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――やはり八百屋付近であった。
大杉率いる五人ほどの女子たちに囲まれているヨウコ。間に合った、とアンは思ったが……そうでもない。
ヨウコの鼻からは血が。そして大杉が手に持つバケツの中には――大量のミミズたちが入っている。
この状況、ただならぬものであると確信した。アンは苦い唾をごくりと飲み込んだ。
「なに? アンとサオリじゃん。あんたたち何しに来たの?」
こちらを向き、無表情で大杉は言った。
一歩前に出てサオリが小さな声で答える。
「あの……さ。あたしたち、ヨウコと一緒に帰りたいのよ」
「ふーん、そう?」
女子の一人が鼻で笑う。
「今日は先に帰ってくれない? ウチらもう少しこいつに用があるからさ」
「え……でも。ヨウコと遊びたいしさぁ、明日じゃダメ? その用っていうのは……」
「サオリ」
大杉はサオリの前に立ち、言葉の攻撃を仕掛けてきた。
「あんたさ、アタシらの【遊び】を邪魔しようとしてるでしょ? そんなことしたら、次はあんたを遊び道具にしてやるよ。ええ?」
サオリは黙り込み、うつむいてしまった。
とてもやりにくい。ここは頭脳勝負でやらねば、大杉に勝つことはできない。
アンたちが震えながら大杉と話していると、黙っていたヨウコが弱々しい声で口を開いた。
「……アン……サオリ……。わたしのことは放っておいていいから、今日は帰ってよ。わたしが裏で悪さしたのがいけないんだし……」
「なに言ってるの、ヨウコ」
彼女の言うことが信じられず、アンは唖然とした。
「私たち友だちだよ? 友だちなのに……ヨウコを見捨てられると思う?」
「…………」
アンは話しているうちに、どんどん体が熱くなっていくのを感じていた。
「はっきり言って私、こういうの見るの嫌なんだよ。集団で一人の子をイジメるなんて。ずっと思ってたけど、大杉さんたちは大人数じゃないとこういうこと出来ないんじゃない?」
「はっ?」
大杉たちはアンのことを睨みつけた。それでも怯まず、逆にアンは奴らを睨み返した。
「アン、あんたウチらにそんなこと言ったらどうなるか分かってんの」
「でも本当のことでしょ? 大杉さんたち、いっつも集団でいるじゃない。それで誰かをイジメてる。――恥ずかしくないの?」
大杉たちはアンの周りを囲み、一人が肩を押してきた。
「いい度胸」
そして、大杉たちの攻撃が再び始まる。
「あんた、アタシたちが今までどんなことしてきたか知ってるよね。同じクラスなんだから」
「もちろん。大杉さんたち、最悪なことしかしてない」
「ははは。アンって本当、バカなのね。でも――サオリみたいに大人しくしてれば、見逃してやってもいいケド」
彼女たちに言われるが、アンは絶対にうなずかなかった。
そんな中ヨウコは、ティッシュで鼻血を拭き取りながら小さな声で再び言葉を発する。
「アン……こんなわたしを、かばったりしないで。……その人たちを無駄に怒らせちゃダメ……」
わざとアンは聞こえないフリをした。
「ちょっとヨウコの話、聞いてるの? 逃げるなら今しかないよ」
大杉の話も、完全に無視した。
アンの視線の先には、大杉が持つバケツがある。その中に、くねくねと動き回るミミズたち――。
「……ねえアン。まさか変なこと企んでないわよね。やめた方がいいわ。もっと他にいい方法が……」
耳打ちしながら、サオリがアンの肩を掴んだ時である。アンはバケツ目掛けて、思いきり蹴りを入れた。突然だったのだ。大杉の手から、バケツはみるみる上へと飛んでいった。
「…………!!」
大量のミミズは、いい具合に大杉の頭にベタッと落ちていった。まるで髪の毛と同化しているよう。思わずアンは吹き出してしまった。
「あっははは! ……マヌケ。面白すぎっ」
こんなアンの言葉を、大杉は聞き逃しはしなかった。
「あんた……ふざけんじゃないよ!!」
眉間に皺を寄せ、大杉は頭の上に乗るミミズたちをすぐさま払った。あまり見ることのできない貴重な光景だと、アン密かに思う。
「あんた、マジでうざいんだけど」
と言うと、大杉は空になったバケツをものすごい力で蹴り飛ばした。その音がとてつもなく耳障りであった。
「あんた一人のクセして、そこまで調子乗れんのは大したもんだよ」
「一人だなんて――」
「明日から覚悟してな。これからあんたはアタシたちの玩具になるんだからね」
それだけを言い残すと、大杉たちはその場から去っていった。
――別に、怖くともなんともない
むしろアンは、いい気分になっていた。一人の大切な友だちを助けることができたのだから。
「ふう。言い合ってたら疲れちゃったー」
「…………」
「それよりヨウコ、大丈夫だった?――あっ! 制服、ミミズだらけじゃん! 早く出さないと」
「…………」
アンがヨウコに近付こうとすると、ヨウコは無表情で制服の中からミミズを出した。そしてこちらを見るなりこう言った。
「……どうして、あんなこと……」
「えっ?」
「どうして、あんなバカなことしたの……」
彼女の声は、いつになく小さくなっていた。
「だって、ヨウコを助ける為だもん。あれぐらいやって当然でしょ」
「……でも、そしたらアンはどうなるの」
と、背後からサオリが言った。
「どうなるって? どうにかなるでしょ。私たち三人が一緒なら大杉たちが何してきても平気だよ」
「アン……あなた、何言ってるの……」
ヨウコの声が、とても冷たいように聞こえる。彼女の表情を見ると、この上ないほどに切ないものになっていた。そして、サオリも同じように。
この時、アンは初めて今の状況がまずいのだと知ってしまった。
「わたしたち……大杉たちと対立するのは嫌なの。アンは……わたしを助けるためにあんなことしたんだろうけど……それは全くの逆効果だったの……」
「あの人たちがどんな人間か、アンも分かってるんでしょ? ヨウコを助けるなら、別のやり方はたくさんあったわ。アン、早とちりしちゃったのよ。大失敗したの」
二人の親友からの、厳しい言葉。
アンはたちまち、悲しくなっていった。
「え……じゃあ私、どうすればいいのかな……」
「それはアンが考えることよ。アタシたちにはどうしようもないから」
「……そんな」
世界が真っ暗に見えた。
やってしまった。大変なことを。
「助けてくれたのは……感謝するよ。……でも、そのやり方が……」
これ以上の言葉は、ヨウコの口から出なかった。
「……それじゃアン。アタシたち帰るわね。……やっぱり今日は映画行かないわ。観たいのないし。それじゃ……またね。――行こ、ヨウコ」
「……うん」
アンは、帰っていってしまう二人の親友たちの後ろ姿を黙って眺めているしかなかった。明日からどうすればいいのかも分からずに。
アンは困っていた。頬が勝手に濡れてしまうほどまでに。
大杉率いる五人ほどの女子たちに囲まれているヨウコ。間に合った、とアンは思ったが……そうでもない。
ヨウコの鼻からは血が。そして大杉が手に持つバケツの中には――大量のミミズたちが入っている。
この状況、ただならぬものであると確信した。アンは苦い唾をごくりと飲み込んだ。
「なに? アンとサオリじゃん。あんたたち何しに来たの?」
こちらを向き、無表情で大杉は言った。
一歩前に出てサオリが小さな声で答える。
「あの……さ。あたしたち、ヨウコと一緒に帰りたいのよ」
「ふーん、そう?」
女子の一人が鼻で笑う。
「今日は先に帰ってくれない? ウチらもう少しこいつに用があるからさ」
「え……でも。ヨウコと遊びたいしさぁ、明日じゃダメ? その用っていうのは……」
「サオリ」
大杉はサオリの前に立ち、言葉の攻撃を仕掛けてきた。
「あんたさ、アタシらの【遊び】を邪魔しようとしてるでしょ? そんなことしたら、次はあんたを遊び道具にしてやるよ。ええ?」
サオリは黙り込み、うつむいてしまった。
とてもやりにくい。ここは頭脳勝負でやらねば、大杉に勝つことはできない。
アンたちが震えながら大杉と話していると、黙っていたヨウコが弱々しい声で口を開いた。
「……アン……サオリ……。わたしのことは放っておいていいから、今日は帰ってよ。わたしが裏で悪さしたのがいけないんだし……」
「なに言ってるの、ヨウコ」
彼女の言うことが信じられず、アンは唖然とした。
「私たち友だちだよ? 友だちなのに……ヨウコを見捨てられると思う?」
「…………」
アンは話しているうちに、どんどん体が熱くなっていくのを感じていた。
「はっきり言って私、こういうの見るの嫌なんだよ。集団で一人の子をイジメるなんて。ずっと思ってたけど、大杉さんたちは大人数じゃないとこういうこと出来ないんじゃない?」
「はっ?」
大杉たちはアンのことを睨みつけた。それでも怯まず、逆にアンは奴らを睨み返した。
「アン、あんたウチらにそんなこと言ったらどうなるか分かってんの」
「でも本当のことでしょ? 大杉さんたち、いっつも集団でいるじゃない。それで誰かをイジメてる。――恥ずかしくないの?」
大杉たちはアンの周りを囲み、一人が肩を押してきた。
「いい度胸」
そして、大杉たちの攻撃が再び始まる。
「あんた、アタシたちが今までどんなことしてきたか知ってるよね。同じクラスなんだから」
「もちろん。大杉さんたち、最悪なことしかしてない」
「ははは。アンって本当、バカなのね。でも――サオリみたいに大人しくしてれば、見逃してやってもいいケド」
彼女たちに言われるが、アンは絶対にうなずかなかった。
そんな中ヨウコは、ティッシュで鼻血を拭き取りながら小さな声で再び言葉を発する。
「アン……こんなわたしを、かばったりしないで。……その人たちを無駄に怒らせちゃダメ……」
わざとアンは聞こえないフリをした。
「ちょっとヨウコの話、聞いてるの? 逃げるなら今しかないよ」
大杉の話も、完全に無視した。
アンの視線の先には、大杉が持つバケツがある。その中に、くねくねと動き回るミミズたち――。
「……ねえアン。まさか変なこと企んでないわよね。やめた方がいいわ。もっと他にいい方法が……」
耳打ちしながら、サオリがアンの肩を掴んだ時である。アンはバケツ目掛けて、思いきり蹴りを入れた。突然だったのだ。大杉の手から、バケツはみるみる上へと飛んでいった。
「…………!!」
大量のミミズは、いい具合に大杉の頭にベタッと落ちていった。まるで髪の毛と同化しているよう。思わずアンは吹き出してしまった。
「あっははは! ……マヌケ。面白すぎっ」
こんなアンの言葉を、大杉は聞き逃しはしなかった。
「あんた……ふざけんじゃないよ!!」
眉間に皺を寄せ、大杉は頭の上に乗るミミズたちをすぐさま払った。あまり見ることのできない貴重な光景だと、アン密かに思う。
「あんた、マジでうざいんだけど」
と言うと、大杉は空になったバケツをものすごい力で蹴り飛ばした。その音がとてつもなく耳障りであった。
「あんた一人のクセして、そこまで調子乗れんのは大したもんだよ」
「一人だなんて――」
「明日から覚悟してな。これからあんたはアタシたちの玩具になるんだからね」
それだけを言い残すと、大杉たちはその場から去っていった。
――別に、怖くともなんともない
むしろアンは、いい気分になっていた。一人の大切な友だちを助けることができたのだから。
「ふう。言い合ってたら疲れちゃったー」
「…………」
「それよりヨウコ、大丈夫だった?――あっ! 制服、ミミズだらけじゃん! 早く出さないと」
「…………」
アンがヨウコに近付こうとすると、ヨウコは無表情で制服の中からミミズを出した。そしてこちらを見るなりこう言った。
「……どうして、あんなこと……」
「えっ?」
「どうして、あんなバカなことしたの……」
彼女の声は、いつになく小さくなっていた。
「だって、ヨウコを助ける為だもん。あれぐらいやって当然でしょ」
「……でも、そしたらアンはどうなるの」
と、背後からサオリが言った。
「どうなるって? どうにかなるでしょ。私たち三人が一緒なら大杉たちが何してきても平気だよ」
「アン……あなた、何言ってるの……」
ヨウコの声が、とても冷たいように聞こえる。彼女の表情を見ると、この上ないほどに切ないものになっていた。そして、サオリも同じように。
この時、アンは初めて今の状況がまずいのだと知ってしまった。
「わたしたち……大杉たちと対立するのは嫌なの。アンは……わたしを助けるためにあんなことしたんだろうけど……それは全くの逆効果だったの……」
「あの人たちがどんな人間か、アンも分かってるんでしょ? ヨウコを助けるなら、別のやり方はたくさんあったわ。アン、早とちりしちゃったのよ。大失敗したの」
二人の親友からの、厳しい言葉。
アンはたちまち、悲しくなっていった。
「え……じゃあ私、どうすればいいのかな……」
「それはアンが考えることよ。アタシたちにはどうしようもないから」
「……そんな」
世界が真っ暗に見えた。
やってしまった。大変なことを。
「助けてくれたのは……感謝するよ。……でも、そのやり方が……」
これ以上の言葉は、ヨウコの口から出なかった。
「……それじゃアン。アタシたち帰るわね。……やっぱり今日は映画行かないわ。観たいのないし。それじゃ……またね。――行こ、ヨウコ」
「……うん」
アンは、帰っていってしまう二人の親友たちの後ろ姿を黙って眺めているしかなかった。明日からどうすればいいのかも分からずに。
アンは困っていた。頬が勝手に濡れてしまうほどまでに。
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