私の愛した彼は、こわい人

朱村びすりん

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第一章

10・レガーロ社へカチコミ(訪問)②

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 ひと通り私が利用者の状況を伝えると、土屋氏は目を伏せた。
 なぜかずっと挙動不審。まさか、都合が悪いことでもあるの……? 
 サングラスを正し、神楽オーナーが再び口を開いた。

「聞いてましたね、土屋さん?」
「ええ……。弊社商品を愛用してくださったお客様にそんなことが起きていたとは。非常に残念です」
「ああ、ご存じなかったんですか。うちは肌の弱い客がとても多い。だから肌に優しい化粧品を扱う御社の商品を取り扱っていると前オーナーも申していたんですけどね、どうもおかしい。今年の三月頃からこういった事例が立て続けに起きているんですよ。なにか心当たりはありませんかね」

 オーナーの圧はとんでもない。見ている私でさえ萎縮しそうだ。
 震えながらも土屋氏は必死な様子で口を動かす。

「いやぁ、わたしは開発担当でも商品管理担当でもないのでね。よくわかりません」
「あっ? あなた、営業部長でしょうに。自社製品についてずいぶんいい加減なことを言うんですね」
「そ、それは」

 ぶんぶんと首を大きく横に振る土屋氏と、ガンを飛ばす強面の神楽オーナー。
 なにこれ。どこかの借金取りと詰め寄られるおじさんの図……?

「わたしは、事実を教えてほしいんですよ」

 オーナーは突然、私から社用のタブレットを奪い取る。画面をスクロールして、ある保存文書を呼び出した。
 先ほど見ていた、レガーロ化粧品の成分表だ。

「これについて、土屋さんはどう思います?」

 土屋氏はタブレットに目を向ける。数秒間眺めた後、ハッと目を開いた。

「こ、これは」
「サロンに置かせてもらっている化粧品の成分表ですよ。実は、ちょっとばかり調べさせてもらいました。商品の中身を」
「はい? 調べたとはどういうことですか!?」

 土屋氏は急に大声を出した。
 気にも留めない様子でまくし立てるオーナー。

「前オーナーからの伝手がありましてね。化粧品開発研究者に頼んだんです。レガーロ化粧品の配合物を詳しく調べるように」
「ま、まさか」
「おかしいですねえ。お宅の商品は香料、着色料、パラベン、アルコールフリーを謳っているはずだ。しかしどういうわけか、商品にパラベンとアルコール反応が出たそうで」

 オーナーは成分表の一部を拡大させて土屋氏の目の前に置いた。
 たしかに画面には、アルコール(エタノール)とパラベン(防腐剤)の文字が表示されていた。
 嘘でしょ……。

「言い訳なら聞きますよ、土屋さん」
「えっ」
「どうぞ」

 口調は穏やかなのに、オーナーの顔は全く笑っていない。とんでもなく鋭い目つきで静かに威嚇しているようにも見えた。
 土屋氏は口をパクパクさせながらなにも言えずにいる。
 もしかして。
 アルコールやパラベンのせいで、敏感な方や乾燥肌のお客さんに色々と問題が起きていたの……?

「正直に答えてください。いつからアルコールとパラベンが使われていたんですか」
「それはっ」

 口を結ぶ土屋氏だが、唾をゴクリと呑むと、意を決したように説明をはじめた。

「今年の、二月製造分からです。出荷は二月下旬から三月上旬でした」
「なるほど。時期的にも間違いないようですね」

 そんな。まさか。

「別にアルコールが入っているからと言って品質が悪いとは思いません」
「は、はい……」
「ですが、パラベンに関してはまずいんじゃないですかねえ。内容量に対して二パーセント以上も含まれているようですが」

 え……。二パーセントも? パラベンが、そんなに入ってるの?

 土屋氏は目を泳がせる。汗が大量に流れ、止まらない。
 オーナーは呆れたようにため息を吐いた。

「日本では化粧品にパラベンを一パーセント以上使用してはいけない決まりがあります。表示義務違反でもありますし、なぜ虚偽を謳ったのか。これは立派な詐欺じゃないですかね」
「さ、詐欺!? それをわたしに言われてもっ。開発チームに言ってもらわらないと!」
「だったらお偉さんに今すぐどうにかしろと訴えた方がいい。わたしがこの成分表を世間に公表したらどうなるか? レガーロ社の信用はガタ落ちでしょうね。内情を知っていたのに商品を売りつけた責任は? あなたの立場も危ういですよ」
「ひっ」
「ま、わたしも暇じゃあないんで。落とし前をつけてくだされば、今回のことは目をつぶりましょう」

 落とし前って。
 嫌な言いかたするな、この人。

「どうすればいいでしょうか……」
「三つの条件があります。まずひとつ目は、二月製造分以降のレガーロ化粧品を全て回収すること。買い手に謝罪も忘れないでくださいね」
「全て回収……。でも、そんなことになったら、世間にこの事態が知れ渡りますっ」
「自らミスを認めて謝罪するのと、他人に事実をぶちまけられるのとでは世間の反応が大きく変わります。そんなことも分かりませんか。誠心誠意、責任は取りましょうよ」
「……うっ」

 なにも反論できずに土屋氏は小さく頷いた。

「それで、ふたつ目の条件というのは……」
「今後一切お宅との取引をお断りさせていただきます」
「えっ!?」

 土屋氏よりも先に反応したのは、私だった。
 レガーロ社との取引を解消するの!?

「待ってください、神楽オーナー! レガーロ社はベル・フルールが開業した当初からのお付き合いなんですよ? こんな形で取引解消だなんて」
「信用できない詐欺会社と今後関わっていくつもりはない」
「詐欺って」
「お前が付き合うのはあの変わった営業マンだけにしろ」
「ちょっとっ、それは関係ないです! とにかく、考え直してくれませんか」
「お前それでもエステティシャンか。うちの客にさんざん迷惑をかけたんだぞ」 

 そう言われてしまっては、何も反論できない。
 ……たしかに、そう。たくさんのお客様が、レガーロ化粧品を使用してお肌を悪くされてしまった。悲しい想いをさせてしまった。
 だけど、それでも……!

「私情を持ち込むな、バカたれ」

 口は悪いが、オーナーは正論しか口にしていないのだ。抗議できるはずもなく。

「では、最後の条件です。お宅には、賠償金を請求させていただきますのでそのつもりで」
「ば、賠償金……?」
「うちのお客らに迷惑かけましたし、今後クレームも来ると思います。不良品を売りつけたサロンだと。コース契約をキャンセルされる可能性もある。まあまあな手間で、うちとしても大損ですよ」
「……賠償金についてはわたし一人では判断しかねます」
「だったら顧問弁護士にでも相談してください。こっちも弁護士用意してますから、あとはそっちでお話しましょう」
「……」

 土屋氏は膝の上で拳を握っていた。その手は微かに震えていて。
 反面、満足げな顔をしてオーナーは優雅にお茶を飲んでいた。
 私はその姿を、呆然と眺めるしかない。

 ──ベル・フルールが長年取引していたレガーロ社と契約を解除した、衝撃的な日。
 これはきっと、神楽オーナーの思い描いていたシナリオだったに違いない。
 私の頭の中は真っ白になった。
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