、ミトが気を取り直したふうに尋ねてくる。
「ということは、貴方には、作れるあてがあるんですか?」
「いやいや、これ見りゃわかるでしょ。あるよ。なきゃ、そもそも、あの場でちゃんと無理って言ってる」
ジャフィーはルグレアの願いは何でも叶えてやりたいと思っているが、無理なことだってもちろんある。例えば、死者蘇生に不老不死なんかがそうだ。死者蘇生に関しては近いものが禁術として存在しているが、魂までは伴わないまがい物だし、不老不死なんてものができるなら、さっさと開発してルグレアに掛けている。不可能なことはたしかにあるのだ。
けれども、『男でも孕める魔術』は、その類の『不可能な』魔術ではない。
「難しいは難しいけどね。俺じゃなきゃ無理かも。いや~、やっぱルグレアの近くはいいよね、変な魔術作り放題で」
「……もしかして、楽しんでます?」
「そりゃ楽しいよ、無理そうなことほどやりがいがあるもん。……でもまあ、これは先行する研究が結構あるから、あくまでアレンジって感じかな。生殖に関する魔術はねえ、実は、結構研究されてるんだよ。ほら、魔力は遺伝するって言われてるじゃん?」
魔力を持つか否か、どんな魔術が得意かは、遺伝的要因に因るところが大きいというのが現在の定説だ。故に、魔術師の家系にとって、次代を設けることは義務の一種とされている(ジャフィーはそれを放棄しているが)。
だからこそ、生殖に関する魔術は、実際のところ、魔術に詳しくないものが想像するよりも遥かに発展している。家の根幹に関わることだけに秘されることが多い関係で、歴史ある家の魔術師以外にはあまり知られていないというだけだ。
「魔術師として高名なのって、今のところ、男ばっかりじゃん? だからさ、男の種だけで子どもを作ってみたりとかはもう、普通に事例があるんだよね。てか、うちの先々代はそれで生まれたらしいし。そんときは、肚は女のやつそのまま使うから、って、女の穴に二人で突っ込んだらしいけど」
「……そうですか……」
ミトが若干引いている気配がした。魔術師とはいえ、女性の前であけすけに言っていいことではなかったかもしれない。ミトは頭痛を堪えるような所作で額に手を置いた。
「卓越した魔術師の思考は、私のようなものには理解が及びません。正直、頭がいいのか悪いのかさえ。……貴方も含めてですが」
「は? 俺は天才だけど?」
ジャフィーはあまり他人からの評価を気にしない人間だが、部下からの『頭が悪い』という評は流石に聞き捨てならない。ミトには理解できないというなら、単純に、ミトの頭が悪いのだろう。ジャフィーは憤慨を声に出しつつも、思いついたことをさらさらと紙に書きつけていく。
「……じゃなくて。だからまあ、肝心の子どもの部分はもう完成してて、あとはもう、擬似的な肚さえ作れればいいんだよね。で、臓器の形成なら、医療魔術の応用でいけるはずじゃん?」
「そこまでできるなら、子宮自体もはや人体内にある必要もないような気がしますが……」
「確かにね。でも、人体ほど頑丈で柔軟なゆりかごを作る大変さに比べたら、人体を使えばよくない? っていう気もする」
「なるほど……?」
「栄養の供給とかもあるし、今のところは、既存の妊娠を模したほうが楽だよね。依頼もあくまで、『男が妊娠できる』だし」
実際、設計図の基礎はもうできた。まずは動物実験からか。ジャフィーは別の小さな紙を取り出して、さらさらと文字を書きつけていく。
「……うん、こんな感じかな。はいこれ」
書き終えて、そのまま手渡す。ミトはざっと紙を眺めて、「材料調達……はいいですが、早速、外出許可依頼もですか?」と顔を顰めた。
「うん。だって、うちじゃあ動物の飼育はしてないでしょ? 動物実験するから、魔術院の飼育場の子を使うってルグレアに言っといて。……あ、あと、こっちはすぐじゃなくていいけど、子ども欲しい男も見繕うようお願いして。そんなの居るのかわかんないから、難しいかもしれないけど」
最終的には、人間を使った検証が必要だ。ジャフィーはわずかに唇を尖らせた。
「まあ最悪、使用人やらそこらの男娼やらに金払ってやらせてもいいんだけどさ。なんか怒られそうな気がするから、ルグレアに」
昔は人を買ったり拾ったりも好き勝手にやっていたが、貴族の名があれば何でも許された古い体制が打倒され、戦禍も落ち着いた今はもう、そういった非合法な手段を採ることは難しい。合意の契約をとりつけ、万が一の保証を行う、そういう段取りが必要だろう。立場を持つって面倒になるってことだよな……とため息を吐き、「別にさあ」とジャフィーは続けてぼやいた。
「実地試験はさあ、別に、自分の体で試してもいいんだけどさ」
「……!?」
ばっ、と、ものすごい勢いでミトがジャフィーを見る。そんなに驚くようなことを言っただろうか。魔術師にとって、自分の体が最も実験対象として使いやすいことは、ミトだってわかっているはずなのに。
「でも、生殖ってことは相手が要るじゃん? 見繕うのが面倒でさー……あ、アリがやってくれるかな? 仕事の一環ってことにならない?」
「なりません!!」
「うわ。なにいきなりそんな大声出して」
「なりません。……それ、ぜっっったいにルグレア様に言わないでくださいね!?」
兄が貴方の愚かさの犠牲になるのは困ります、と、ミトが本気の抗議をこめてジャフィーを睨む。愚かってなんだ。ジャフィーはきょとんと目を瞬いた。
「なんで? ほんとに俺に産めっていうんなら、俺が産めることを確認しといたほうがいいでしょ」
長い歴史を繙けば、『子どもが産めることがわかっているから』という理由で、あえて経産婦ばかり後宮に入れた王だっているのだ。いや単に人妻フェチだったのかもしれないけど。ともかく、おかしな発想ではないはずだ。首を傾げるジャフィーに、ミトが頭痛をこらえるみたいに目を閉じる。
「……ああ、もう、どこから指摘したらいいんですか。とにかく駄目です」
「だからなんで……いや、まあ、ルグレアも本気で俺に産めって言ったつもりじゃないだろうから、今回は手を抜かせてもらうけどさ。どのみち、俺一人じゃサンプルも足りないし」
本来不要な臓器を形成することも、妊娠そのものも、体への負担が少ないとは言えない。十月十日身動きがとれなくなるのは普通に嫌だから、やらないですむならそのほうがいい。ジャフィーの言葉にミトは安堵した様子をみせて、それから、しみじみと、何かを諦めたみたいに言った。
「あなたの思考は、本当に、私には理解が及びません。……私には、あなたが、何もわかっていないように思えます」
ちりっ、と。
頭のどこか、ジャフィーがいつも無視しているところを、無粋に引っかかれたような心地がした。
「……なにそれ。俺が、なにをわかっていないって?」
「ルグレア様のことを」
「はあ!?」
聞き捨てならない。流石に目を吊り上げるジャフィーに、けれどもミトは怯まなかった。
「私は、あの方は本気だと思いますよ。本気で、『あなたなら』と仰っている」
ミトの大きな目にまっすぐ見据えられ、ジャフィーのほうがうっかりたじろがされる。「なにそれ、」と、かろうじてもう一度口を動かす。掠れる声でも、出てさえしまえば、その後は考えずとも滑るように喋れた。
「そんなわけない。俺が産むなら……なんて、本気なわけないよ」
「なぜです?」
「なぜって。だって、ルグレアは、俺を愛していないだろ?」
愛? 馬鹿なことを言っている。自覚があるから、早口にジャフィーは付け足した。
「いやわかってる、繁殖に『愛』は必要ない。でも、跡継ぎをあれだけせっつかれて、『せめて愛妾のひとりを後宮に置くだけでも』って懇願されて、それでも後宮を空にしているのには、理由があると思うんだよ」
「……、……続けてください」
「いやなんでお前が『聞いてやる』みたいな顔してるわけ……? いいけどさ別に。……で、まあ、ルグレアはあれでロマンチストだから。それって多分、繁殖に『愛』が必要、というか、欲しいと思ってるからだと思うわけ」
ルグレアは、庶子として生まれ、母親とともに市井で育った。
ルグレアの父親である公爵は、ルグレアの母に手を付けてあっさり捨てた。彼女にはジャフィーも何度か会ったことがあって、ルグレアがどれだけ彼女に大切に育てられたか、彼女を大切に思っていたかを知っている。数年前、彼女が流行り病で亡くなったとき、ジャフィーはおそらく最初で最後のルグレアの涙を見たのだ。
――そういう生まれ育ちのルグレアが、後宮という制度を嫌う理由は理解できる。
ルグレアは、愛されなかった女の悲しみを、顧みられなかった子の苦しみを知っている。
「だから、ルグレアが子どもを作るなら、孕ませたいと思うなら、それは、愛してる相手なはずなんだ。──で、十年近い付き合いで、今更、俺のこと『愛してる』だなんて、ありえないだろ?」
「……ありえないでしょうか?」
「ありえないよ。十年だよ? 言う機会なんていくらでもあっただろ、それこそ」
口に出した言葉は、わかりきった事実のはずなのに、どうしてか、自分に言い聞かせるみたいな響きを帯びた。ミトは大きな目でじっとジャフィーを見つめたあと、「そうですか」と言って静かに目を伏せる。
──そう、ありえない、絶対に。
胸の内で、繰り返す。……自分が引いているそれが『予防線』だということに、ジャフィーはどうしても、気付かないでいたかった。
あらゆる材料が並び、広い実験室があり、その強度は通常の建物の数倍を誇る。そんな館の一室で、広い机に大きな紙を広げ、あれこれと設計図を書きつけながら、傍らで資料を抱えているミトへとジャフィーは尋ねた。
「知ってた?」
「何をです」
「ルグレアが、男色家だってこと」
黒髪にぱっちりとした黒目が可愛らしい、どこか猫めいた童顔をしたミトは、こう見えてジャフィーより一つ年上の宮廷魔術師である。つまりは筆頭宮廷魔術師であるジャフィーの部下でもあるのだが、今はルグレア直々の『監視役』の命令が優先されるから、ジャフィーの言うことには従わない――どころか、ジャフィーの一挙手一投足を、スパイのようにルグレアに報告さえするだろう。わかっていながら、己が受けた衝撃を和らげる方法を他に思いつかず、軽口めかしてジャフィーは尋ねた。
ミトはわずかに眉を寄せ、困ったような顔で答える。
「……はあ。まあ、噂には」
「えっ、噂になってたんだ!? なにそれ、俺知らないんだけど」
「そうですか」
「そうですか、って……ええ? 俺より君のほうが早耳だなんてことある?」
ミトは口数が少なく生真面目な性格で、そんな彼女が周りの噂話に混ざっているところを想像するほうが難しい。そのミトが知っていて、情報収集は怠っていないつもりの自分が知らないなんて、そんなことが起こりうるのか。思わず疑いの目を向けても、ミトはそれ以上何も喋らなかった。ジャフィーはミトから情報を引き出すことを諦めて、手元の設計図を見返しながら唇を尖らせる。
「……そっか、わりと有名な話だったってことか。なんだよ、ルグレアも水臭いよなー。もっと早く言ってくれればさあ……」
ぼやきながらも、ジャフィーの頭は、ルグレアの求める『男でも孕める魔術』のために高速で回転する。
魔術の開発は、つまりはモノ作りだ。過去の事例をかき集め、不足している部分の実現方法を考える。組み合わせ次第で上手くいかないこともあるし、逆に、できなかったことがなぜか成功したりする。設計、開発、試験の繰り返し。今回は人体に長期で影響するものかつ、自分自身にかけなければならないので、魔術ではなくて魔法薬の形をとったほうがいいだろうか? 少し考えて、そうしよう、と決断する。
「……うん、今回は薬にしよ。そうすりゃ実験とかも楽だし、作り置きできるし、需要増えても対応できるし」
呟いて、設計図の一部を書き換える。そしてぼやく。
「薬にするならなおのこと、もっと早く言ってほしかったよなー。材料もすぐには集まらないし……。ほんと、なんで今更なんだろ? もっと早く対応してればさあ、後継ぎだ何だ煩く言われ続けなくて済ん、…………何その顔」
ふと見た先で、ミトがなんとも物言いたげな、同時に何も言えないみたいな顔をしている。体をほぐしがてらジャフィーが首を傾げると、ミトは何とも言い難い顔のままにジャフィーに尋ねた。
「いえ、あの……貴方はその、いいんですか?」
「俺? いいって、何が」
ジャフィーはいつだって、ルグレアの願いを叶えるだけだ。魔術を作れと言われれば作る。ミトがもどかしげに唇を曲げる。
「何って……ルグレア様の子を産みたいんですか?」
『なんだ、そんなことか』とジャフィーは思った。ミトは本当に素直だなとも。ジャフィーはひらひらと手を振って笑った。
「いや、そんな、ほんとに俺に使うわけ無いじゃん?」
「……えっ!?!?」
ミトが、心の底から驚愕したような声を出す。ジャフィーはからからと笑いながら続けた。
「え、何、ミトってばあれを信じたわけ? 俺が産むならって? ないない、あるわけないじゃん!」
あんな、その場の思いつきでしかなさそうな暴言を、真に受けるほうがどうかしている。それを言ったらこの命令自体がその場の思いつきのようだったが、『男を孕ませる魔術』が全く欲しくなければ思いつきだってしないだろうからそれはいいのだ。
「言われたときは流石にビビったけどさ、あんなのただの嫌がらせだよ、嫌がらせ。てか、この『仕事』そのものが嫌がらせ、っていうか、『罰』っていうか……どうせ作れないと思ってる気がするんだよな。『こんなの作れないから許してくれ、もう余計なことしないで大人しくしてるから~』って、泣きついてくるとでも思ってるんじゃない?」
「……それは、まあ、そうかもしれませんが……?」
考え考え、不承不承、といった感じの同意だった。何をそんなに渋るところがあるのか。何かを無理矢理飲み込んだ顔で、ミトが気を取り直したふうに尋ねてくる。
「ということは、貴方には、作れるあてがあるんですか?」
「いやいや、これ見りゃわかるでしょ。あるよ。なきゃ、そもそも、あの場でちゃんと無理って言ってる」
ジャフィーはルグレアの願いは何でも叶えてやりたいと思っているが、無理なことだってもちろんある。例えば、死者蘇生に不老不死なんかがそうだ。死者蘇生に関しては近いものが禁術として存在しているが、魂までは伴わないまがい物だし、不老不死なんてものができるなら、さっさと開発してルグレアに掛けている。不可能なことはたしかにあるのだ。
けれども、『男でも孕める魔術』は、その類の『不可能な』魔術ではない。
「難しいは難しいけどね。俺じゃなきゃ無理かも。いや~、やっぱルグレアの近くはいいよね、変な魔術作り放題で」
「……もしかして、楽しんでます?」
「そりゃ楽しいよ、無理そうなことほどやりがいがあるもん。……でもまあ、これは先行する研究が結構あるから、あくまでアレンジって感じかな。生殖に関する魔術はねえ、実は、結構研究されてるんだよ。ほら、魔力は遺伝するって言われてるじゃん?」
魔力を持つか否か、どんな魔術が得意かは、遺伝的要因に因るところが大きいというのが現在の定説だ。故に、魔術師の家系にとって、次代を設けることは義務の一種とされている(ジャフィーはそれを放棄しているが)。
だからこそ、生殖に関する魔術は、実際のところ、魔術に詳しくないものが想像するよりも遥かに発展している。家の根幹に関わることだけに秘されることが多い関係で、歴史ある家の魔術師以外にはあまり知られていないというだけだ。
「魔術師として高名なのって、今のところ、男ばっかりじゃん? だからさ、男の種だけで子どもを作ってみたりとかはもう、普通に事例があるんだよね。てか、うちの先々代はそれで生まれたらしいし。そんときは、肚は女のやつそのまま使うから、って、女の穴に二人で突っ込んだらしいけど」
「……そうですか……」
ミトが若干引いている気配がした。魔術師とはいえ、女性の前であけすけに言っていいことではなかったかもしれない。ミトは頭痛を堪えるような所作で額に手を置いた。
「卓越した魔術師の思考は、私のようなものには理解が及びません。正直、頭がいいのか悪いのかさえ。……貴方も含めてですが」
「は? 俺は天才だけど?」
ジャフィーはあまり他人からの評価を気にしない人間だが、部下からの『頭が悪い』という評は流石に聞き捨てならない。ミトには理解できないというなら、単純に、ミトの頭が悪いのだろう。ジャフィーは憤慨を声に出しつつも、思いついたことをさらさらと紙に書きつけていく。
「……じゃなくて。だからまあ、肝心の子どもの部分はもう完成してて、あとはもう、擬似的な肚さえ作れればいいんだよね。で、臓器の形成なら、医療魔術の応用でいけるはずじゃん?」
「そこまでできるなら、子宮自体もはや人体内にある必要もないような気がしますが……」
「確かにね。でも、人体ほど頑丈で柔軟なゆりかごを作る大変さに比べたら、人体を使えばよくない? っていう気もする」
「なるほど……?」
「栄養の供給とかもあるし、今のところは、既存の妊娠を模したほうが楽だよね。依頼もあくまで、『男が妊娠できる』だし」
実際、設計図の基礎はもうできた。まずは動物実験からか。ジャフィーは別の小さな紙を取り出して、さらさらと文字を書きつけていく。
「……うん、こんな感じかな。はいこれ」
書き終えて、そのまま手渡す。ミトはざっと紙を眺めて、「材料調達……はいいですが、早速、外出許可依頼もですか?」と顔を顰めた。
「うん。だって、うちじゃあ動物の飼育はしてないでしょ? 動物実験するから、魔術院の飼育場の子を使うってルグレアに言っといて。……あ、あと、こっちはすぐじゃなくていいけど、子ども欲しい男も見繕うようお願いして。そんなの居るのかわかんないから、難しいかもしれないけど」
最終的には、人間を使った検証が必要だ。ジャフィーはわずかに唇を尖らせた。
「まあ最悪、使用人やらそこらの男娼やらに金払ってやらせてもいいんだけどさ。なんか怒られそうな気がするから、ルグレアに」
昔は人を買ったり拾ったりも好き勝手にやっていたが、貴族の名があれば何でも許された古い体制が打倒され、戦禍も落ち着いた今はもう、そういった非合法な手段を採ることは難しい。合意の契約をとりつけ、万が一の保証を行う、そういう段取りが必要だろう。立場を持つって面倒になるってことだよな……とため息を吐き、「別にさあ」とジャフィーは続けてぼやいた。
「実地試験はさあ、別に、自分の体で試してもいいんだけどさ」
「……!?」
ばっ、と、ものすごい勢いでミトがジャフィーを見る。そんなに驚くようなことを言っただろうか。魔術師にとって、自分の体が最も実験対象として使いやすいことは、ミトだってわかっているはずなのに。
「でも、生殖ってことは相手が要るじゃん? 見繕うのが面倒でさー……あ、アリがやってくれるかな? 仕事の一環ってことにならない?」
「なりません!!」
「うわ。なにいきなりそんな大声出して」
「なりません。……それ、ぜっっったいにルグレア様に言わないでくださいね!?」
兄が貴方の愚かさの犠牲になるのは困ります、と、ミトが本気の抗議をこめてジャフィーを睨む。愚かってなんだ。ジャフィーはきょとんと目を瞬いた。
「なんで? ほんとに俺に産めっていうんなら、俺が産めることを確認しといたほうがいいでしょ」
長い歴史を繙けば、『子どもが産めることがわかっているから』という理由で、あえて経産婦ばかり後宮に入れた王だっているのだ。いや単に人妻フェチだったのかもしれないけど。ともかく、おかしな発想ではないはずだ。首を傾げるジャフィーに、ミトが頭痛をこらえるみたいに目を閉じる。
「……ああ、もう、どこから指摘したらいいんですか。とにかく駄目です」
「だからなんで……いや、まあ、ルグレアも本気で俺に産めって言ったつもりじゃないだろうから、今回は手を抜かせてもらうけどさ。どのみち、俺一人じゃサンプルも足りないし」
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「あなたの思考は、本当に、私には理解が及びません。……私には、あなたが、何もわかっていないように思えます」
ちりっ、と。
頭のどこか、ジャフィーがいつも無視しているところを、無粋に引っかかれたような心地がした。
「……なにそれ。俺が、なにをわかっていないって?」
「ルグレア様のことを」
「はあ!?」
聞き捨てならない。流石に目を吊り上げるジャフィーに、けれどもミトは怯まなかった。
「私は、あの方は本気だと思いますよ。本気で、『あなたなら』と仰っている」
ミトの大きな目にまっすぐ見据えられ、ジャフィーのほうがうっかりたじろがされる。「なにそれ、」と、かろうじてもう一度口を動かす。掠れる声でも、出てさえしまえば、その後は考えずとも滑るように喋れた。
「そんなわけない。俺が産むなら……なんて、本気なわけないよ」
「なぜです?」
「なぜって。だって、ルグレアは、俺を愛していないだろ?」
愛? 馬鹿なことを言っている。自覚があるから、早口にジャフィーは付け足した。
「いやわかってる、繁殖に『愛』は必要ない。でも、跡継ぎをあれだけせっつかれて、『せめて愛妾のひとりを後宮に置くだけでも』って懇願されて、それでも後宮を空にしているのには、理由があると思うんだよ」
「……、……続けてください」
「いやなんでお前が『聞いてやる』みたいな顔してるわけ……? いいけどさ別に。……で、まあ、ルグレアはあれでロマンチストだから。それって多分、繁殖に『愛』が必要、というか、欲しいと思ってるからだと思うわけ」
ルグレアは、庶子として生まれ、母親とともに市井で育った。
ルグレアの父親である公爵は、ルグレアの母に手を付けてあっさり捨てた。彼女にはジャフィーも何度か会ったことがあって、ルグレアがどれだけ彼女に大切に育てられたか、彼女を大切に思っていたかを知っている。数年前、彼女が流行り病で亡くなったとき、ジャフィーはおそらく最初で最後のルグレアの涙を見たのだ。
――そういう生まれ育ちのルグレアが、後宮という制度を嫌う理由は理解できる。
ルグレアは、愛されなかった女の悲しみを、顧みられなかった子の苦しみを知っている。
「だから、ルグレアが子どもを作るなら、孕ませたいと思うなら、それは、愛してる相手なはずなんだ。──で、十年近い付き合いで、今更、俺のこと『愛してる』だなんて、ありえないだろ?」
「……ありえないでしょうか?」
「ありえないよ。十年だよ? 言う機会なんていくらでもあっただろ、それこそ」
口に出した言葉は、わかりきった事実のはずなのに、どうしてか、自分に言い聞かせるみたいな響きを帯びた。ミトは大きな目でじっとジャフィーを見つめたあと、「そうですか」と言って静かに目を伏せる。
──そう、ありえない、絶対に。
胸の内で、繰り返す。……自分が引いているそれが『予防線』だということに、ジャフィーはどうしても、気付かないでいたかった。
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オメガの品川拓海(しながわ たくみ)は、現在祖母宅で祖母と飼い猫とのほほんと暮らしている社会人のオメガだ。雇用機会均等法以来門戸の開かれたオメガ枠で某企業に就職している。同期のアルファで営業の高輪響矢(たかなわ きょうや)とは彼の営業サポートとして共に働いている。同期社会人同士のオメガバース、ハッピーエンドです。両片想い、後両想い。攻の愛が重めです。
抑制剤の効かない薬師オメガは森に隠れる。最強騎士団長に見つかり、聖なるフェロモンで理性を溶かされ、国を捨てた逃避行の果てに番となる
水凪しおん
BL
「この香りを嗅いだ瞬間、俺の本能は二つに引き裂かれた」
人里離れた森で暮らす薬師のエリアルは、抑制剤が効かない特異体質のオメガ。彼から放たれるフェロモンは万病を癒やす聖なる力を持つが、同時に理性を失わせる劇薬でもあった。
ある日、流行り病の特効薬を求めて森を訪れた最強の騎士団長・ジークフリートに見つかってしまう。エリアルの香りに強烈に反応しながらも、鋼の理性で耐え抜くジークフリート。
「俺が、貴方の剣となり盾となる」
国を救うための道具として狙われるエリアルを守るため、最強の騎士は地位も名誉も投げ捨て、国を敵に回す逃避行へと旅立つ。
シリアスから始まり、最後は辺境での幸せなスローライフへ。一途な騎士と健気な薬師の、運命のBLファンタジー。
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