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7.魔術師、溺愛監禁を宣告される
……意識が、ゆっくりと浮上する。体を取り巻く強い倦怠感に、ジャフィーは思わず小さくうめいた。
懐かしい夢を、見ていたような気がした。けれどもその像は捉えるより先に消え去って、ただ、茫とした寂寞だけが残される。ジャフィーはじんわりと痛む頭を抱え、片手で顔を覆いながら、ゆっくりと瞼を持ち上げた。
朝日が眩しい。
大きすぎる窓から差し込むきらきらとした日差しで、ここがどこなのかを思い出す。後宮で最も居心地がいいようにと作られた、王妃のための宮、『春の宮』である。思い出すと同時にすべてが頭の中を駆け巡り、強烈な恥ずかしさで頭を抱えた。
──抱かれたのだ。ルグレアに。
慌てすぎていて、そして途中からははじめての行為に混乱しすぎていて、正直あまり覚えていない。けれども、あれが夢ではなかったことはわかる。そして自分が、その行為が嫌ではなかったことも。
起き上がろうと腕を動かすと、体中がぎしぎし痛んだ。筋肉痛か、押さえつけられたせいか、はたまた両方か。満身創痍だ。
それでもどうにか上体を起こし、なにか着るものはないかと寝台を見渡して、昨日脱ぎ捨てたときのままだったらしいルグレアの服を見つけたのでもそもそ着込む。袖も裾も余るのが、だるい体で着るにはちょうどよかった。
広い寝台を這って移動し、床に降りる。と、寝台から少し離れた位置に設えられたテーブルセットに、朝食が用意されているのが見えた。
「起きたのか」
ルグレアは、上着こそ来ていなかったが、きっちりと着替えを終えていた。机の端に積まれた書類へと目を通しながら、肉と野菜とを挟んだパンを口に運んでいる。
(……仕事してる)
昔は、手紙の一枚だって自分じゃ読みたがらなくて、ジャフィーに読ませたり代筆させたりしていたのに。
いつの間に、こんなにちゃんとした王様になっちゃったんだろうな。別に、ならなくてもよかったのにな。もっと好き勝手に権力を使って、酒池肉林とかして、後宮を好みの女で埋めてくれて良かったのにな……そんなことをぼんやり思うジャフィーへと、ルグレアがちらりと視線を寄越す。
「どうした? 好きに食べていいぞ」
「うーん……無理かな……」
体は怠いし肚の中にはまだ何かがいるようだしで、食欲はちっとも湧いてこなかった。そもそも普段から朝食は摂らない。どうにか椅子に腰掛けて、背もたれにだらしなく背中を預ける。
「珈琲ある?」
「勝手に飲め。あ、何も食べないんだったら割って飲めよ。また胃壊すぞ」
「……はぁい」
仮にも後宮だ、給仕のひとりやふたりついているのが普通ではないのか。とはいえ、平民として暮らした期間が長いルグレアが、私的な空間にこそそういった存在を置きたがらないのは知っていたので、ジャフィーはしかたなく自分で珈琲を注いだ。言われた通り、ミルクもなみなみ注いで混ぜて、魔術で適温に温める。一口飲んでやっと一息ついた心地になっていると、ルグレアが唐突に「ここでいいか?」と尋ねてきた。
「へ? 何が?」
「部屋。他に使う予定もないから、好きな部屋選んでいいぞ。荷物は今纏めさせてる」
「うん? 待って? 何の話?」
「何の話って……お前、ここがどこだかはわかってるよな?」
「『春の宮』でしょ。後宮の」
後宮の中で、王宮から最も近く立派な建物だから、勝手にそうだろうと見当をつけていたのだが。ルグレアは「わかってるじゃねえか」と頷いて、それから、あっさりとした口調で告げる。
「そう。で、今日からお前の住処な」
「……は?」
「いや、訳わかんねえって顔するなよ」
「いやいやいや、するでしょ。なんで??」
「なんでって……自分で御高説垂れてたそうじゃねえか」
何の話だ。ジャフィーは目を瞬いて、そんなジャフィーを見てルグレアは目を眇めた。
「『後宮を空にしているのには、理由がある』。『ルグレアが子どもを作るなら、孕ませたいと思うなら、それは、愛してる相手なはず』」
「……ミトに聞いたの?」
「スパイだってわかってて喋ったんだろ、お前も。……流石、長い付き合いだけあってよくわかってるじゃねえか。そのとおりだよ。しかしまあ、一等大事なことにはひとつも気づかない。それもまあお前っぽいっちゃお前っぽいけど」
「褒めてないでしょそれ」
「勿論。……で、ここまで言えばわかるよな?」
いつもの人の悪い笑顔とともに、挑発するようにルグレアが言う。『わからない』とはとても言えない。ジャフィーはとても信じられない答えを、呻くように口にした。
「……俺のことを、愛してるってこと?」
「正解」
「いや無理、無理があるでしょそれは。信じられないんだけど」
「……こっちとしては、逆になんで信じらんねえのかと思うがね。一応、言い分を聞いてやろうか」
「言い分もなにも……だって俺達、何年の付き合いだと思ってんの」
苦し紛れのジャフィーの問いに、ルグレアは指折り数えるでもなくあっさりと答える。
「そろそろ十年だな」
「そう。十年。十年だよ? その間に、どれだけ一緒に寝泊まりしてる? お互いの館に泊まるのだって、遠征の宿やら野宿やら、数えぐれないぐらいしてるでしょ。そこで手も出してこなかったのに、なんで今更?」
「……『今更』って言われるとは思ってたが、そういう即物的な視点で来るとは思わなかったな……」
ルグレアは少し意外そうな顔をして、ジャフィーは「即物的?」と首を傾げた。
「好きになったあと、ヤる以外にやることあるの」
「……お前の情操教育についてはおいおい考えることにして、だ。その点については、俺の忍耐力を褒めて欲しい、と言っておくか。お前、相当貞操の危機だったぞずっと」
「ええー……全然気づかなかった……。……とすると? 昨日はついにその忍耐力が限界を迎えたってこと?」
「他人事みたいに言うじゃねえか……。いや、理解が早くて助かるよ。そのとおりだ。まさか本人に、『自分以外の好みの男と子作りしろ』と薦められちゃあな。温厚な俺にも、限界ってもんはある」
「真顔で『温厚』とか言うのやめてよ、笑うから。……ええ? 本気で?? 本気で俺のことが好きって言ってる???」
「本気だよ」
ルグレアはさらりと肯定し、いつもの皮肉げな笑みではない、ごく当たり前に優しいだけの笑みを浮かべた。却って胡散臭い……と思ってしまったのは、僅かに心臓が高鳴ったのを誤魔化したかったからかもしれない。ともかく、まるで本当に『愛しい人』に向けるみたいな顔をして、当たり前の調子でルグレアは言った。
「この上なく本気だ。だからお前にはここ──正妃の宮である此処に住んでもらう。正式な手続きは法整備が済んでからになるが」
「……うん? 法整備??」
「必要だろ? 男でも子どもが作れるなら、同性婚を認めない理由がなくなるからな……ああ、同様の薬の女同士のバージョンも作って貰う必要はあるが、できそうか?」
「それは多分、男同士より楽だと思う。自前の子宮があるわけだからね。性行為は経由できないけど」
「上等だ。ならまあ、此処でその薬を作ってもらってる間に、同性婚についての法整備と王室典範の改正をして、お前を『王配』として正式に迎えられるようにする。それまでは寵姫として此処にいてもらう」
「うわ……本当に本気のやつじゃん……っていやいやいや、此処、って、後宮ってこと?」
「さっきからそう言ってるが」
「出られないってこと??」
「まあ、普通はそうだな。後宮ってのはそういうもんだ」
「絶対にいや!!」
ジャフィーはばんとテーブルを叩いて立ち上がり、断固とした口調で言い放った。ルグレアは特に驚いた様子も見せず、「言うと思ったが」と肩を竦めた。
「悪いが、これは王命だ。……今から、そうだな、お前が無事俺の子を孕むまで、お前をここから出すつもりはない。ああ、仕事は此処で出来るように手配するから、暇になる心配はしなくていいぞ」
「そこじゃない!!」
ばんばん机を叩いて抗議しても、ルグレアはどこ吹く風と聞き流している。ジャフィーは強くルグレアを睨みつけて叫んだ。
「俺は! 行動を制限されるのが一番嫌なの!! 知ってるでしょ!?」
「そりゃまあ、知ってるが」
ルグレアは半眼になってジャフィーを見た。
「……お前、つい去年、好き勝手他国まで出歩いてった前科があるからな……」
「……ぐう……!」
くそ、と、ジャフィーは思わず舌打ちした。この『後宮入り』の措置がつまり、自由すぎるジャフィーに対する謹慎継続の意味合いを含んでいることに気付いたからだ。ジャフィーはぎりぎりと唇を噛み、ルグレアを睨みつけて「わかったよ」と口を開いた。
「……孕めばいいんだろ、孕めば……!」
売り言葉に買い言葉でしかないことはわかっていたが、ルグレアからの挑発に、乗らなかった試しのないジャフィーである。ルグレアは「言ったな」とにやりと笑い、こうしてジャフィーは、まんまと後宮に押し込められる羽目になったのだった。
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