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4.魔術師、『男でも孕める魔法薬』を完成させる
しおりを挟む一年半かけて、薬はやっと完成した。
「できた。できましたよ! やっっっっと!!」
ジャフィーがドヤっと胸を張ると、ルグレアは一瞬『何の話だ?』という顔をした。
「あ、ん、た、が! 作れ、っつったんでしょ!? 『男でも孕めるようになる薬』! が! できたっつってんの!!」
「あー」
ジャフィーがそこまで言ってはじめて、やっと、思い当たったような反応をする。それから言った。
「なんだ。お前、まだあれ作ってたのか?」
「はあ!?!?!?」
戦がなければ暇──とジャフィーは思っているが、実際のところ、宮廷魔術師は平時も忙しい。というか、ジャフィーが戦闘向きの派手な魔術を好みがちだというだけで、普通の魔術師は、平時のほうが忙しい。ジャフィーは昼間は出仕して仕事をこなし、夜は館で薬を作り、という二重生活をひたすらに続けていたのである。普通に大変だった。
なのにこの言い分は何だ。思わず眦を吊り上げるジャフィーに、ルグレアは少しも悪いと思っていなさそうに「悪い悪い」と言う。
「『実験する』っつったあとあんまり音沙汰ないから、やっぱ駄目で諦めたのかと思ってたわ」
「音沙汰ない、って、あんた子どもが一晩で育つとでも思ってんの? 結果が出るまで十月十日かかるんだよ十月十日!」
薬自体は随分前に完成していたが、実効性と安全性の確認に時間がかかっていたのだ。幸いというべきか結果は良好で、ジャフィーは実験に協力してくれたカップルに泣いて感謝されたりもした。ジャフィーは不貞腐れ、手に持った魔法薬の瓶を後ろへ隠す。
「もういらないってんなら別にいいんだけど。闇市にでも流す?」
「さらっと恐ろしいこと言うんじゃねーよ。要るから説明しろ」
「『してください』!」
「しろ」
むう、と唇を曲げたまま、ジャフィーは渋々概要を説明した。
魔法薬の中身が体内に定着すると、魔術が発動し、子宮と卵子、そしてそれ以降の妊娠プロセスが体に組み込まれる。魔法薬を飲んで二十四時間以内に、通常の同性性交と同様に排泄器から挿入(その時間内のみ子宮と排泄孔が繋がっているため)、射精を行う。着床した場合のみ子宮が維持され、以降は通常の妊娠と同じ経過を辿る。着床しなかった場合、再度魔法薬を飲まなければ、子宮は自然消滅する。出産時は排泄孔とは別に産道と出口が形成されるが、大出血を伴う可能性が高いため、医療魔術師のサポートを必須とする。などなど。
「なるほど。ちゃんと性交が必要なんだな」
「? そりゃそうでしょ」
「いや、お前のことだから、種を器具で中に入れるとか言いだす可能性もあるなと思ってたんだが……」
「あっ」
その手があったか。まったく思いつかなかった。
「まあ……普通に性交渉ですね……。あー、」
もしかして、性交渉じゃない方がよかっただろうか。精を取る方法は性交渉だけではないし、そっちのほうが汎用性が高かったかもしれない。設計の不備を指摘されたような気持ちになって、ジャフィーは慌てて言い訳をした。
「多少の催淫剤を混ぜてあって、性交渉自体は成立しやすくなってるから!」
「催淫剤?」
「なんか……緊張を解くとか……柔らかくするとか……ぬめりがどうとか……? よくわかんないけど、そういう初夜用の魔術だけは付与してある」
実はジャフィーは、性交渉というものをしたことがない。
ジャフィー自身がまず、性欲を感じたことがあまりない。魔術師の家では『性行為』といえば『繁殖のためのもの』という扱いだったし、幼少期から思春期にかけてを女性がほぼ居ない魔術学院で過ごしたせいなのか、そもそも生来のものかなのか、女性への興味がまず存在しない。
その上、家なんて途絶えたって構わないと思っているので、自分の血を残す行為としても興味が持てない。性行為をする理由がないから、したいとも思わなくて、したことがない。戦場で娼婦を買っていた同僚たちの気持ちは、今でも欠片も理解できない。
だから、この機能を付与するにあたっては、実験に協力してくれた人々の意見を適当に参考にしたのだが──
「ああ、なるほど」
ちゃんと考えてるじゃねえか感心感心、と、ルグレアが本気で意外そうな声を出す。『受け売りだとは言わないほうがよさそうだ』とジャフィーはこっそり出所を隠匿しつつ、得意になってぺらぺら付け足した。
「ちなみに、魔法薬の中には、殺したいぐらい憎い相手とでも気持ちよくできるレベルの催淫剤もあるよ。でもまあ、今回は、合意前提だと思うから……ま、もし必要になったら、言ってくれればつけるからさ」
「……うん?」
「そういう感じなんで。どーぞ、お収めください」
ジャフィーは小さな瓶を捧げ持ち、ルグレアへと恭しく差し出した。
瓶の中は、ジャフィーが手ずから諸々を煎じて直々に魔術をかけた、薄紫色の液体で満ちている。飲み物の色ではないかもしれないが、飲めないと言うほどでもないだろう。ジャフィーはにこりと笑ってルグレアを見上げた。どうか存分に褒めて欲しい。
「あとはどうぞ、適当に相手に飲ませて」
「…………あ?」
「あ、一回で孕むとは限らないっていうか、あとは男女の性行為とおんなじなんで、そこはもう神にでも祈ってね。薬はいっぱい作ってあるんで、孕むまでチャレンジってことで……、んぐッ!?」
何が起きた。
突然口に何かが入ってきて、ジャフィーは大きく目を見開いた。ルグレアが、ジャフィーの手から瓶をひったくって片手で開けて、もう片手の指をジャフィーの口へと突っ込んだのだ。
「っ、……な、」
何、と、言葉は勿論声にならない。ならないままに、無理矢理こじ開けられた口へと、瓶の中身が注ぎ込まれる。
「…………!?」
むせ返るような薬草の匂い。媚薬特有のどろりとした甘さ。高濃度の魔力による喉越しの悪さ。どうしたって飲みやすいとは言い難い、もうちょっと味の面で努力したら良かったと口に入ってきた瞬間に後悔した──つまるところ、自分で飲む気などさらさらなかった液体が、ジャフィーの喉に絡みつきながら滑り落ちていく。
「げほっ、……ッ、え、なっ、……はァ!?」
飲んだ。
飲んでしまった。
自分自身の精製済み高純度の魔力が、食道から胃へと滑り落ち、肚の中で熱く渦を巻く。げほげほと咳き込むジャフィーを見下ろして、ルグレアはごく淡々と尋ねた。
「……『二十四時間以内』とか言ってたが。入れんのは即でもいいのか?」
「っ、……三十分ほどで、内臓と卵の形成が完成する、けど……?」
「なるほど」
ルグレアに問われれば、どんなときでも反射で答えてしまう。ジャフィーから回答を得て、ルグレアはひどく酷薄に笑った。
「……それまでずっと、突っ込んどきゃいいわけだ」
どういうことだ。
問いは言葉にならないまま、ひょい、と、ルグレアの肩に担ぎ上げられる。
そうして、今は使われていないはずの場所、打ち捨てられていたはずの後宮で降ろされてなお──ジャフィーは何が起きているのか、まるで、理解できないままだった。
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